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残念な彼ら  作者: 名瀬ほのか
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第二話 押してだめなら引いてみる

 弘樹はその日の放課後、珍しく克穂を学校の近くのファミリーレストランに誘った。期末テスト一週間前ということもあり、克穂が所属している弓道部の練習は休みであった。本当は練習がない日でも自主練をするのだが、今日はお昼すぎから雨が降っているため練習が出来ない。そのため克穂もその誘いに応じた。

 飲み物を注文をしてからも、弘樹がどこか浮かない顔をしている。


「……で、どうかしたのか?」


 弘樹がなかなか話そうとしないので克穂が話をきりだす。すると弘樹は運ばれてきていたオレンジジュースを一口飲んでから口を開こうとしてまた閉じた。よほど話しにくいことなのかもしれない。

 深刻なことなのか、引っ越すため転校しなければいけないとか、学校でいじめられているとか……克穂は考えをめぐらせる。確かに弘樹は気持ちが悪い部分がある。乙女ゲームをするだけならまだしも(これだけでも十分だが)登場するキャラクターに本気で恋をしている、など。だが彼のこの趣味について知っているのは克穂くらいで、クラスで弘樹は浮いているどころか人気のある方だ。そのためいじめの線は薄い。それならやっぱり引っ越しなのだろう。


「あのさ……」


 やっと弘樹が話し出した。ここでせかしてはならないと克穂は弘樹の次の言葉を待つ。どこに引っ越すのだろうか。


「俺……」


 よほど遠くなのか。地理を選択していない克穂はマイナーな国名を言われた時のリアクションを考える。


「次の……」


 次のもしかして日曜日とかじゃないだろうな。そんな前から決まっていたことを言ってくれないなんて水くさいじゃないか。克穂は両肘を机について頭を抱える。


「次のイベントで士と陽向を奪い合わなくちゃいけないんだけど、これって浮気?」

「あぁ、そんなに遠くに……ん?」


 克穂は顔をあげて弘樹を見る。今、何と言ったのかよく聞き取ることができなかった。自分が思っていたものとあまりに違う言葉がいくつか飛んできたものだから。


「悪い、どこに引っ越すかもう一度いってくれないか?」

「だから、次のイベントが」

「待て、引っ越す話じゃないのか?」


 克穂は弘樹を遮り確認する。イベントだと?


「引っ越し? どうしたんだよ克穂、気分が悪いのか?」


 少しの沈黙の間、克穂は何度瞬きをしただろうか。最初に聞いたものが正しければ、弘樹は確かにイベントで士と陽向を奪い合わなくてはいけないが浮気か、という質問を投げかけてきたことになる。


「俺、そういうの分からなくてさ」


 こちらも弘樹の言っていることがよく分からないので整理する。

おそらくイベントというのは例の乙女ゲームの中で発生する期間限定配信されるストーリーをクリアするとアバター用のアイテムやスチル(絵)がもらえるというものだ。そして今回の場合はプレイヤーと作中に登場するライバル的存在の女と一人の男を奪い合うといういつもと逆のタイプでイベントの中でも大変人気の高いものだ。男はイベントによって異なるが、今回は爽やか×一途の雨宮士とマイペース×温厚の天城陽向ルートが選択できる。

 ちなみにエンドの仕方は2つ、HAPPY END とNOMAL END が用意されていて、どちらのエンドにも成功するとスチルがもらえる。そしてさらにダウンロード(有料:300円)をすることでその後のシナリオ+アバターを飾るアイテムを手に入れることができる。

 そしてそのイベントに参加することで浮気することになるのか、弘樹本人としてはかなり迷っているらしい。


「えっと……話はそれだけか?」

「それだけってなんだよ!」


 本当に、彼はどうしてそこまでゲームと現実を重ねることができるのだろうか。これくらいの判断は自己解決してほしいところだが、それができないのが弘樹だ。


「一つ聞くが、お前は誰と付き合ってるんだ?」

「決まってるだろ、東雲遼だよ」


 思わず克穂はあたりを見渡した。幸い周りに人は少ないし、こちらを変な目でみる人もいない。

 おそらく弘樹に2次元と現実を分けて考えればいいという正論を言ったところでできるはずがない。そしてそれは浮気だと言ったら言ったで後々面倒なことになるのも目に見えている。しかし浮気でないとどう説明すればいいのか……

 そこで克穂は最近観たアニメを思い出した。


『お兄ちゃんが構ってくれないの。どうしたらいいのかな?』


 このアニメは妹が兄に構ってほしくて、どうすれば兄の気を引けるかを友達に相談しているシーンだ。すると少しませた友達は


『押してだめなら引いてみなよ!』


 と、アドバイスする。普段、このませている友達をあまり好きになれなかった克穂だが、この時ばかりはこの友達に感謝した。これしかない。


「最近、東雲遼とはどうなんだ?」

「それが最近全然かまってくれなくて……」


 思った通りだ。いいぞ、東雲遼。


「ということは、だ。東雲遼の気を引く何かをしなくちゃいけない。どうするか分かるか?」


 弘樹は少し考えていたがやがて首を横に振った。そこに待っていましたとばかりに克穂が、


「押してダメなら引いてみる、というのはどうだ?」


 弘樹は克穂の言うことになるほど、と言うようにうなずいてからやっと安心した表情になった。まるで友達からアドバイスを得た乙女のように。


「明日からのイベント、頑張るわ」

「あぁ、しっかりな」


 思わぬところで経験から得た知識を使うことだってある。

 そして、やはり弘樹の心は乙女であると再確認した克穂であった。

最後まで読んでくださってありがとうございました!

今回のお話はいかがでしたか?

もしよければ今回の評価、感想をいただけるととても嬉しいです。


次のお話では克穂を中心に書いていきたいなぁと思っています。

それでは、次の回でもお待ちいたしております。

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