第六話 友達Aは背を押す
投稿がずいぶん久々になってしまいました。
新しいことに夢中になっておろそかになってしまうなんて情けないですね。
これからも頑張りますので、ぜひ読んでいってください!
十時半を五分ほどまわったころ、弘樹は楠木モールの映画館の西出口に到着した。時間ぎりぎり、やっとのことで月島藍を攻略したため、服もTシャツにラフなパンツ、財布とiPhoneをポケットに突っ込んだだけ、髪も自転車に乗ったため乱れ気味。しかしただの人数合わせで呼ばれたにすぎないので良しとまではしないが大目に見ることにした。
待ち合わせの場所に近づくと、酒井が真っ先に気づきこちらに歩いてきた。
「おせーよ!」
「高梨くん遅刻だよ~」
酒井に続き小峰さんもこちらに叫ぶ。平石さんは二人の後ろからひょこっと顔を出して控えな笑顔で手を振っている。
「悪い、ちょっと……」
弘樹は一瞬考えた。乙女ゲームをしていることを恥じらって彼らに言いたくないなどではない。これは選択肢のない問題だ。難易度は高めになるが、さっきの月島藍の持つ天然という厄介な特性に比べれば、ここにいる三人はサブストーリーをクリアするためのモブにすぎない。こういう場合、分かりやすい言い訳なんて見苦しいだけだ。
こんなとき、おそらく東雲遼なら「あぁん?俺の時計は10時30分を示している」だろうが……さすがにそれは言うことが出来ない。そこで、「空との恋」でも一定の人気を誇る爽やか系の雨宮士が言いそうな言葉を探す。彼はこういう時、絶対に人のせいにはしない。それが好印象で、常に人気ランキングでは上位についている。そして彼がこういう遅刻で言いそうな言葉は……
「自転車こぐの遅くてさ」
予想外の返しだったため、三人は少しぽかんとしていたが、すぐに酒井が弘樹の背中をたたいて映画チケット売り場に向かう道に進む。二人の女の子もくすっと笑って、こっそり可愛いね、と言っているのが聞こえた。
弘樹は乙女ゲームの言葉選びにひどく感心した。が、あくまでこれは雨宮士が言いそうなセリフを言ったにすぎないため、ふだん弘樹がどれだけ真剣に乙女ゲームと接しているかが垣間見れる。キャラクターの性格を分析し、常にプレイヤーを自分の身に置き換えてプレーするうちに身についたものなのだろう。
「何の映画観るの?」
「最近話題になってる『SOMEDAY』だよ。ほら魔法の王国の」
「あぁ、あれね。聞いたことある」
そうは言ったものの、正直SOMEDAYなんて映画は知らない。アニソンのSAMEDAYなら知っているが……なにしろテレビはあまり見ない方だし、ご飯を食べるときは録画してある深夜に放送しているバラエティーを観ることが多く、CMは飛ばして観ている。もちろんインターネットを使えば簡単に出てくるだろうが、大して興味がわかないものは調べたりしない。そのため、話題の映画と言われても分からないのだ。
「なぁ、お前ら生徒手帳持ってない? 見せたら千円で観れるんだってー!」
「あたし持ってるよー!」
酒井が近くのチケットブースからこちらに叫ぶと、真っ先に小峰さんがその声に応じてパタパタと走って行く。すると、平石さんがバックをぎゅっと握ったと思うとすぐにその力を抜き、どこかさみしげな表情でその後ろ姿を見送った。
その様子を見ていた弘樹は少し迷ってから声をかけた。
「どうかしたの?」
「……!」
平石さんははっとして微笑みを作る。
「ううん、なんでもないの」
「そう? なんかあったら言ってね」
弘樹自身、今の自分の言葉に少し驚いた。こんなよくあるかっこいい台詞を何の考えもなく言えてしまっている。
平石さんは少しためらいがちに、でもなんとか伝えようと、ゆっくり話し始めた。
「……私ね、羨ましいの。彩ちゃんのこと。あんな風になれたらいいのにって、いつも思ってる」
彩ちゃんとは小峰さんのことだ。大人しい平石さんとは逆で、活発で男友達が多い。
「今だって、私も生徒手帳、持ってたんだ。昨日調べて、安くなるって書いてあったから、持ってきてたの……でも、言えなかった。仕方ないって、分かってる。お似合いだし……」
弘樹は小峰さんの方を見ると、酒井と席の位置についてもめていた。販売員のお姉さんも苦笑いしながら二人の言い合いを見ている。今日に始まったわけではなく、学校でもこんな感じだ。とても仲がいい。
もし平石さんが酒井のことが好きなんだとしたら、小峰さんに嫉妬してしまうことも分かる。そして、もし小峰さんも酒井のことが好きなんだとしたら……
(あ、俺今完全にモブだわ……それか行ったことないけど合コンの人数合わせってやつ)
「ごめんね、高梨くんに話してもどうにもならないのに」
「あ、うん……」
モブでも構わないと思う弘樹だが、苦しんでいる平石さんを目の前に、男として何もしないわけにはいけない。
「俺だって、そうだったよ」
「え……高梨くんも?」
「うん」
いつも東雲遼をこっそり追いかけるものの、まったく気づいてくれない東雲遼の前半ストーリーを思い出す。だがその時、ヒロキはただ見ているだけで、周りが女の子で囲まれている東雲遼が気づかなくても当然だ。他の女の子と同じ土俵にも上がっていなかったのに、勝手に負けているヒロキに、弘樹は常に腹立たしく思っていた。
それは他人のことだから言える。そして、他人だからこそもっと押せと言うことができ、その人を無理にでも前へと突き出すことができる。それが結果成功に繋がるとは限らないが、その後に後悔はしない。
今の平石さんはヒロキで、弘樹はヒロキを励ます友達Aだ。
酒井は平石さんが気になっている。だけど酒井は奥手だし、安全な道しか通りたがらない。そして困ったことに気も変わりやすい。その酒井にもし小峰さんがアタックしたら酒井の気持ちは揺らぎかねない。そのため平石さんは早急に行動を起こす必要がある。
平石さんには今頼りになる友達Aがいない。それなら弘樹がなるまでだ。
「何もしないからって、現状維持できるわけじゃない。だから見てばかりじゃなくてさ、平石さんも酒井に近づいていこう。少しづつでもいいから」
平石さんはしばらく弘樹を見ていた。驚きでぼーっとしたようなその顔に、彼女いない歴が年齢に相応する弘樹は、自分が言ったことを思い返して恥ずかしくなった。
「え、あ、いや……」
弘樹は頬が熱くなったのに気づき、悟られないように両手で押さえる。すると、平石さんの笑い声がした。
「ありがとう。元気出た。がんばるね」
そう言った平石さんの表情は晴れやかで、暗い映画館のフロアでも分かるくらいだった。
弘樹は無事、友達Aの役割を果たせたことにほっとしたとき、やっと酒井と小峰さんがこちらに帰って来た。
「遅い!」
そう言う平石さんだが、彼女の顔は弘樹が見てきた中で一番の笑顔だった。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
今回は同級生が登場し、少し恋愛要素も足してみました。
そして弘樹くんが変だけじゃないことを書きたかったのですが、いかがでしたか?
もしよければ今回の感想(辛口コメント歓迎)などをいただけると嬉しいです。
次のお話は映画編をもう少し膨らませようかと考えています。
それでは、次の回でもお待ちしてます。