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杏の秘密 その4

家に行くにしても、行かないにしても、日曜に杏と過ごすのはやめよう。


帰りの電車に揺られながらぼんやりとそう決めた。


次の日、コンビニでの朝食の時に適当な理由を作り、会えないことを杏へ伝えると、じつにあっさりと了解される。


子供っぽいところのある杏はきっと少しごねると思っていた。


やはり、そういうことなのだろうか。


僕が杏の全てにはならない理由が家には存在するのか。


それがいいか、悪いかではない。

杏の世界があるということなのだ。


生徒の中にも自分の世界を確立している子供が稀にいる。


そういう子は、揺るがない。


自分の価値観と世間の価値観とのギャップを本能で選り分けて、簡単には落ちないのだ。


それどころか、周りをあわれむような態度をとったりする。


かわいそうに、まだそんなことにこだわっているのか、と。


話が逸れた。


杏は僕をすごく好きだと思う。

なのにのめり込みすぎない。

初恋で初めての恋人ならば、よけいに周りが見えなくなりそうだが杏は、はしゃぎながらもちゃんとまだ一歩引いているのだ。


この歳になって、子供とも、大人ともずいぶん付き合ってきた僕は分かる。


杏は子供のふりをした大人だ。


輝く瞳の奥で色んなことを考えている。


無邪気なふりして、僕の望むことを必死で探している。


僕がリードしているつもりでも、リードできるように杏は扱いやすい無知を装おう。


何にも考えず生きている人はこんなことできない。


無いふりをして有ることを捨てている。


捨てても惜しまない。

だって、自分の世界があるから。

また新たな価値観が組まれ、それは前の価値観よりも確かに進化している。


強くしなやかな自由を、杏は持っている。


僕を好きでいることに自由でいる。


こんな人、めったにいない。


図らずも僕の胸がときめいて、ふるえる。


口のまわりにマヨネーズをつけた杏がすごく愛しい。


「来週も一緒に過ごせないって言ったらどうする?」


僕は指で杏の口を拭ってやりながら意地悪く訊いてみた。


きっと杏はさすがにごねるか、やはり、あっさり受け入れるだろう。

僕はごねることを密かに期待していた。


「……今すぐその腕に噛みついて一生離れません」


杏が自分の顔の横にある僕の手から腕を真剣な目でなぞりながらきっぱりと言った。


「……」


僕は急いで腕を引っ込め、指についたマヨネーズを舐める。


杏はその後、冗談だというフォローもなく、全く関係ない大家のじいさんの話を楽しそうにしだしたのだった。


案外、さっきまでの杏に対する考察は僕の買いかぶりだったかもしれない。


ひきつった笑顔で僕は相づちしながら、それでも杏が可愛くてしょうがないのだった。

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