七人ミサキ(5)~究極の一択~
龍樹の冷たい反応に対して恵子は地べたにへたり込み、体を小刻みに震わせていた。
「どうした?お前が待ち望んでいた妖怪の肉だ。安心しろ、かなり弱ってる。こいつはもうほとんど人間と変わらん」
その言葉に恵子は更に体を震わせた。
龍樹は構わず続ける。
「そもそも七人ミサキは七人だからこそ意味がある訳で、こいつ一匹ならおとなしいもんだ。さあ、早く肉を取れ。ナイフくらい持ってきてるだろ?」
恵子は怯えた表情で首を横に振り、否定の意を示した。
「い・・・・・・嫌」
「何が嫌なんだ?これがお前の望んだ結末だろ?」
龍樹は声の調子、表情、恐らく心拍数ですら変えずに言い放った。
たまらず恵子の反論が始まった。
「だって、これは妖怪じゃなくて高田くんじゃない!」
「元な」
「でも、鎌田くんのことも私の事も」
「そりゃ妖怪になってまだ1時間も経ってないから記憶くらいあるだろ」
「大体、死体を切り刻むなんて死者への冒涜だよ!!」
「じゃあ眠っている死者を無理やり生き返らせるのは死者への冒涜じゃないのか?」
恵子は言葉に詰まった。
核心を突かれ唇を噛みしめている恵子に向かって龍樹は続けた。
「いいか。究極の二択なんて難しいものじゃねえんだよ、これは。ここで痛みに苦しみながら消えていく高田を看取るのもお前のお袋さんを生き返らせるのもどっちもさっき言った死者への冒涜って奴だろ?だったら高田は楽にさせてやり、それでいてお前のお袋さんは生き返る。それが一番いいだろ。これ以上とない究極の一択だと思うが?」
恵子はまるで雷に打たれたかのように驚愕し、思いつめた。
自分のしようとしていることがどれだけ愚かな事だったのかがようやく分かった。
もっとも龍樹はそれを悟らせる為にそんな事を言ったわけでは無さそうだが。
そして、恵子は涙を流しながら元・高田のすぐ傍に座りこんだ。
ナイフを固く握り直した恵子はもう一度、高田の苦痛に満ちた顔を見つめた。
「ミ・・・・・・サ・・・・・・ワー・・・・・・」
「うっ、うあ・・・・・・うああああああああああ!!」
恵子は何度も妖怪に向かって刃を振り下ろした。
肉の抉られるあの独特の音は恵子の耳に一生残るだろう。
元・高田の体は小柄な一人の少女に200gにも満たない肉片を残して消えていった。
「で、結局お母さんはどうなったの?」
セーラー服に身を包んだ佳奈が龍樹に尋ねる。
「さあ。大体あいつ一昨日から学校に来てねえじゃねえか」
龍樹はそう返してこの話題には似つかない程の晴れ渡った青空を見つめた。
雲ひとつない快晴である。
「あっ」
佳奈が思わず感情的な声を上げた。
視線の先にあったのは優しそうな母に見送られて登校する三沢恵子の姿だった。
恵子はこちらに気付くと逃げるように学校へと走り去って行った。
恵子の母はこちらに気付くと軽く会釈をしてきた。
龍樹、佳奈共に同じ要領で会釈を返す。
しばらくの沈黙の後、佳奈が重々しく口を開いた。
「成功したんだね」
「ああ」
「・・・・・・ねえ、これで良かったの?」
「俺には今考えてもこれ以上の結果が考えつかねえ」
「恵子ちゃんは幸せなの?」
「・・・・・・それはあいつが決めることだ。俺達には関係ない」
路地から出てきた黒猫が龍樹へ非難の声を浴びせるかのように「ニャー」と短く鳴いた。
はい、これにて七人ミサキ編終わりです。
皆さまどうだったでしょうか?
この作品を書いてて思ったのが銃撃戦の表現が難しい!
変な部分があったらまた是非教えてください