表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Stoner〜アシュー大陸ものがたり〜

Stoner〜前世紀1428年・プノイサンの乱〜

作者: eule

  An(前世紀の略号) 1428年、前年に発生したバビロニア王国領・スーグェイ山の大規模噴火に乗じて、隣国のナガール王国の軍部強硬派が武装蜂起。バビロニア王国の国境付近都市であるプノイサンを占拠した。バビロニア王国のガード騎士団によって、翌年までにプノイサン暫定政府は壊滅したが残党が近隣の村々を襲撃しながら敗走した為、当初の作戦立案時よりも多数の被害を出してしまった。

「オエェッ! この臭いにはいつまで経っても慣れねぇなぁ……」

 プノイサンから5kmほど離れた大きな畑。そこにうず高く積まれた異臭を放つ山。この男が来る前に焼かれたのか、頂上付近には煙が燻っている。男は遠巻きからぐるりとこの山を見据える。月光が差し込むと、それは人の腕や脚、頭髪がちりちりになった頭部‥。戦死者を焼いたもの。それがこの山の正体だった。鎧を着た兵士の中には、子供や市民の姿も見られた。

「しっかし……ナガールの残党も容赦無しだな……」

 兵士だったと思しき骸の前にしゃがみ込みながら、男が呟いた。

「老若男女、市民も兵士も皆殺しかねぇ」

 兵士の骸を小突きながら、男は溜息をついた。

「アイリーン! 遅いぞ!」

男の後方10m辺りに女が立っていた。いや、人間業を超えた走力で走って来て、そこに立っているといった方が良いだろうか。

「私はヒールなんですよぉ! もぅ、マスターが『今日はプノイサンだ』って言うから、おめかしして来ちゃったじゃないですか……。」

 その女の出で立ちは、その場に似つかわしくない程に豪華だった。月光にきらめく髪飾り。銀狐の襟巻きとタイトなレザーコート。その下のコルセットに包まれた腰は、驚くほど細い。

「敵の動きが予想より早かった。……俺がもう少し早く到着していれば‥…」

「……私はちゃーんと、出立時刻よりも早く準備は出来てましてよ」

 女は子供の様にすねた表情をする。

「アイリーン、お前を責めるつもりはないよ」

 男が立ち上がる。

「早速仕事を始めるぞ。 アイリーン、半径10mに『網』を張れ」

「Yes、マスター!」

 アイリーンと呼ばれた女が大きく腕を回すと髪飾りが輝き出した。腕を腰の辺りまで振り下ろすと、キーンという金属音と共に光の輪が広がっていった。その距離、およそ半径10m。

光の輪が出現した事を確認した男は、左眼に手を当ててゆっくりと深呼吸を始めた。右眼を閉じて左眼だけを開く。するとそれまで黒かった男の眼が金色に輝いていた。その視界には、小さな小石や兵士の盾などが左眼に呼応する様に輝いていた。

「敵さんも急いでいた様だな。『塊』がだいぶ残ってるな」

 男は骸の山に近付いて行き、輝いている小石や盾、剣や鏃を一つ一つ骸から奪っていった。

「ねぇ〜、マスター? いつも思うんですけどね〜?」

 アイリーンが退屈そうに男に声を掛けた。

「『塊』って、そんなに大事な物なんですか、それ?」

「だから、こんな戦泥棒じみた事してんだろ」

「でも、そのおかげでマスターは『墓掘りカーチス』なんて呼ばれて……」

 男は骸の山に足をかけて屍体をを引っ張り出しながら、アイリーンの言葉の続きを聞こうとしていた。

生温かい南風が二人の間を吹き抜けて行く。

「解ってる。 お前にも肩身の狭い思いをさせちまって……」

 カーチスの引きずり出した屍体の腕がちぎれた。手首には輝く腕輪があった。

「でもな、こいつ等『塊』は神々が天に昇天した時にその力を石に残して……」

 アイリーンがカーチスの話を遮って話し出す。

「特殊な力を発揮するんだけど、竜騎士にしか使いこなせないんでしょ?」

 カーチスが溜息をつく。

「……そうだ。人間の手に触れると、そいつは発狂しちまう。だから、人間が塊を見つける前に俺が見つけ出す」

 ちぎれた手首から腕輪を抜き取りながら、何かに誓う様に言い放った 。

「その左眼でね」

 アイリーンが微笑む。カーチスは少し照れた様子で再び屍の山と対峙した。


カーチスの能力ーー『塊』を見つけ出す左眼ーーは、自ら望んで手に入れたものではなかった。『塊』を精錬する『精錬師』の一族に生まれたカーチスは、子供の頃に一人で精練所に忍び込み遊んでいた時に、飛び散った『塊』の欠片が左眼に飛び込んできて眼球を火傷してしまった。以来、左眼の視力は殆ど失われたが、『塊』だけは輝いて見える様になったのだ。それからのカーチスは荒んだ少年期を過ごす。

 カーチスが騎士を目指す契機は突然訪れた。ほんの悪戯心で悪友に『塊』を持たせてしまったのだ。もちろん、カーチスはそれが『塊』と知っていた。知っていて、発狂する姿が見たかった。それだけだった。始めは頭を抱えて呻き声を挙げる悪友を嗤っていた。やがて彼の様子が変わっていく。呼吸は落ち着いてきたが、全身の血管が浮き出して、眼球が飛び出してきたのだ。前頭部は大きく膨れ上がり、全身を大きく震わせてくると、一緒に嗤っていた友達は怯えて逃げ出した。更に悪友は容態を悪化させる。吐血・血涙・血便。悪友がぎょろりとした眼球でカーチスを睨み付ける。カーチスは目をそらそうとしたが、それを悪友の視線が許さなかった。そして、その視線はカーチスをその場から逃げ出す事も許さなかった。やがて悪友は断末魔の雄叫びを上げて頭から血を吹き出しながら絶命した。

 すぐに大人達が駆け付け、カーチスは捕縛され牢に入れられた。カーチスは自分がした事、自分が見た事、そしてこの牢に居る事の意味が解らなかった。まさに茫然自失。食事にも手を出せずにいた。

 

  俺が何をした?

  俺は何を見た?

  俺が居るのはどこだ?


 不意に足音が聞こえた。話し声も聞こえる。数人の大人達が牢をランプで照らし出した。カーチスは怯える様に顔を隠した。大人達の中心に立つ老人が、興味深そうにカーチスを見つめていた。

「フォフォ……。そうか、そうか、この坊主があの様な所業を……」

この時にカーチスは気付いた。この老人は物見遊山や興味本位で俺を見に来たんじゃない。俺を品定めに来たんだ! 恐らくは奴隷商人なのだろう。それとも盗賊団……? 様々な思考がカーチスの脳裏を駆け巡る。

「どれ……ひとつ試してみるかの……」

 老人は懐から小石を二つ出して、それぞれ左右の掌に乗せた。

「ほれ、どちらが『塊』か、当ててみせい」

  一瞬の逡巡。

  迷い。

 どちらにしても状況を変えるには、選択肢は無いと半ば諦めにも似た答えしか導き出せなかった。カーチスは右眼を手で塞ぎ、大きく深呼吸する。すると左眼が金色に輝き出した。と、すぐに瞳の色は元に戻った。驚愕する大人達。中には腰を抜かす輩もいた。老人は顔色一つ変えずにカーチスを見つめ続けていた。

「左手です」

 カーチスが言い放つと同時に、左手の小石は光の矢となってカーチスの頬をかすめて行った。

「陽の『塊』、じゃよ」

 老人が笑いながら呟いた。

「坊主、『塊』の本当の力も知らずに友達を殺したのか?」

 老人の表情が一変した。口調も好々爺から尋問官の様なものへと変わっていた。その表情には、カーチスへの賛美も憐憫の情も感じられなかった。それを読み取ったカーチスの背筋が伸びる。

「親父……父から、人間に触らせるなとは、聞かされてました……」

「そうか……知っていて殺した、と……」

 老人の表情は変わらないまま、口だけが動いていた。

「でっ、でもっ! あんな風に死んじゃうなんてっ……嘘かもと思って試しに……」

「黙らっしゃい!」

 牢の檻がビリビリと震える程の怒号だった。とても目の前の老人が放った声とは誰も信じられなかった。

「その程度の気持ちで、バビロニア王国の! ソロモン王のっ!未来の力を殺したというのか、このうつけ者がっ!」

 その言を聞いたカーチスは、自分が殺人を犯した罪人である事を改めて自覚した。いつの間にかカーチスの両の眼から涙が溢れていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

カーチスが己の罪に対して、初めて口にした贖罪の言葉。

「うむ……儂はその心からの声を聞きに来たんじゃ」

 老人の表情が緩む。その表情を見たカーチスは、何が起きているのか見当もつかなかった。

「どうじゃ、その力、殺した友人の代わりにソロモン王の為に使う気はないかの?」

 老人の言葉に即座に反応したカーチスは、思わず檻を掴んで老人に問いただした。

「それで、そうすれば、アイツの為になるの!?」

 老人が今度は慈愛に溢れた笑顔で応える。

「あぁ、それが坊主に残された道じゃよ」

  檻を掴んでいたカーチスの両手に力がみなぎっていく。

「それなら……俺を使ってください。ソロモン王の為に……アイツの為に……」

「ならば、行こう。儂と共に。おぉ、儂の名はドゥーイじゃ。坊主の名は?」

「俺の名前は……」


「カーチス! 右前方に不審者よ!」

 アイリーンの声で回想から帰ってきたカーチスの左眼の色が変わる。屍鬼グールが焼け残った妊婦の腹に喰い付いていた。顔の半分は妊婦の腹の中に埋もれている。

「やらせるかよっ!」

 カーチスが咄嗟に短剣を屍鬼目掛けて投げた。短剣は鋭く回転しながら屍鬼の腹を刳りながら貫いた。カーチスが使っている短剣は両刃の剣だが、刃がノコギリ状になっている。人間がこれを投げても刺さる事はあっても、物を貫く事はできない。竜騎士であるカーチスの腕力あっての為せる技だ。腹を刳られた屍鬼は胎児を咥えたまま絶命した。胎児の腹部には屍鬼の牙が食い込んでいた。

「アイリーン! 俺はまだ視力が回復し切ってねぇ!テレパスで屍鬼の位置を教えてくれ!」

「うん、分かったわ!」

アイリーンはマグネタイト(磁鉄鉱)のストーナーだ。その能力は『感知』。任意の範囲の生物を識別できるレーダーの様な能力を開放することができる。カーチスが『塊』を探している時は『塊』以外の物は見えないので、そのレーダー網を張り巡らしてカーチスの目となっているのだ。

 胎児の匂いに釣られて屍鬼が寄って来るかもしれない…。カーチスの勘は的中した。カーチスの脳にダイレクトに映像が飛び込んでくる。

 振り向き様に短剣を二本投げる。

 二匹の屍鬼の眉間に命中した!

 血と脳髄を吹き出しながら地に落ちる屍鬼には目にもくれず、矢継ぎ早に短剣を投げていく。

 屍の山の周りに屍鬼の血と臓物が飛び散っていく。

 この時カーチスは、視覚に頼ったりはしていない。

 アイリーンから送られてくる視覚情報を読み取っているだけだ。こうして敵との距離を取りながら戦うのが、カーチスとアイリーンの戦闘法だ。

 カーチスの短剣が残り二本になった時点で、カーチスの視力も回復してきた。周囲には屍鬼の死体が転がり、屍の山は赤く染まっていた。アイリーンが居ない事に気付いたカーチスが周囲に目を凝らすと、胎児を抱えていたアイリーンを見付けた。アイリーンの瞳に光るものが見えた時に、掛ける言葉を失い、ただ俯く事しかできない自分に腹立たしさを覚えるカーチス。


 アイリーンが南の方角に目を向けた。灯りが四つ、真夜中の闇にたゆたっている。素早く短剣を構えるカーチス。 〈どうする……。アイリーンは武器を持って来てないはず……。残りの短剣で二人、あとは格闘戦で仕留めるしかない……〉

「待って! 敵じゃないみたいよ!」

灯りの向こうから微かに見える胴当ての紋章……バビロニア王国の騎士団、ガード騎士団だ! 思わぬ援軍に安堵の息を漏らした二人だった。ガード騎士団の四人は、月明かりに見える惨状に息を飲んだ。それを見たアイリーンは抱えていた胎児を先頭の騎士に突き付けた。

「うわぁぁっ!」

 胎児を突き付けられた騎士はもんどり打って倒れた。

「ふん、自分達の戦果にビビってんじゃないわよ」

「止めろ、アイリーン」

 カーチスがアイリーンの肩を掴んで制した。

「あの……我々はここで『塊』の回収を手伝う様に命令された者ですが……『塊』は……?」

「あぁ。 あの辺にまとまっている石やら武器がそうだ。んじゃあ、後始末は頼んだぜ」

 そう言ってカーチスの親指が指したのは、屍鬼の臓物が転がる場所だった。 もんどり打った騎士が起き上がり、カーチスに詰め寄って行く。

「貴公の所属と名を伺いたい! 場合によっては……」

 騎士が剣を右手に掴んだ。

「そういきり立つな。まぁ、ウチのストーナーのした事は大人気なかったがな」

 そう言ってカーチスは立ち去ろうとした。後ろからアイリーンが付いて行く。

「貴様ぁっ!」

 そう騎士が叫んだ瞬間、騎士の鼻先にはカーチスの短剣が届いていた。

「俺はバビロニア王国・宮廷騎士団、クルセイド・ドラグナーズのレイ=カーチスだ。その面ぁ覚えといてやるぜ?」


 そう言い残すと、純白に真紅の楔十字の紋章が入ったマントを翻して南へと立ち去って行った。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 短い文章の中に良くまとめられた話になっていると思います。 情景も分かりやすく、人物同士の関係性も見えやすく完成度が高いと思います。 [気になる点] 窮屈そうな文面は多少の見辛さがあるかな?…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ