朝ごはんも夕ごはんも その3
「僕が怯んでいるのは杏を傷つけることだよ」
そんな必死にならなくていいよ、と付け加え微笑む。
「……数雪さん」
「大げさかもしれないけどさ、新雪に足跡をつけていくような感じがして、僕が杏を汚してしまいそうでさ」
情けないがそうなのだ。
覚悟を決めても、僕と杏では条件が違いすぎる。
杏はまだ無数に枝分かれする人生の岐路の途中の途中、始めの方だ。
対して僕は選択肢が限られてきた枝の途中。
未来がおおかたこの手の内にある。
もう誰かと恋をするとか、生き方を変えるとか、そんなことは流れに任せるのみだった。
ただ、自分の身体が健やかで仕事を長く続けられることに意識を預けていたのだ。
そんな人生の差分を僕が好きにするわけにはいかない。
「私、あなたを好きになったことは自分の責任だって思ってます。こんな言い方さみしいけど、そうなんです。あんまり私を買いかぶらないでください」
「けっこう強気だね」
僕は感心する。
若い若いと言っても、ちゃんと自分の考えは持っているのだろう。
「はい。私、数雪さんのこれからの時間、ごっそりもらうつもりですから。数雪さんも遠慮しないで私を踏みまくって汚しまくってください」
杏が声をひそめて真顔で言う。
「………」
僕が犬なら腹を見せて降参のポーズをとるだろう。
覚悟のキレは杏の方があったらしい。
若さ故に、かもしれないけれど。
それでも覚悟したもん勝ちだと僕は思う。
「私の初めては全部、数雪さんのものって私が決めたんです。だから、怯まないで、そばにいてください」
僕の握りしめたままの拳を杏が両手で包んだ。
熱い手だった。
その熱が僕の胸の奥に伝わって、見えない力に突き動かされるようだ。
「怯まないで、そばにいるよ。僕たちがお互いを好きでいるなら、素直にふるまおう。正直にぶつかり合おう」
僕は杏を真っ直ぐに見つめて誓った。
人は単純でうつろいやすいけれど、今、約束できる精一杯を誓った。
「数雪さん、逃げないでね。ウヒヒヒ」
杏が頬をみるみる染め上げ、いやらしく笑った。




