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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

栄養のない短編集

私が再びわらう時

作者: 紫藤ゆう

初めて掌編を書きました。

文学と言うのはおこがましいかもしれませんが、他にいいジャンルがなかったので。


部活の部誌向けに書いた原稿です。テーマは「笑」。一体どんな人生を送ってきたら、このテーマでこんな悪辣な欝小説を書くんでしょうか……。




 私が最後に笑ったのはいつだっただろう。

 考える。

 思い出せない。

 もう忘れてしまった。

 私はすぐにこの思考を中断する。こんなことを考えても無駄だ。

 思い出せないのは笑ったことだけじゃない。怒ったことも、泣いたことも、喜んだことも、つらかったことも。何もかも、私の記憶からは消えている。

 笑うって、なんだっけ。怒るって、なんだっけ。

 あまりにも、長い時を生きてきた。

 あまりにも、多くのことを経験しすぎてしまった。

 感情が微動だにしない。もう動かし方すら分からない。

 そんな私にも、ひとつだけ願いはある。

 死にたい。

 こんな人生を終わらせたい。



 あれは、最初の中学二年生くらいの時に起こった出来事だろうか。

 当時私は思春期特有の中二病で、「死」というものが怖くて仕方がなかった。

 人生には何の意味があるのか。人が死んだらどうなるのか。そんなことばかりを考えてしまう。毎晩毎晩、死への恐怖で枕を濡らす。

 そんな私に、知らないアドレスから一通のチェーンメールが送られてきた。

『このメールを受け取った人は幸運です。今から十分以内に三人の人にこのメールを送信した後、下記のアドレスにあなたの願いを書いてメールしてください。そうすれば、あなたの願いは叶います』

 本気で悩んでいた私は、申し訳ない気持ちになりながらも、友達にこのメールを送り、書いてあるアドレスに返信をした。

『私は、永遠の命が欲しいです。自分が消えてしまうのが怖いんです』

 そうすることで、少しでも不安を和らげたかったんだと思う。

 それから私は成長し、自分を誤魔化すことを覚えて死への恐怖からは無縁に生きてきた。

 六十年の時が過ぎた。

 私は残りの命が少ないことを医者から告げられて、ふと昔に永遠の命を願ったメールを送ったことを思い出す。

 そう言えばそんなことに悩んでいた時期もあった。年老いた今の私には、もうそんな恐怖すらなかった。年をとると、得てして死に対して達観するのである。

 


 気が付いたら私は病院ではなく、携帯を持って見覚えのある部屋にいた。

 しばらく記憶を漁り、これは自分が子供だった頃にいた部屋だと思い出す。

 携帯に表示される『送信完了しました』という文字。

 そうだ。私はこの日を覚えてる。

 あのメールを送った、直後だ。

 受送信履歴を見ると、なぜか例のメールは消えていた。

 ああ、そうか。これは走馬灯だ。死ぬ直前に昔の光景を見ているんだ。

 しかし、その『走馬灯』で何十日も経つと、いい加減私もおかしいと思い始めた。

 走馬灯というものは、こうも長く見続けることができるものなのだろうか。

 しばらくすると、私は『走馬灯』の中で生きるようになった。

 これが走馬灯だと忘れてしまうこともしょっちゅうあった。

 私は『走馬灯』の中では本物と似たような人生を送った。大学進学まではかなり本物よりもうまく行ったものの、所詮私の頭はその程度。同じ仕事に就き、同じ人と結婚し、子供も似たような人生を送って、年老いた私は再び余命宣告をされた。

そして、その時が訪れる。

私は自分の部屋にいた。

「え……?」

 携帯を見る。

『送信完了しました』

 走馬灯の中で走馬灯を見ているのだろうか。どれだけ死ぬのが惜しいんだ私は。

 私は、ひとつの可能性にたどり着く。

 私が死ぬと、このメールを送った時に時間が巻き戻る……?

 あのメールは、本物だったんだ。

 それに気付いくのに私の体感では百二十年を要した。

私は嬉しかった。喜んだ。

これでもう、死への恐怖を感じなくても済むのだ。やり残したことだって、なんだってできる。私は無敵だ。

色んな人生を送った。

偉い人になったこともある。裏社会に身を落としたこともある。芸能のような輝かしい世界に入ったこともある。犯罪を犯して捕まったこともある。

他の人間の人生は短い。成し遂げられることは少ないのだ。

だから何周しても、私にはやりたいことが次々浮かんできた。

しかしやりたいことというのは、あくまで『途方もないほど多い』というだけで、決して無限に存在するわけではない。

それに応ずる回数の人生を送れば、やりつくしてしまうのだ。

数える気など起きない回数の人生を経験し、もう私は本当の意味で『この世界の何もかも』が分かってしまっていた。

人間の本質も、私が生きていられる間にこの社会がどうなるかという可能性も、すべて。

世界のあらゆる光景を見た。あらゆるものに手を出した。

それでも私は、死ぬと共にあのメールを送った瞬間に戻ってしまう。

もういいと願っても関係なく、無慈悲に時間は巻き戻る。

 何が起こっても、それは私にとってはすでに数えきれない回数経験していることでしかなかった。

 徐々に私の心は動かなくなっていく。感情が緩慢に死んでいく。

 私は虚ろに、ただ作業として人生をこなす人形になるしかない。

 一度、戻っては自殺するというのをやってみたことがある。

 あの時に戻ったら直後に首を吊り、また戻ったら線路に飛び込み、次は睡眠薬を大量に飲んで、次は有毒ガスを発生させる。

 最初は恐怖という感情が少しだけ蘇ってきていた。しかし、それすらすぐになくなってしまう。痛みを感じても何も思わなくなる。

 ただ事象だけが存在していて、私はそれを眺めるだけ。私は永遠の観測者。

 記憶を消す方法がないか画策したこともあった。

 でもうまく行かない。脳に障害を負わせて一時的に記憶を飛ばしても、また戻れば全快してしまう。繰り返すうちに、何をしても記憶が消えなくなってしまった。

 私はとうとう本当の意味で『何もしない』人間になってしまっていた。

 あの時間に戻ったら、何もせずにぼんやりしているのだ。ただ何も考えず、人が来ないところに行って餓死するまでじっとしているだけ。

 何も考えず、ただそれだけを繰り返す。

 私はなんのためにいるんだろう。そんなこと、どうだっていい。



 あるとき、いつものように裏山に向かって歩いていると、一通のメールが来た。

 私はそれを見る。どうでもいいのだが、あまりないことだったから。

『このメールを受け取った人は幸運です。今から十分以内に三人の人にこのメールを送信した後、下記のアドレスにあなたの願いを書いてメールしてください。そうすれば、あなたの願いは叶います』

 それは、その年数を指数でしか表せないほど昔に見たメールと、同じものだった。

 ぞわり。

 全身の毛が逆立つ。

 これで、私は死ねるんじゃないだろうか。

 それは忘れていた『希望』という概念。

 私はすぐにメールを送った。

『私は死にたいです。永遠の命という願いは取り消します。今すぐ私を死なせてください』

 送信。

 私は、自分の口元の筋肉が吊り上るのを感じていた。

 なんだっけ、こんな時人間はどんな表情になっているんだっけ。

 笑顔。

 そうだ。思い出した。

「ははは……」

 自然に声が漏れる。

 そうだ! これは笑い声というものじゃないか! 

 あまりにも久しぶりだったから、なんなのか分からなかった!

「ハハハハハッ! わははっ!」

 私はわらう。ただただ、わらう。

 念願の死が訪れるという喜びで笑い、これまでの滑稽な自分を思い出して嗤う。

 笑みが消せない。笑顔が止められない。

 その瞬間耳に届くクラクション。視界の隅に移る圧倒的質量を有したトラック。

 それは、私を救済してくれる存在。

 私の体が宙を舞う。

 地面に激しく打ち付けられる体。

 痛い。

 私はこれで本当の意味で『死ぬ』のだと、はっきりわかった。

 もうあの時間に戻ることもない。私はこの世から消えるのだ。

 浮かんでくる恐怖。でもそれすらかけがえのない、私の感情。紛れもなくこれは私のもの。もう離すものか。決して誰にも渡しはしない。

 意識が遠のく。

 その間、私はずっと笑顔だった。

 感情を失った人形は、最期の最期でようやく心の底から笑みを浮かべることができた。

 私は今、確かに幸せだ。

 

 


まどか☆マギカやfate/zeroを見たせいで、虚淵玄さんの思考が移ってしまったのかと思いました。 これ部誌で絶対浮きますよ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] まとまりがよいと思います。 しかし、最初から最後まで淡々としているので、感情移入は、正直少ししにくいです。歴史年表を見ているような感覚になりました。 主人公の死に対する恐怖、そこからの開放感…
[気になる点] 冒頭部分でオチが大方わかってしまって正直読んでいても「あぁやっぱりな」といった感じでした。 永遠に生き続ける(この場合ループすると言った方が正しいかもしれませんが)ことに対する主人公の…
[一言] 拝読しました。印象的な作品ですね。 ここまで考えさせられた短編は初めてです。 いろいろと思うところがあり、感想を書かせていただきます。 ひとつのメールによって生の無限ループに閉じ込められ…
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