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朝ごはんも夕ごはんも その6

僕らは言葉少なくスーパーマーケットを目指した。


つないだ手が互いの汗で湿ってくるが、離すことなく目的地へ到着する。


「何を作るの?」


手を離し、買い物かごを取る。


「……数雪さんは何か嫌いな食べ物とかアレルギーとかありますか?」


杏が目を潤ませて僕を見上げる。


これから一日、僕は生きていられるだろうか、と締め付けられる胸に息をつまらせた。


「そうだなぁ……特には思い付かないな」


店内に目線を逃がし、僕は答えた。


「じゃあ、お鍋はどうですか?」


「なに鍋?」


「え……と……」


杏が黒目を左右に忙しく動かし考えている。


もう、やめてくれ……可愛くて死にそうだ。


「見ながら考えようか!」


堪え性のない僕は一度だけ杏の肩を抱き寄せ、すぐに離れた。


「……え?え?なんですか?私を困らせてる?」


離された杏は固まった笑顔で髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜだす。


僕はそれを止めて、耳元で囁いた。


「はやく二人きりになりたい」と。


「数雪さん、私、びびって泣きそうです……」


本当に少し涙ぐんで顔を赤くした杏が弱々しく呟く。


「……ごめん、ごめん杏」


しまった、と思い僕は買い物かごを戻し、杏の手を引いてスーパーマーケットを出た。


すぐ近くに公園があったので杏を振り返らないまま、引っ張って入る。


子供が賑やかに遊んでいる砂場脇のベンチに腰掛けさせ、入り口にあった自動販売機で二人分のあたたかいお茶を買った。


杏の所に戻って彼女を直視しないままお茶を渡し、隣に座る。


僕はうつむいて、杏の手元を盗み見た。


お茶のペットボトルを両手で握りしめている。


「ごめん……」


僕は自分の足元に視線を移し、呟く。


杏を怖がらせてしまった。


緊張していたことを分かっていたのに。

彼女は何もかも初めてなのに、我慢できない僕は先を急ぎすぎたのだ。


バキバキと突然音が響き、顔を上げると杏がお茶のふたを開けて一気飲みしていた。


ごきゅ、ごきゅ、と杏はのどを鳴らしてお茶を飲み込む。


「ぷはっ……」


全部飲み干して、杏は手の甲で口をぬぐう。


「数雪さん」


「はい」


杏が真剣な顔でこちらを向いた。


「私こそごめんなさい」


杏が頭を下げる。


「杏は悪くない、悪くないから。僕が悪かったよ、顔を上げてくれ」


「……」


杏がゆっくりと顔を上げると、とても優しい柔らかな表情になっていた。


反省したはずの僕は、また我慢できなくなりそうで目をそらした。


「数雪さん、私、あなたのこと好きです」


「………」


改まって言われると嫌な予感しか浮かばないのはどうしてだろう。

怖くて杏が見られない。


「好きにも段階があるんですね。さっき思い知りました」


「……それで?」


僕から逃げるのか?とは続けられなかった。


きっと僕らははしゃぎすぎた。

杏も自分の責任なんて言葉を使ったって、初めてのことは分からないことがあって当たり前だ。


しょうがないさ、気付いてしまったら、しょうがないさ。


僕ではなかった、と杏は分かってしまったのだろう。


杏がそう言えば、僕はただ杏を解放してやるだけだ。

僕が杏にできることは、もうそれだけしか残っていないのだ。


「正直、びびってます。これ以上のことされたら、たぶん、泣きます」


「………」


痛ってぇ……。

心臓が何度も突き刺されてるみたいに痛い……。


これ以上のことをされたら、泣きます。て、拒否されている以外、どんな意味があるのだろう。


頭をフル回転させても、杏は僕を拒否することしか見当たらない。


情けないことに僕の視界がゆらりと歪んだ。


「それでも私としてくれますか?」


「……え?」


「びびって泣いても止めないでしてくれますか?」


「………」


「数雪さん、して、というのはセック……」


「わ!わー!わー!」


すぐ近くに子供がたくさん遊んでいることに僕は今さら気付き、杏の口元を手でふさぐ。


「むが……むむ」


口をふさがれた杏が僕を睨む。


「ふふ……ふはは!」


おかしくてつい笑ってしまった。


「もう!私が真剣に話してるのに!」


僕の手をのけて杏が怒る。


「ふはは……ごめん……てっきりもう僕とは付き合えないって言われるかと思ってさ」


気が抜けて、よけいにおかしくてまだ笑っている。


「そんなこと言うはずないです!数雪さん、早とちりですからっ」


心外だ、というような顔をして杏がさらに声を荒げた。


「そうだね、ごめん」


安心した僕は笑うのを止めてもう一度謝る。


「数雪さんったら、私たちこれからヤリまくるってのにちょっとひびったくらいで別れるわけな……」


「わっ、わー!わー!」


僕の遮る声に子供たちが迷惑そうな視線を寄越してくる。


違う、誤解だ。僕は君たちの耳を守っているのだ。

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