許して受け入れて その8
「井野数雪先生……好きです」
頬を染めたうっとり顔で杏が苦しそうに言い、両手をつないだままさらにもう一歩僕に近づく。
「あ……」
あまりの近さに耐えられず僕はうつむいた。
うつむいたそこには杏の水色のスニーカ―。
靴紐、ほどけかかってるし。
「……また転びたいの?」
僕は杏の手を離し、うつむいたまましゃがみ込んで靴紐を結ぶ。
「先生!」
杏がびっくりした声を出し、スニーカーを履いた足をわずかに後ろに退こうとした。
「先生はやめてくれ。名前で呼んでほしい。僕も名前で呼ぶから」
わっかにした紐をキュッと結び、杏を見上げた。
うまく笑えてるだろうか?
怖がらせてないといいけれど。
「……か、か、か」
顔を真っ赤にした杏が両手で自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回し、あさっての方向を向く。
「あんず」
僕は立ち上がって杏の名前を呼び、髪の毛を乱している両手を自分の両手で止めた。
「かずゆきさん」
あさっての方向を向いたまま、真っ赤な顔で杏が僕の名前を呼んでくれた。
胸の奥がぎゅうっとつかまれたみたいに痛い。
しかし、びっくりするほど落ち着いていた。
心臓は早鐘を打っているが、それでも僕は杏との今現在をしっかりと認識できている。
自分に欠落していた誰かを叱る、という感情が芽生えた。
足りないパーツがはめ込まれた感覚。
それを僕にくれた杏。
もう、覚悟は決まってる。
逃げないよ。
杏が僕を好きなら、僕は受け入れる。
その代わり……。
「僕も杏が好きだ。でも、ずっと年上だけど、許してくれるかい?受け入れてくれるかい?」
あさってに行っていた杏の視線が僕に向いた。
ものっすごい笑顔なんですけど……怖いくらいの。
「許します、受け入れます!もう誰にも下着を見せるなんて言いません!」
「……うん、うん、それもそうなんだけどね……僕は四十三歳だ。けっこうな歳だって分かってる?」
「私は二十一歳です!」
「……」
そんなに若かったか。
軽い眩暈がした。
僕の娘でもおかしくないじゃないか。
四方八方に触手を伸ばしている杏の髪の毛を手で梳きながら僕は冷や汗をかく。
「数雪さん、私の王子様……」
「とりあえず、王子様はやめてくれ」
やだやだ、とごねる杏をもう一度叱るのはこの三十秒後だった。




