幕間~江本直哉の挨拶回り~
龍樹は飯島高校校舎の3階を歩いているところだった。
理由はただ一つ、委員長命令だからである。(NⅤは学校では委員会として扱われている)
委員長の名は根来いずみ。
いつものほほんとした雰囲気を漂わせている眼鏡をかけた龍樹の1つ上の先輩である。
そして、龍樹はいずみの待つ第三会議室の前で立ち尽くしていた。
「あの人の命令だからな・・・・・・何頼まれるか」
龍樹は意を決して横開きの扉を開け、中へと入った。
「失礼します」
「いらっしゃ~い」
間延びした声が教室中に響いた。
龍樹の目の前にはニコニコと微笑んでいるいずみとそのその脇に見た事の無い茶髪の少年が座っていた。
「久しぶりねえ。龍樹くん」
「お久しぶりです」
「メールも返してくれないから心配したのよ~」
「七人ミサキが出たっていうメールに返信をしろと?」
「うん。私としては。まあ、そんなことよりこの子に学校案内してあげて」
そう言っていずみは茶髪の少年の頭を軽く2回撫でた。
気恥ずかしさからくるのか少年は頬を赤らめて下を向いた。
「そいつは?」
「ここに転校してきた1年生の江本直哉くん」
直哉は立ち上がり、良く通る声で龍樹に自己紹介を始めた。
「江本といいます。よろしくお願いします」
直哉の堅苦しい挨拶を見て龍樹は顔をしかめた。
「江本くんは両親を不慮の事故で亡くして此処に来たの。で、中学の頃クレー射撃が得意だったそうだから戦闘要員に入れようかと思って」
「いや、それはいいんですけど俺より暇な奴は?」
「私は雑務があるし、翔良くんも佳奈ちゃんも連絡つかないし、零冶くんは私が苦手だから~・・・あと剛太くんは例によっていないし」
「今個人的な理由ありませんでした?」
「とにかく龍樹くんよろしくね~」
いずみは直哉を無理やり押し付け、笑顔を浮かべながら自分は会議室から出て行ってしまった。
龍樹はため息をつき、直哉を見据えた。
直哉は反射的に龍樹に頭を下げた。
「宜しくお願いします」
「ああ。・・・・・・で、どこまで聞いてる?」
「NⅤが孤児の集まる場所ってところまでは」
第三次世界大戦の後、日本中の養護施設は姿を消した。それこそがNⅤの始まりだった。
天涯孤独となった孤児達は国の命令でNⅤに入る。
NⅤの仕事は小学生の頃から与えられる。
と言っても小学校での仕事は妖怪のデータを頭に入れたりするだけで戦闘訓練は行わない。
中学校に進学すると部活代わりに弱い妖怪との実戦である。
その後高校に進学しない者はそのまま一生国の兵隊となり、進学する者は高校でも妖怪退治である。
彼らは本来なら放っておいても死んでいたいわば社会的死者であるため、死んでも誰にも損害は無いし誰も傷つかない。
少年兵の前例もある為、周囲からの反感も少ない。
危険な仕事には適任な訳である。
偶然身寄りが無くなった。
偶然親に捨てられた。
偶然不幸な星の下に生まれた。
たったそれだけで人は国の人形になってしまう。
「それだけ聞いてりゃ充分だ。さて、まずは副委員長に挨拶に行くぞ」
龍樹は直哉を待たずに一人で会議室を出た。
慌てて直哉もその後を追った。
「こんな所で何するつもりなんですか?」
先ほどから直哉の問いはことごとく無視されている。
龍樹はずっと床のタイルを丁寧に一枚一枚蹴っている。
今2人がいるのは数学教材室。
その名の通り、数学の教材が所せましと置かれている。
ふと龍樹が一枚のタイルを蹴って何かに気付いたかのような顔を作った。
「どうしたんですか?」
「少し待ってくれ」
そう言って、龍樹は床のタイルに手を掛けた。
そして、その手を思いっきり引いた。
ベリベリという音と共にタイルは剥がれた。
「ちょっ!!何を」
タイルの下に広がっているのはコンクリートの床。のはずだった。
タイルの下には穴が出来ており、しかも穴から僅かだが明かりが漏れている。
龍樹は躊躇わずに床下へと下りて行った。
「おーい、邪魔するぞ。直哉も下りてこい」
「えっ・・・・・・はい」
直哉も龍樹に続いて床下へと飛び降りた。
しかし、直哉は地面までの距離が意外と深い事を知らず尻もちをついた。
「痛っ・・・・・・」
直哉が床下で目にした光景は信じられないものだった。
黒のソファに天井からぶら下がる蛍光灯。
TVまであった。
そして、黒のソファには背の高い色白の少年が座っていた。
少年は座ったまま陽気な声で言った。
「ようこそ今井銃器店へ!!・・・・・・って、一見さんか」
「ああ、新入りだ」
「へえ、そうかそうか。俺は2-Aの今井翔良。NⅤの副委員長であり今井銃器店の店長でもある。よろしく!!」
翔良はそう言い終えると直哉にそっと何かを手渡した。
「何ですかこれ・・・・・・クーポン?」
「イエス!そいつがあれば一部のハンドガンが半額。弾とセットで買う時はスペアマガジンが付いてくるという優れもの!お友達にも2、3枚渡してやって!でも教師は勘弁で」
一息でそう言い終えると翔良はカカカと豪快に笑い始めた。
そして、そのまま続けた。
「で、何の用?」
「一つはこの新入りの挨拶回り。もう一つは俺の依頼だ」
「どうせFake Sixだろ?」
「ザミエルもな」
「あれを使ったか。どうだった?」
「最高だったぜ」
「そうか。・・・・・・まあ、一週間以内には作っとくわ。金は作り終えてからで」
「頼んだぞ。さて、次に行くぞ直哉」
そう言って龍樹はさっき入った穴から下がっているロープを伝って上へと登り始めた。
「・・・・・・あれ?それの存在言ってくれてもよかったんじゃないですか?」
直哉は誰か(・・)にそう言って自分も龍樹の後に続いた。
ーーー飯島高校3階・廊下ーーー
「何だ男か」
長井零冶が龍樹と直哉を見て発した一言こそそれだった。
金髪、青い瞳、高い鼻。一瞬、外国人と見間違える程の整った顔立ちである。
しかし、その性格は俗に言う不細工と呼ばれるものであった。
男性に対しては厳しく女性には優しく。
彼のそのポリシーが行き過ぎた物であることは言わずとも分かるだろう。
「悪いが男と話す事は無い。帰れ」
「俺が女装して来たらどうすんだよ?」
「するのか?」
龍樹は言葉を返せなかった。
その様子を不安げに見ていた直哉は自分から自己紹介を始めた。
「1年の江本直哉と言います。よろしくお」
「興味なし。顔はもう覚えたから結構だ」
そう言って零冶は龍樹と直哉の前を足早に通り過ぎて行った。
直哉はただそれを見送ることしか出来なかった。
しばらくして何とか直哉は口を開いた。
「変わった人ですね・・・・・・」
「まあな。ああいう奴なんだ。気にするな。腕は確かなんだがな・・・・・・」
龍樹はそう言い終えると忌々しげに頭を掻き毟った。
「あとは・・・・・・」
「佳奈って人か剛太って人ですね」
「いや、どちらも止めた方がいいな」
「何で!?」
直哉は驚愕の表情を浮かべたまま龍樹に目を向けた。
「まず、剛太先輩はどこにいるか分からん。佳奈は・・・・・・今日は(・・・)止めた方がいい」
「何ですか?今日はって」
直哉は明らかに今までとは違う龍樹の様子に少し不安を覚えたが、こういうのはしっかりやった方が良いと言うもう一人の自分の心の声に後押しされて尚も食い下がった。
「あっ、龍樹だ!」
その声と共に龍樹は恐怖から肩を震わせた。
ゆっくりと振り返った龍樹が目にしたのは津田佳奈の姿だった。
直哉はその姿にしばらく見惚れていた。
佳奈はいずみとはまた違った魅力が溢れているように直哉には思えた。
「今日、金曜だったよね」
「そ、そうだな」
龍樹はぎこちなく返事をした。
直哉はそこに割って入って自己紹介を始めた。
「新しくNⅤに入った江本直哉と言います!宜しくお願いします!!」
心なしか翔良や零冶の時より直哉の声は元気がある。
「新入りか~。よろしくね、直哉くん」
「はい!!」
龍樹は直哉が佳奈に抱いている感情を瞬時に察知し、直哉を佳奈から少し離れた所に引っ張って行った。そして、直哉に小声で忠告をした。
「やめろ、本当にあいつだけはやめろ」
直哉も小声で反論する。
「何でですか!後輩の純真な恋をじゃまするんですか?」
「純真どうこうの問題じゃねえ。てか、お前そんなキャラなのか!?」
「はい!!」
「いいか、あいつは」
「何の話してんの?」
佳奈が龍樹の肩に手を置いた。
その所為で龍樹は続く言葉が発せなかった。
おそらく佳奈は龍樹の続く言葉を止める為にそのようなことをした訳ではないだろう。
天然。
龍樹はその言葉が最も似合う裏・風紀委員は佳奈だと思っている。
「いや・・・・・・大した話じゃない」
「そっか。で、今日は何おごってくれんの?」
佳奈は目を輝かせてそう言う。
龍樹はその視線から逃れる様に目を泳がせながら返す。
「きょ、今日か~。ヘルシーにラーメンとかどうだ?」
「全然ヘルシーじゃないしもっと良い物食べたい」
「えー・・・・・・じゃあ」
直哉は渋る龍樹を見てある考えが浮かんだ。
直哉はその考えをそのまま言葉にした。
「俺が奢りますよ」
「えっ、いいの?」
佳奈の目の輝きは一瞬で直哉に向けられた。
直哉はそこからさらに攻めの姿勢を見せた。
「いいですよ。親交の証です!というより」
続く言葉を龍樹が遮った。
「やめろ、お前はこいつの秘密を知らないんだ!」
「止めないでください龍樹先輩!
佳奈先輩行きましょう!」
龍樹はそれ以上止める事をやめた。
その顔には諦めの色が浮かんでいた。
「いいけど佳奈結構食べるよ?」
「大丈夫です任せてください!」
直哉は自信たっぷりの声でそう言って佳奈の手を取り、走り出した。
龍樹は彼らを止めなかった罪悪感に苛まれたが後の祭りだった。
金曜日。佳奈にとっては吉日。龍樹にとっては厄日。
ちなみに飯島高校近くの高級焼き肉店で約12万円分の肉を食べたカップルがいたという伝説は今もなお語り継がれている。
同時期にNⅤの寮の空き部屋から泣き声が聞こえるという怪談も裏・風紀委員の間で語り継がれていった。
その空き部屋こそ江本直哉の自室であった。