杏の秘密 その3
僕はどこまで逃げればいいのだろう。
どこまで逃げれば、この罪悪感を知らないことにできるのだろう。
心の目をぎゅっと閉じれば、僕の間違いに打ちのめされたあの顔が、ノイズまじりに浮かんでは消える。
僕は間違えた。
間違えて、正せないまま逃げている。
逃避行の途中の恋は、僕を躓かせてどうしようというのだろう。
ただ、杏へ愛を与え続けていたい。
ずっと、杏の予想の斜め上の愛を与えられ続けていたい。
笑い合って、楽に、苦しまない愛がいい。
「せんせー、つらかったらかまわないよ」
山原が僕の腕をつかんだ。
「いや、そんなんじゃない」
つかまれた腕を外そうと、身をよじるが山原は離してくれなかった。
「……山原、手を離してくれないか」
「せんせー、大人だからって逃げたらいけないなんてないんだからね」
「………」
「私、学校から逃げるの簡単だった。子供だし、他にも不登校の子、何人かいたし……」
「山原……」
初めて聞くことだ。
「でも、逃げてからなんだよね。大変なの。逃げてからどうするかは自分で選ばないといけなくて」
教室の外が賑やかになって、生徒達がやがてここにやって来る。
「せんせー、でもね、逃げなかったらこうして立っていられなかった。学校では私、全然、人間らしくいられなかったんだ。だから、今の大変なのは生きてるってかんじ。高校とか行きたい理由考えて選んで、それに向かって勉強してるとすごく自分が機能してるって思う」
山原は見たことない大人びた微笑みを浮かべる。
「……日曜、N駅、時間は正午。三十分待って来なければ帰るから」
一度、力強く僕の腕を締め付けてから山原は手を離した。
「せんせー、さよーなら」
山原がいつもの調子で言い、ひらりと教室を出て行った。




