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姑獲鳥(7)~寂しがり屋~

翔良は既に廃工場のかなり奥にまで来ていた。


姑獲鳥とNⅤ達の大立ち回りの間に翔良は三月を探し始めていた。



NⅤ達は気付いてない。

姑獲鳥も恐らく気付いていないはずだった。


沢山のコンテナが積まれているが、その一つ一つのてっぺんを少し登って覗き込む。

しかし、目当てのものは中々見つからない。





姑獲鳥の子供たちはいつも巣の中にいる。


鳥のそれとほとんど同じ形状の巣だ。



姑獲鳥の巣の場所も鳥のそれと同じような場所に作るのが一般的だ。


この廃工場の中で巣を作るとしたらコンテナタワーのてっぺんか、屋根の上か。



まずはコンテナのてっぺんを覗き込むと翔良は決めていた。




4つ目のコンテナで翔良はようやく巣は見つかった。


巣の中はほとんど殻で奥に1人、体操服姿の少女がうつ伏せで倒れ込んでいるだけだった。



「三月!」


呼びかけに少女は答えない。



翔良は何度も少女の名を呼びながら近づき、そっと肩に手をかけた。



「三月・・・・・・おい」


もう何度呼びかけただろう。

少女は反応を示さない。




翔良は少女の体を起こした。




その顔は見るも無残に変わっていた。


眼は真っ赤に染まっており、口は嘴に変形途中の表現しがたいものになっていた。



背からは銀色の少し小さな翼が生えており、羽毛が既に少女の全身を包んでいた。

妖怪と人間の中間地点、姑獲鳥に攫われた子供の変身の薄気味悪さを体現していた。



「あ・・・・・・う・・・・・・」


少女は何かを翔良に訴えかけようとしているようだった。


しかし、舌もやはり人間と妖怪の中間地点にあるのかまともな人の言葉を伝える事は出来そうにないようだ。



翔良はそこでようやく少女の胸を見る。


翔良は少女の名前が〈伊藤三月〉でなく、〈野田咲〉であることに気付いた。

三月がまだ醜い姿で現れていない事に安心する反面、三月もこうなっているかもしれないと心配もした。



「ごめんな。俺には君を助けられない」



そう言って翔良は少女の脇を通り過ぎた。


良く見ればこの辺り一帯のコンテナには全て姑獲鳥の巣が作られている。

姑獲鳥は子供たちを一か所に固めるのでなく、沢山の巣に分けて育てているようだった。


まだ巣が乗っているコンテナが3つある。

その中に三月はいるはずだ。



「あ・・・・・・あ・・・・・・」


少女が翔良の肩に抱きついてくる。


翔良は黙って首にかかっている少女の手を払いのけた。


そして、狼狽している少女を地上6mのコンテナから突き落とした。



少女は地面に到達したことをその身を以て翔良に伝えた。


その音を確認した翔良は少女の死体を極力見ないようにコンテナから降りた。




翔良はふと考えた。


自分は三月にも同じ事が出来るのか。

三月がたどたどしく舌を使って言葉を紡いできても、あの野田咲のように黙って殺すことが出来るか。


三月がまだ妖怪になっていないというのは翔良のただの願望だ。

確証があるわけではない。



その考えを振り切るかのように自分の一歩をゆっくりと踏みしめながら歩いた。





翔良は次のコンテナで三月を見つけた。



「お、お兄さん?」


三月は少し不安そうに翔良に声をかけた。


本当ならば今すぐ三月を抱きしめたかった。

そして、温かい言葉の1つでもかけてあげたかった。


だが、翔良は三月を抱きかかえようと両腕を広げた瞬間に自分の罪を知った。




顔も名前も今日初めて知った少女を翔良は殺した。


それが妖怪だったからと言えばそうだろう。

しかし、少女は何かを訴えかけようとしてきたのだ。


それを無視してこちらの都合を押し付けて、翔良は1人の少女を殺した。



しかし、全く同じ境遇の少女を翔良は助けだし、あまつさえ温かい言葉をかけてやろうとまでした。



何故助けなかった?


野田咲は既に妖怪として生きていくしかなかったから?自分の首に少女の腕が巻きつけられていたから?



答えはもっと単純だった。


気持ち悪かったからだ。見るに堪えなかったからだ。

視界から消す為に翔良は殺した。



そんな単純な思考で人を殺した自分に果たして三月を抱く権利などあるのか?



「お兄さん・・・・・・怖かったよ」


三月の方から翔良に抱きついた。



腹の辺りを温かいものが流れる。


生意気で大人ぶっていても中身はまだ子供だ。

堪えきれなかった涙が人殺しの体を濡らした。



翔良は体を抱く三月の腕を見た。

その右腕は姑獲鳥の証とも言える羽毛で覆われていた。

それを見ても翔良は三月を殺そうとは思えなかった。


身勝手な思考に翔良の自己嫌悪の念は更に強くなった。




「お兄さん、怪我してるよ?」


「・・・・・・ああ、そうだな」



「大丈夫?痛くない?」


「傷は浅いはずだ・・・・・・うん」



翔良は自分の背中に手をあてる。


血の流れは止まっていた。



翔良は問いかける。


「走れるか?」


「え?・・・・・・うん」



三月はきょとんとした顔で頷いた。


「誰にも見つからずにここを出ろ。

それで誰にも見つからずに学校まで戻れ。その右腕は学校の先生が何とかしてくれる」


「お兄さんは?」



「あいつを・・・・・・姑獲鳥を食い止めるさ」


そう言って翔良はコンテナに向かって落ちていた石を投げた。



しばらくの沈黙の後に姑獲鳥が悠々とコンテナの裏から姿を現した。


「覗きが趣味の変態が、ぶっ殺してやる」



「それはこっちの台詞よ。丸腰で粋がっても虚しいわよ」


そう言って姑獲鳥はこちらに向かってきた。


ゆっくりとコンテナを降りながら。




「走れ、三月!」


三月は震えながらも首を横に振って否定の意を示した。



「嫌だ・・・・・・お兄さんが死んじゃうよ。

そもそも何でお兄さんが狙われなきゃならないの?」



翔良は唇を噛み、下を向いた。


そして、三月にせめてもの笑顔を見せた。



「俺はNⅤなんだ」


三月はかっと目を見開いた。

翔良の独白は続く。



「沢山の妖怪も他の学校の商売敵のNⅤも殺した。

三月と同じくらいの歳の妖怪と人間のハーフみたいな子も殺した」


嘘だった。

翔良は生まれてから一度も妖怪との戦闘に参加したことはなかった。


翔良は翼が使えず、まだゆっくりとコンテナを降りている姑獲鳥を指差した。



「あいつの無抵抗の子供も殺した」


三月は表情を曇らせた。

表情そのままで三月は言う。


「それでも・・・・・・あたしはもう二度と大切な人を失いたくない。

しかも同じ境遇のお兄さんを失いたくなんか」



恐れていた事態がついに起きてしまった、と翔良は苦笑する。


案の定三月は同じ境遇という言葉を使って翔良を引き留めようとしてきた。


翔良は大きく息を吸い、三月の頬をぶった。



「俺はお前が嫌いだ」


三月が目に涙を浮かべる。

頬の痛みから生じた涙ではないだろう。



「毎日毎日、お前の相手が鬱陶しかったの何のって。

飲み物まで奢らされてよ・・・・・・こちとら金欠なんだ。

それも分からず馬鹿みたいに学校の話だのを聞いて俺が楽しいと思うか?」


三月は再び泣き出した。

翔良は言葉を続ける。


「それだよ。

泣けば良いと思ってやがる。

馬鹿か?NⅤは既に一生分の悲しみを背負ってるんだ。それ以上、何が悲しいって言うんだよ。

その気持ち悪い右腕で抱きつかれた時も吐き気がした」


三月はもう泣き声すら上げなかった。

落ちる涙を拭おうともせずにずっと翔良を見上げていた。


そして、ゆっくりと翔良に頭を下げて走り去っていった。



「これでいい・・・・・・これで」


翔良は呟いてすぐに背後に目をやる。

姑獲鳥はもうすぐそこにいた。


「今度こそ仕留めさせてもらうわよ」


姑獲鳥は翔良を見据える。

少しでも動けば姑獲鳥の鋭利な爪、或いは嘴が体のどこかに突き刺さるだろう。


翔良はその場に立ち尽くしたまま姑獲鳥に話しかける。



「今、ようやくお前の気持ちが分かった気がする。

家族が事故で死んだ時とは違う。

あの時は怒りをぶつけようにもぶつける相手がいなかったからな。

お前もそうだろ?家族を殺されて俺や龍樹に怒りを伝えたくてこんなことしてるんだろう?」


「ええ」


姑獲鳥は翔良から視線を逸らさずに答えた。


「俺もだ。

俺も今、自分が憎くて憎くて仕方がないくらいだよ。

心を許せる相手にひどい言葉を投げかけちまった、人を殺してしまった、本当に自分が許せない」


「良かったじゃないか、私に殺されるから」


「だな」



そう言った直後、翔良はポケットに手を入れる。


途端に姑獲鳥が矢の様に飛び、翔良の腹を貫いた。

翔良は一瞬、顔を歪ませたがすぐにへらへらと笑いだした。


「でもな、俺は寂しがり屋なんだ。

1人で死ぬと思うなよ!」



翔良はポケットから手榴弾を取り出した。


翔良の腹に突き刺さっているせいで姑獲鳥には状況が理解できない。

しかし、身の危険を感じてか必死に暴れ出した。


翔良の内臓がかき乱され、痛みに声を上げた。


だが、彼は自分の仕事は全うしようと思い続けている。

空いている左手で姑獲鳥の頭を自分の体から思いきり引き抜く。


そこで翔良は自分の体の惨状を目の当たりにした。


これはどちらにせよ助かりそうにない。



翔良は手榴弾のピンを抜き、姑獲鳥の口の中に自分の右腕ごと突っ込んだ。



姑獲鳥の肉片と翔良の右腕の肉片が混ざり合い、そして廃工場を真っ赤に染めた。

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