許して受け入れて その3
陳腐な表現だけど、杏が山原の後ろに居る僕を見つけた瞬間、確かに時が止まった。
周りの喧騒と景色が遠のき僕と杏だけの視線が、ただ空間を疎通する。
どんな顔だったとか、王子様とか、パンツとか、誰かの彼女かもしれないとか、全部、消えた。
目の前に杏が居る。
そのことに僕は釘付けだ。
杏も同じ気持ちだとなぜか伝わってきてしまい、もう目をそらせない。
強い視線だけど、その瞳は瑞々しくてわずかに揺れている。
その魅力的な揺らぎに僕は無意識に声を出そうとした。
「せんせー!」
弾かれたように我に返ると、一気に音が戻る。
賑やかな玄関で山原が僕の目の前で手を振っていた。
「せんせー、どうしたの?ぼうっとして」
「……いや、何でもないよ」
杏から目をそらして前髪をくしゃりとつかんだ。
「そう?じゃあ、せんせーさよーなら!」
僕の腕を軽く叩いて山原は杏へ向きを変えた。
杏は戸惑ったように視線を泳がせ、僕の方へ足を進めようかどうか逡巡しているようだった。
「あんずー」
山原が無邪気に混乱している杏に抱き付く。
「……まーちゃん……」
抱き付かれた反動でよろめきながら、彼女はもう一度僕をちゃんと見つめた。
「っ……」
胸を槍で貫かれたみたいな衝撃が身体中に響く。
しかし、僕はそれを隠し杏に事務的な会釈をしてその場を離れた。
だって、ここは僕の職場だ。
みっともなく取り乱したら子供達に格好がつかない。
見くびられている僕でもこれ以上はいけない。
子供の前で大人は大人でいないと。
実は大人の中身は子供とあんまり変わらないなんて、そんなこと知る必要ないし知りたくもないだろ。




