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朝ごはんも夕ごはんも その1

「数雪さん、数雪さん、私、数雪さんの女ってやつですよね?」


口に含んだコーヒーをまた危うく吹き出しそうになる。


名前で呼び合うと決めた日から翌日、仕事の前に杏と朝食をあのコンビニで食べている。


「……女って……」


ちなみに、今日はホットコーヒーだ。

風が秋めいてあたたかい飲み物が身体にうれしい。

杏はホットミルクティー。


ガラス張り壁際のカウンター。

出会いの席。

今日は隣同士で座っている。


「で、数雪さんは私のお、と、こ……むひゅひゅひゅ……」


若い娘さんとは思えないようないやらしい笑顔がそこにあった。


「ヨダレがたれてる……」


ペーパーナプキンであごから落ちそうなシズクを拭き取ってやる。


「ワハハ、すみません」


顔を真っ赤にして杏が自分でも口のまわりを拭いた。


「……いったん落ち着いてほしい」


僕は杏に言い聞かせる。


「……だめですよ。今、私の頭の中はハッピーヤッピーヒッピーですもん」


「………」


ハッピーとヒッピーは分かる。ヤッピーは何だ?


エリートのことだったけか?


まあ、とにかく、舞い上がっているということらしい。


「だって、だって、初めてのカレシですよ?落ち着けませんよぉ!」


杏が可愛い笑顔で僕を真っ直ぐに見つめる。


「は、初めて?」


「はい」


「冗談だよね?」


「……ほんきです。パンツ見せましょうか?」


「………」


二十一歳で誰かと初めて付き合うって普通なのか?


僕は姫華と付き合ったのは二十歳だ。

初めての彼女だ。


普通か。

普通だよ。

普通じゃないか。


「あははは」


僕は笑うしかなかった。


「やはははは」


杏も上機嫌で笑う。


杏の初めての彼氏が僕。

正直、それが本当ならすごく嬉しい。

嬉しいけれど………。


「杏、よく聞いてほしい」


僕は真剣に杏を見据えた。


「はい!数雪さん!」


「………」


だめだ、完全に舞い上がっている。


今、真面目な話をしたって無駄な気がする。


それに、僕だって少し夢見心地で昨日からずっとドキドキしていた。


嬉しい気持ちが身体中を血液に混じって循環しているみたいだ。


いつもと景色は違うし、コーヒーはおいしい。

胸がいっぱいで僕も杏も朝食で買ったサンドイッチは手付かずで……。


行き急ぐような気持ちの空回りが楽しい。


杏がはしゃぐのが分かるし、可愛い。

もう少し時間が経った二人なら、ここが僕の部屋なら、迷わず抱きしめて頭を撫でて可愛がる。


可愛い、可愛い。

とにかく、杏が可愛い。


「……数雪さん」


気が付くと僕は杏のカウンターに置かれた手に自分の手を重ねて握っていた。


「杏、明日も明後日も一緒に朝ごはん食べよう」


「……朝ごはんだけですか?私、夕ごはんも一緒に食べたい」


重ねた僕の手の上にさらに杏がもう片方の手を重ねる。


ああ、抱きしめたいな。


「数雪さん、私、もっと数雪さんのこと知りたい。知ってもっと好きになって少し嫌いになって、私、数雪さんと……」


言いかけて杏が言葉を切ってうつむいた。


「どうして少し嫌いになりたいの?」


深い意味がありそうで訊いてしまう。


「……ちょっと嫌いな方が安心。好きだらけなのは怖い」


確かに。

でも、僕は予感する。

僕は杏のこと好きだらけになりそうだ。


「だって、初恋だから、何もかもが初めての感覚で私、必死なんです」


杏が怯えたようにでも、意を決して顔を上げた。


「は、初恋?」


「はい」


僕の目の前が一気に弾ける。


流れ星がどうやらぶつかって宇宙のきらめきを撒き散らしたようだ。

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