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朝ごはんも夕ごはんも その5

次の日、杏の言葉を真に受けた訳ではないがベランダに布団を干し部屋をくまなく掃除した。


もとよりあまり物がない部屋なので風呂とトイレを掃除しても一時間とかからない。


玄関と窓を開け放ち、窓辺で風を受けながら高くなった空を眺める。


杏を昼頃駅へ迎えに行くまで、まだずいぶんと間があった。


和室の片隅の机まで移動し、ノートパソコンを開いて作りかけの小テストの作成をすることにする。


しばし集中してしまい、はっと壁掛けの時計を確認すると正午手前だった。


パソコンを閉じて布団を軽く叩き押し入れにしまう。


戸締まりをして部屋を飛び出した。


僕の部屋は二階なので階段をかけ降りるとアパートの老人たちが一階の廊下、陽当たりが抜群のスペースで将棋をしている。


「こんちは」


挨拶し、軽く頭を下げる。


「数雪、次、指してけ」


歯の所々無い口を見せながら大家のじいさんが手招きする。


周りのじいさんたちは僕に軽く手をあげたり、将棋盤を腕組みして見下ろしむずかしい顔をしている。


このアパートの老人だけでなく、近所のじいさんも数人まじっている。


休みの日の午前中、気が向いたり呼ばれれば何局か指していた。


「すんません。今日は友達が来るので駅まで迎えに行ってきます」


「女か?」


大家のじいさんがからかうように笑う。


「まあ、そうです」


正直に言ってすぐにその場を立ち去った。

少しでもとどまれば長いことひやかされるに決まってる。

足早に遠ざかるアパートからは老人たちの歓声が追いかけてきた。


それに釘をさしておかないと、晩酌に呼ばれる時もあるから邪魔されないようにしときたかったのだ。

決して杏の言葉を真に受けた訳では……ない。


住宅街を抜け、国道沿いへ出ると僕はやっと歩調をゆるめる。


昼からじいさんたちはぺタンクかゲートボールに行くはずだから、少し杏と時間をつぶして帰れば見られないはずだ。


弾む息を整えつつ駅を目指した。


人がまばらな駅前、杏は黒い長袖シャツとベージュの膝下丈のスカートという格好でぼんやりと視線を漂わせ待っていた。


いつもは白っぽい色の服だから今日はなんだか大人に見える。

あ、大人だったか。

靴もスニーカーではなくヒールがあるやつだった。

大人だな。


「ごめんごめん!」


僕は手を振り、小走りに杏へ近づく。


ぼんやりしていた杏はみるみるうちに明るい表情になり僕が目の前に立つと、この上なく嬉しそうに微笑むのだった。


「………」


「数雪さん?」


抱き寄せそうになっている僕の右手はかろうじて杏の頬を撫でる所で止まった。


「……いつもと違う」


また苦しくなった息で何とか呟く。


「へへ……」


杏は目を伏せて静かに笑い、頬にはりついた僕の手を自分の手で押さえる。


彼女の緊張が手から伝わった。


「……行こうか」


押さえられた手で押さえている手を握りしめ、僕らは歩き出した。

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