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地獄恋愛 その1

自殺未遂が起こった僕のクラスは一応の聞き取り調査の後は何も外部からの対応はなく、僕に対しての処分も特になかった。


保護者の説明会でも、目立った質問も追求もなく、ただ僕ら教員の説明に保護者は納得したように頷くだけだった。


そして、自殺未遂した生徒だけが転校して、始めからその生徒が存在したことすらなかったかのように日常は過ぎていった。


僕のクラスは平和そのものになり、生徒達は徐々に僕との距離も戻してきた。


皆、口にはださないがこう言っていた。


「あの子がいないだけでこんなに過ごしやすい」


間違いを直そうとしても、どこをどうすればいいのか分からない。


いや、本当は分かっていた。


転校した男子生徒を呼び戻せばいい。


そして、もう一度、皆で話し合うのだ。


解決できなくても、生徒の聞く耳がなく話にならなくても、話し合うのだ。


───皆で、お互いを認め合えるまで。


そんなあり得ない事を考えて、僕は教室に向かうたび気が重くなるようになり、年度末には頭痛、吐き気、腹痛、幻聴……不登校の生徒が訴えるような症状にさいなまれるようになった。


引き継ぎの時期に僕は辞表を出した。


紗和とはだいぶ前からすれ違っていて、僕が別れを切り出すと、多くを語らず受け入れた。


「数くんのクラス、毒気が抜けてたね。結果的には良かったのかもね」


紗和まで最後にそんなことを言うものだから、僕はもう二度とあの教室へは戻れないと目を閉じた。




「せんせー、ピザきたよ。食べようよ」


山原はチーズが呼吸するように動くピザを嬉しそうに手に取る。


「………」


もう、間違えたくない。


間違えて、生徒の存在を消したくない。


店内の喧騒も、ピザの香ばしい匂いも、山原の美味しい、と言う言葉も、全て凍りつき、僕の思考は落ちてゆく。



もう、あんなことは嫌だ。


あんな、地獄みたいな現実。


いらない人間が存在した時間。


僕は、嫌だ。


「……山原、これ」


財布から五千円札を出し、テーブルに置く。


「え?せんせー、なんで?」


山原の笑顔がヒク、と痙攣した。


「帰るよ、ごめん……」


僕にできることは、逃げることだけだ。


深く関わらず、間違えないように。


「せんせー、杏のこと聞いたら私は用済みってこと?」


山原が一度固まった笑顔を冷笑に変えた。


違う、と言おうとしたが結局、言い訳だと山原は思うだろう。


そして、さらに自分が嫌いになって、夜が明けるまで歩き続ける。


夜が明けても、山原の心は夜のまま、闇のままなのだろう。


その背中を押したくない。


「……ごめん……山原、帰るよ」


僕は席を立とうとテーブルに両手をついた。


カランコロン、と店の扉が開いた音がした。


「いらっしゃ………」


客を気持ち良く出迎えるはずの店員の声が不自然に止まる。


僕と山原、同時にそちらを向いた。

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