数雪の過去
フラッシュバックだけでおさまっていた記憶が一気に氾濫する。
────どんなに対処しても無くならない生徒同士のいざこざ、いじめ、保護者からの不信感。
針のむしろのような道を、奈落へ落ちないよう進む毎日。
生徒のことを一番に考えたいのに、そうすればするほど職員室での居場所は狭くなる。
「井野先生、あんまり事を荒立てないように、上手いこと対処してください。ちょっと、とんちをきかせて……聞こえは悪いですが……納得させたらそれでいいんです。生徒も保護者も、自分が当事者にならなければそれでいいんですから……」
ベテランの教師が苦笑しながら僕を諭す。
その通りだと思った。
感情が前へ出るだけ話はまとまらなくなる。
自分が正しいと貫きたくなる。
ちょっと肩の力を抜いて、俯瞰して、他人事のように頭を冷やして、大人の知恵で子供を納得させたらそれでいい。
保護者だって、自分の子供が加害者、被害者にならなければそれでいい。
理路整然としていれば、僕は教師でいられた。
たったそれだけでよかった。
でも、僕は、それすらもちゃんとできずに、ある生徒を自殺未遂まで追い込んだ。
僕は、ホームルームで語った。
いじめの実態を。
世間のではない、僕のクラスで起こったいじめの実態、調べて分かったこと全部。
分かってほしかった。
ただ、それだけだった。
感情をなるべく排除し、声の抑揚を抑え、生徒が無関心に朗読するように。
次の日、いじめの主犯格の男子生徒が病院に運び込まれた。
自殺未遂。
発見がはやく、後遺症も残らないということで事なきを得た。
僕がその生徒のお見舞いに行くことは拒否された。
男子生徒の保護者からは、ただ、本人が誰とも会いたがらない、とだけしか言われなかった。
校長はさすがに見舞ったのだが、転校する段取りをしたことしか分からない。
受け持っていた生徒達も、あの日以来、僕に一線をひいている気がした。
いじめられていた生徒ですら、そんな調子だ。
僕は間違えたのかもしれない。
真正面からも、やり方を変えても、結局はこういうことになる。
絶望の影を感じながら、それでも僕は教師を続けた。
その頃、付き合っていた養護教諭の紗和が、「数くんは本当のこと言いすぎたかもね」と、教えてくれた。
僕はもちろん、反論する。
生徒に自分達がどんなことをしているのか、分かってほしかった、と。
「子供はね……子供だけじゃない、みんな、分かりたくないのよ。自分が悪いことをしているって。自殺未遂した子は罪の呵責に耐えられずに、自分は悪者じゃないって証明したかったのよ。だから自殺未遂なのよ」
「えらく決め付けてるな」
きっぱりと言い切った紗和に僕は少しむっとする
いじめといて悪者じゃないとは矛盾してるじゃないか。
「数くん、相手は子供だったんだから、しょうがないじゃない」
「………」
紗和のその言葉に、僕の心は粉々に砕け散った。
僕は、僕は、間違っていた。
間違っていた。
間違っていた。
未成熟な彼等の中に、僕は現実という爆弾を落としたのだ。
彼等もまた粉々に砕け散ったのだろう。
自分がどういう人になりたいか、なっていくのか分からないまま、自分が誰なのか知ってしまった。
どれだけ無関心に語っても、その内容に己を知ってしまった。
そんなの、誰だって否定する。
僕が決めることではない。
なのに、僕を担任と受け入れていた生徒達は僕の言葉を受け入れて、でも混乱して……。
僕のやり方はありふれたいじめを止める手段だったのかもしれない。
でも、僕が選んだその手段は、こんな結果を招いた。
それは、僕が間違ったことを証明する解なのだ。




