かまいたち(2)~男が囮って邪道~
「昨夜また犠牲者が出たわ。今度は左足が持ってかれたらしいわ~」
いつもと変わらない口調でいずみは簡潔な説明を終わらせた。
現在、NⅤは剛太と翔良を除く全員が寮内のいずみの部屋に集められている。
部屋の内装は壁に立てかけてある日本刀さえなければごく一般的な若い女の部屋である。
直哉が日本刀に目を向けながらも質問した。
「やっぱりかまいたちですかね?」
「その可能性が高いけどまだ実態が掴めてないから何ともね」
そう言っていずみは肩を竦める。
しかし、人が2人死んだのは自分たちのせいだという自覚が無いのかその感情を押し殺しているのか、いずみはいつも通りニコニコ笑っているだけである。
もっともそれはいずみだけでなく直哉以外の委員もこのような事態に馴れているのか各々好きな事をしながら適当に話を聞いている。
グロックの手入れをしながら龍樹が尋ねた。
「で、いつ動くんですか?」
「本当はすぐにでも動きたいんだけどさっき言ったように向こうの正体が分からないから危険だし、かといって次の犠牲者を出すわけにはいかないから~。そこで」
いずみが眼鏡の位置を直してから続けた。
「囮を使いましょ~」
何故かいずみの声は少し楽しげである。
その時、龍樹の背中に悪寒が走った。
笑みを浮かべながら震える声で龍樹は尋ねた。
「誰が?」
「勿論龍樹くん」
今のいずみは小悪魔どころか悪魔の微笑みを浮かべている。
どうすればあんな人に恐怖を与える微笑みが作れるのか直哉は疑問に思った。
「・・・・・・一応理由を聞かせてもらえますかね」
「まず今回の件の被害者は両方男性。だから私と佳奈ちゃんは除外。で、直哉くんは勿論翔良くんもほとんど妖怪の実戦経験が無く危険なのでこれも除外。零冶くんは相手がかまいたちの時に武器が武器だけに迅速な対応が出来ないから除外。となると、グロックにピースメーカーにM870が標準装備の龍樹くんが一番適してると思うんだけど?」
「かまいたちだったら男女関係なく殺すと思いますがね」
直哉は龍樹の意見はもっともだと思ったが勿論肯定できるわけがない。
「と、言う訳だから」
いずみは佳奈が読書をする為にもたれかかっていた真新しい段ボール箱から背広を1着取り出した。
「これ着て~」
「何でちょっと甘えた口調なんですか・・・・・・」
「色気を出した方が良いと思って」
「むしろ色仕掛けしてどうするんですか」
と、反論しつつもいずみの左手が日本刀に伸びているのを見て龍樹は素早くいずみから背広を奪い取り、制服の上を脱ぎ、背広に着替えた。
それを見ていずみが感嘆の声を上げる。
「きゃあ、かわいい~」
「楽しんでますよね?」
「7:3ってところかしら?」
「遊びの比率が7で仕事の比率が3ってことですか?」
「いや、髪型も7:3にすればいいのにって」
「仕事行ってきます」
このままだと本当に髪型まで弄られかねない。
龍樹はそう判断して、素早く仕事の準備を終えた。
佳奈も読みかけの本にしおりを挿み、龍樹の後ろを着いて部屋から出て行った。
いずみが直哉に声をかけた。
「直哉くんも着いていってあげて~」
「えっ?俺ですか?でも、いまいち何すればいいか・・・・・・」
「良いの良いの。見てるだけでも勉強になるから」
その言葉に押されて直哉も既に出て行った龍樹と佳奈を追う事にした。
だが、直哉は内心ほっとしていた。
部屋に集まってから一言も喋らなかった零冶といずみという先輩2人と一緒にあそこに残されるのは正直気まずかった。
一度、直哉は自室に戻り今井銃器店で購入したライフル、モーゼルKar98kを背負って先に行った2人を追いかけた。
(それに佳奈先輩とも一緒に仕事が出来るし万々歳だ!!)
直哉はまだ彼女のことを諦めていなかった。
先ほどまで黙ってお茶を飲んでいた零冶が直哉が出て行くとようやく口を開いた。
「いずみさん、2人っきりになったところで一緒に夕食でもいかがですか?夜景のきれいなビルの最上階のフレンチレスト」
「あっ、卵切らしてたの忘れてた。今は・・・・・・7時30分。零冶くん、ちょっと買い物行ってくるから留守番頼んでいい?」
いずみは零冶の返事も聞かずに財布を持って出て行った。
零冶の精一杯の甘い誘いも虚しく彼はただ1人取り残された。
「ははは・・・・・・」
乾いた笑い声だけが部屋中に響いた。