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三題噺  作者: 葉月梓
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 しとしとと雨が降り続いている。もう夏の盛りだというのに、普段の暑さは身を潜め、梅雨に戻ったかのように空は曇り空に覆われている。まるで憂鬱な存在の訪問を予言するかのように。

 カーテンを閉じると、ひとつため息をついてソファに沈み込んだ。顔を抱え込んでいるため、表情は見えない。落ち着かないのか、足がかたかたと音をたてている。


「はぁ。あーあーあー」

 意味のない声が漏れる。その微かなつぶやき声は誰に聞こえるでなく、雨音が隠してしまった。雨音は強くなったり、弱くなったりと、人の心などおかまいなしに窓をひたすら打ち続けている。それどころか、気持ちの落ち込んでる人物に追い打ちをかけるかのように轟々と風も出てきたではないか。


「あー、この雨風で来るのやめてくれないかなぁ…。」

ぽてっと体をソファに横たえて、吐き出すように呟いた。


「いや、普通来ないでしょ。だってこの雨だよ?そもそもこれって、台風の接近だったよね?しかも予報で3日前くらいからわかってたよね?これで延期の連絡もないとか、何なの?馬鹿なの?」


 明らかに客人が来るというのを良しとしない言葉がつらつらとこぼれだしていた。視点の定まらない瞳にはぐるぐると渦が巻いているかのように、暗く淀んでいる。客人を迎えるという家の主にあるまじき言葉がぶつぶつと、今も流れている。


 窓にうちつける雨風の音は先ほどよりも幾分強くなり、窓枠が落ち着かないようにかたかたと音を立てている。窓にふっと視線をやるが、そこには視界を遮る分厚い暗い灰黄緑の布が窓を覆っている。恨めしげな視線で投げると、気に入らないのか、再び息を吐き出した。


「なーんでカーテン閉まってるのかなぁー。こんな暗い日に暗い部屋にいたら疲れちゃうじゃーん。」 

 その暗さを払うかのように、常より明るい声が聞こえる。先ほど自分が閉めたのをすっかり忘れて、体を起こして窓へと歩き出す。厚みのある布をつかむとシャッと勢い良くカーテンをあけた。

 窓には幾筋も滴の流れたあとができている。いや、今もその瞬間にその筋に上書きするかのように滴が跳ねては流れ落ちて行く。窓に映った顔は歪んでいて、不機嫌な顔は見えない。が、窓にもその身にまとう不機嫌さは隠しようがないらしく、顔が歪んでいるのは雨のせいだけではないようだ。

 絶え間なく降り続ける雨を眺めれば、思考の渦に沈んで行く。と、同時にぶつぶつと誰に話しかけるでなく、話しだした。

「なんでこんな天気の悪い、気持ちの良くない日に会いたくない人間に会わなくちゃいけないわけ?なんで暗い部屋でずっと待ってなきゃいけないわけ?いや、気持ちの良い天気の日にあいつになんて会いたくない。機嫌の良いときになんでわざわざ機嫌悪くならなきゃいけないんだ。気持ちの良い日にあんなやつ、目にいれないに限る。つまりあいつと会うための日なんて必要ない。」

 

「…そんなこと言われたらますます来たくなっちゃうじゃないですか。」


 新しい声が部屋に響く。その瞬間焦点のあわなかった目が窓をとらえた。思わぬところから声がして、ギギギと音が鳴りそうな首をどうにか後ろに向かせる。そこには長身の黒髪の男が濡れた肩をすくめて立っていた。口には薄く笑みがはりついている。


「なっ、どうやってここに入ったっ」

「どこってそりゃもちろん玄関からですよ。」

何を言っているんだと言わんばかりにごく平然と答えが返される。


「なーんで家の主人が開けてない玄関から、入れるのかって聞いてるんだけど?」

そんなことはわかっているとばかりに怒気も露に言葉を投げる。瞬間、風の音が強くなる。


「もちろん、押し入るなんて無粋な真似はしていません。一般的に訪問させていただくように、呼び鈴を鳴らしてこちらの家の方に開けて頂きました。」

先ほどよりも笑みを深めながらそう答えた。そして、答えると同時に部屋の奥へと足を踏み出した。


 男の言葉を信じられないのか、それとも信じたくないのか、呆然、と言った様子で男が近づいてくるのを見ていた。小さく動いた口からは

「…はぁ?私には聞こえてないんだけど?」 

やはり怒りがこもった言葉が出てきた。低く、小さめの声で雨音にまぎれたかと思われた声を男はしっかりと聞き取ったようで、

「また一人で深く考え事でもしていたのではないですか?考えだしたら周りの音なんて聞こえないでしょう、貴女は。」

なんてのたまった。


 図星をさされたのか、その言葉を聞くと不機嫌だった女性がますます不機嫌になる。そんな女性の表情と反比例するかのように、くすくすと笑いながら男は歩を進める。



 充分に女性に近づくと足を止め、

「雨の日にここまで来た甲斐がありましたね。貴女のそんな顔が見れるなら、毎日雨でも楽しいかもしれません。」

心底楽しそうに顔に笑顔を浮かべて、そんなことを言い出した。


 キッと睨み付けると吐き捨てるように一言。

「…悪趣味なやつ。」


「それはそれはお褒めに預かり光栄です。」

 先ほどよりもさらに顔をほころばせて女性に笑いかける。


そんな男性の視線から逃げるようにふいっと顔を背けると、

「なんで、なんでこんな厄介なやつに目をつけられたかなー…。」

歯ぎしりが聞こえそうなほど、引き絞った声。タイミング良く、窓にあたる滴の音が小さくなり、その言葉は部屋に響いた。


その言葉を聞くと男はますます嬉しそうに、

「仕方が無いでしょう?貴女がそれほど魅力的だったのですから。」


ここぞとばかりに歯の浮くような台詞をかぶせてくる。ふっと先ほどから変わりなかった距離を縮めると、女性の体がびくりと跳ねる。雨が、風が、耳に響く。


「もう、諦めて私のものになってください。」

「…それはプロポーズのつもり?」

「ええ、私と結婚してください。」

「もう少し、相手が自分をどう思っているか見極めようねー。」


おもむろに顔をあげると、女性はしっかりと視線を合わせ、静かに告げる。雨音がほんの少し弱まり、声と相まって、部屋が静けさを持つ。


「私は、あんたが嫌いだ。」

「そうですね。いつも貴女は私にはその美しく歪んだ顔をお見せしますね。」

「…なら、」

「しかし、私は貴女が嫌いだ、と言いつつも顔を合わせてくれる程度には私のことを好いていると思っています。本当に嫌いでしたら、全ての会える可能性をつぶすでしょう?

ですから、私は諦めません。」

 女性がはっきりと告げれば、男性は先の笑みは少ししまえど、しかしなおも笑ったまま、自分の思いを告げる。




雨音が部屋を満たす。

互いに見つめ合ったまま、しばし佇む。



女性が口を開くと、先と変わらぬ静かな声が聞こえた。

「…あんたは私にとってまるで雨。抗おうにも、抗えない。しかも根本的な解決が望めない、憂鬱な存在。できるなら避けてる。できなくて、困ってる。」

「雨のよう、ですか。」

そう男は呟くと笑みを完全に消して、真剣な表情で返す。


「……恐れ多いですね。

しかし、貴女は気づいていますか?雨とは、人に恵を与えるもの。生きるのに必要不可欠なものですよ。」

と、そこまで言って区切ると、顔に笑みを浮かべた。




「つまり、貴女も心のどこかでは私を必要だと思っている、ということでしょう。」

「なっ…!」



そう言うが早いが、女性を(かいな)に抱く。

「もう、捕まってください。」

そう男が囁けば、ささやかながら抵抗を試みていた女性の動きが止まる。

気づけば、雨風が止んでいた。


「…つかみようのないお前こそ、捕まれ。」

そう呟く。


男性は聞こえたのか、聞こえてないのか、体をそのまま窓へと向ける。

「ほら、外を見てください。」


そう言われ、顔をあげた女性の視線には水滴でゆがんで見える七色の線。


「…虹。」




「どうでしょう、雨が連れてきました。雨だって憂鬱ばかりではないですよ。

…だから、雨な私と一緒にいませんか。」







三人称でした。

今回のお題は「雨」「プロポーズ」「憂鬱な存在」


誤字脱字のご指摘、感想等いただけたら泣いて喜びます。

ありがとうございました。

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