姑獲鳥(3)~翔良の追憶~
1年前の事だった。
姑獲鳥はたった3人の高校生に追い詰められていた。
銀の翼をはためかせ、赤い大きな目で周囲に気を配る。
夜だと言うのに追手はこちらを平気で追いかけている。
姑獲鳥の赤い両目は赤外線の様な役目を果たしており、夜でも生物の動きを正確に捉える事が出来る。
その両目で追手の現在位置を確認する。
「ひっ!」
姑獲鳥の目が彼らの姿を捉えると同時に、彼女はバランスを崩した。
理由は分かっている。
3人の追手の1人が持っている狙撃銃だ。
そのまま姑獲鳥は地面へと落下した。
しばし呻いていた姑獲鳥だったが、追手の足音と話し声が近づいて来るのに気づき、慌てて身を隠す。
足音は姑獲鳥の隠れている茂みのすぐ近くで止まった。
「死体が・・・・・・無い?」
「おかしいな。確かにこの辺の気がしたんだが」
「どうするんですか。死体、或いはその妖怪の体の一部が無いと報酬は貰えませんよ?」
「んな事は分かってら」
話しているのは拳銃、グロック17を持っている普通としか形容すべき言葉がない程特徴が無い少年と大きな狙撃銃を肩に担いでいる口調が荒々しい大男だ。
どうやらこの2人の関係は先輩と後輩のようなものであるらしい。
もう1人、色白の先程から一言も言葉を発しない少年はポケットの中の何かを右手で弄りながら周囲を見回している。
この少年はどうやら銃の類は持っていないらしい。
少なくとも右手はポケット、左手はゴーグルで塞がっている。
そのゴーグルが暗視ゴーグルというもので、自分の目とほぼ同じ役割である物だと姑獲鳥が知るのはもう少し先の話である。
「ん?」
大男が何かに気付いたらしく、狙撃銃を構える。
普通の少年も大男の動きを見て、グロックに新しい弾倉をセットした。
「何匹ですか?」
ここに来て色白の少年が初めて口を開いた。
「3・・・・・・4・・・・・・5匹。
身を寄せ合って隠れてるみたいだな」
5匹の身を寄せ合って隠れている何か。
姑獲鳥にはそれに心当たりがあった。
姑獲鳥には子供が6匹いた。
自分が追手から逃げている間、子供たちの行方は分からない。
しかし、日頃から子供たちに自分が居ない時にはどこかに隠れていろと教えたのは他でもない彼女だった。
普通の少年が隠れている5匹の元に一歩一歩近づく度に、姑獲鳥の心臓は苦しくなった。
姑獲鳥にはそこに子供たちがそこに隠れているかは知らない。
しかし、直感的に彼女はそこに子供たちが隠れていると知った。
姑獲鳥の母性本能が目覚めた。
自分が派手に動けば少なくとも子供たちは助かるかもしれない。
そう思い、口を大きく開いた。
しかし、銀色の小さな羽がその口を塞いだ。
羽の持ち主は姑獲鳥の子供の中で長男にあたる子だった。
息子は母の口から手を放し、宙に浮いた。
3人の高校生の興味は今、他の子供たちが隠れている場所に向いている。
長い間、一緒に暮らしてきた母と息子の関係だ。
姑獲鳥にはすぐに我が子の考えが分かった。
銀色の体躯が空を舞い、3人の高校生に向かって飛んで行く。
3人とも背後からの攻撃に面食らったようだ。
鳴り響く銃声、飛び交う奇声罵声悲鳴、そして舞い散る銀の羽。
色白の少年がポケットからようやく隠されていた物を出した。
それは姑獲鳥の予想通りの物だった。
辺りに爆風と破片が飛び散った。
「・・・・・・翔良先輩、翔良先輩!!」
直哉の呼びかけで翔良はようやく我に帰った。
彼は良く赤いソファに座って良く考え事をする。
それ自体は普通の行為なのだが、彼のそれはひどく集中して行う為、辺りに注意が行き届かない事が多かった。
今回も知らず知らずの内に長時間追憶にふけっていた。
「悪い悪い。ちょっと昔の事を思い出しててな」
「へー、翔良君の昔の事って何ー?」
流華が陽気に尋ねる。
「別に大した話じゃないよ。
1年前、妖怪を1匹取り逃がした時の話だ」
「でも、翔良先輩は現場に出向く事は少ないんじゃ?」
「その時は新しく作った破片手榴弾の威力を試したくてね、龍樹と剛太先輩に着いて行ったんだよ。
結果は最高だった。5匹の穴倉に潜んでいた妖怪をぶっ殺したんだ」
「その妖怪って?」
「鳥の妖怪・・・・・・そう、姑獲鳥だよ。
まあ、肝心の母親は取り逃がしちゃったんだけどね」
そう言って、翔良は無理矢理笑みを浮かべた。
彼は昨日出会った少女を思い出すと同時に1年前の姑獲鳥事件を思い出していた。
そして、今同じような事がこの辺りで起こっている。
間違いなく彼女だろう。
翔良はそう思っていた。
この考えは既に剛太と龍樹にも伝えた。
しかし、どちらもまともに翔良の話など聞いてはいなかった。
「考えすぎだろ。姑獲鳥なんてそこら中にゴロゴロいる妖怪だろ?
偶然だ偶然」
龍樹はそう言っていた。
「それより翔良君、あたし達に武器売ってくれるんでしょ?
早くしてよ」
「おっと、そうだった」
翔良はすぐに2つの台車を運んできた。
その時には彼の顔は先程の無理矢理な笑みから自然な営業スマイルへと変貌していた。
2つの台車には流華と直哉にはぴったりだろうという考えを持って買ってきた銃が置かれていた。
「この大きいのが流華の、こっちの短機関銃が直哉君のだ」
翔良は2人に自分の銃を指し示した。
直哉はその銃をえらく気に入り、すぐに試し撃ちがしたいと言い始めたくらいだった。
翔良は直哉に奥に射撃場がある事を教えた。
直哉はすぐにそっちへ走って行った。
一方の流華はと言うと少し困惑していたようだった。
「どうしたんだ、それじゃ不服?」
「いや、不服では無いんだけどさ・・・・・・あたし一応女の子だよ?」
「それが?」
「だからこんな大きい銃普通女の子に持たせる!?」
「でも、流華は男か女とか以前に妖怪だろ?
君ならそれも使いこなせるよ」
流華はあまり納得してはいなかったようだが、渋々銃を買い取り、直哉と同じように射撃場に向かっていった。