闇と潮時
今回はちょっとキリが悪いので短いです。
Side クリストファー・フィリング
大和が『次の仕掛けに移る』と言ってから一週間がたった。
あれから子爵は毎日、閉店間際になると店に顔を出し、私達をカジノへ誘うようになった。
あの日以来、私たちの勝率を六割程度に落とし、ぎりぎりマイナスにならないように賭け続けている。
子爵も、基本は私達を予想屋に見立てて、所々で便乗して勝利を得ている。結果、大きく勝つときもあればひどく負ける事もある。なんとも不毛に思えるが、大和が言うにはこの波が重要らしい。
「くそっ! 種銭が切れちまった。レオの旦那! 金貨一〇〇枚貸してくれ」
「いいですけど、前回の金貨二〇〇枚に上乗せされますよ。金利はトゴです。返済日は前回の分と同じなので三日後ですね」
「構わねぇよ。今に勝ってドカンと返してやるぜ」
「はいはい」
手渡される金貨。その瞬間に、にやりと笑う大和の顔を見逃さなかった。
大和曰く、この毎日の不毛な付き合いには二つの意味があるらしい。
一つは『私達を自分の財布』と思わせる事。
そして、もう一つは『金銭感覚を麻痺』させる事だ。
現に、子爵は大勝ちしても借金を返しには来ない。勝った金を全部次の日の軍資金にしているのだ。少し前の子爵なら少しでも勝てば、返済していたのに今ではその気配すらない。
ふと大和を見ると言葉巧みに子爵を誘導して勝たせていた。
ああ、……また地味に悪い顔になってるし。
恐らく、あの笑みはそろそろ仕上がったの意味だろう。
大和の奴、本当にこの仕事が天職なんじゃないのか?
最強の『力』にペテン師とも言える頭脳。まったく、私はとんでもない男に惚れこんだものだ。
そんな事を思っているとはつゆ知らず、大和がアイコンタクトを送ってきた。
さて、大和。次はどう動く?
Side ラインハルト・ツヴァル
夜が更け、辺りが白んだ頃。
「おう、今帰ったぜ」
我が主が扉を開けて帰ってきた。毎日毎日よく飽きもせずカジノに入り浸れるものだと逆に感心してしまう。
「お帰りなさいませ……坊ちゃま。また朝帰りですか」
ここの所、ずっと坊ちゃまが帰宅するのは朝だ。大層機嫌がいい時もあれば、悪い時もある。ギャンブルに魅せられてからずっとこんな調子だ。それに坊ちゃまは私に隠れて金を借り入れている節がある。
『エクスプロイトファイナンス』
少し前にできた金融屋だ。この前うちのメイドが坊ちゃんがその店に入るのを見たという話を聞いた。
「うるせぇな。また説教かよ」
「またとは何です! 大体、坊ちゃまがしっかりしていれば」
「あ? しっかりだと? ちゃんと仕事はこなしてるだろ!」
「そういう意味ではありません。もっと貴族としての誇りを持ちなさい!」
「誇りだ? そんなもんは微塵もないね! 俺は親父みたいに功績もあるわけじゃない。俺には上に媚びるぐらいしか出来ないんだよ! 貴族がなんだ! 家名がなんだ! 知った風な口をきくな!」
「坊ちゃま!」
「……もう、どうでもいい」
そう言い残し坊ちゃまは寝室へと向かっていった。
閑散としたエントランス。最近では、よくある光景だ。顔を合わせれば口論になる。
「……どうしてこうなってしまうんだ」
軍人だった御館様と奥方。お二人は家を空ける事が多かったので、坊ちゃまの事をよく頼まれる事が多かった。私もそれに応えるべく、息子同然に育てたつもりだった。
最初のうちは、御伽話を聞くような笑顔を見せていた坊ちゃまも、成長していくにつれ徐々に笑わなくなっていった。
両親に対する劣等感。それが、坊ちゃまの心に芽生え始めたのだ。
日に日に増していくプレッシャー。御館様の残した功績から、ただ逃げているのが目に見えて分かった。
「やっぱりこのままにしておくわけには……」
お二人が亡くなられた今、私が何とかするしか……。
Side 平良木大和
「はい。では、利息分の金貨一五〇枚確かに受け取りました。次の利息分は、また十日後で」
テーブルには、一〇枚ずつ分けられた金貨の山が一五山。マース子爵の借り入れ高が金貨三〇〇枚なので、金利は一五〇枚。順調に金銭感覚が失われてきている。
「おう。分かってるよ」
「……どうしたんです? 元気がないように見えますが」
目の前のマーズ子爵からはいつもの笑顔が消えていた。
「なんでもねぇよ」
はぐらかす時点で、何かあったと言っているようなものだ。そろそろ落ちるのも時間の問題って所だろう。まあ、元気があろうとなかろうと僕には関係ないのだが。
「そうですか」
「あーあ。レオの旦那が羨ましいぜ。こんな綺麗な奥さんがいて、商売もうまく行ってて、おまけに運が太ぇときたもんだ」
「そんな、大した事じゃないですよ」
「まぁた、そんなに謙遜しちゃってよ。あまり謙遜しすぎると嫌味にしか聞こえないぜ」
「はは、気を付けますよ」
「それよりよ、旦那。今日もどうだい? 仕事が終わった後によ。ほら、奥さんも」
「マース様。ここの所ほぼ毎日じゃないですか。お仕事の方は大丈夫なのですか?」
「あ? 旦那までそういうこと言うわけ? 大丈夫だよ。ここ最近旦那達とつるむ様になってから昼間はやる事がなくてな。暇つぶしに仕事をこなしてらぁ」
「それは何よりで」
「俺のことはどうでもいいからさ。なぁ、旦那。今日も行こうぜ」
「……わかりました。お供させていただきますよ」
「よっしゃ、その台詞を待ってたぜ」
マース子爵は「じゃあ夜に迎えに行くわ」と残して店を去っていった。
「行ったな」
「うん。……そろそろ潮時かね」
今までの地道な操作で、子爵はもう金銭感覚が完全に狂っている。元金を払えなくなってきた時点で詰んだも同然だ。
あとはとどめの一撃を加えるだけですぐに落ちる。
「さて、最後の締めと行きますかね。クリス、新品のトランプを二十セット買ってきてくれないか?」
「トランプ?」
「うん、最後はやっぱり僕がとどめを刺さないとね」
追い詰める手段は今日で全部整う。彼はどんな風にあがいてくれるのか楽しみだ。
「さあ。狩りの時間だ」