姑獲鳥(2)~武器屋と少女~
ジュースが受け取り口に落ちる。
それを手に取り、プルタブを引っ張り、一気にジュースの半分を飲みきり、一息入れる。
今井翔良は辺りを見渡し、人知れずため息をついた。
走行距離はおよそ1.5km。
いつも地下帝国に閉じこもって過ごしている翔良にしては上出来である。
結局彼は剛太を捕まえるには至らなかった。
体が火照ってきたので剛太の追跡は諦めてジュースでも買おうかと考えていた矢先にこの自販機が目に入った。
翔良はジュースの残りも飲みきり、屑籠へと空き缶を捨てる。
小休止を取ってしまったのでどちらにせよもう剛太は今日中には捕まえられないだろう。
そもそも剛太がどっちに逃げて行ったか翔良にはもう知る由もなかった。
「商店街の辺りまでは豆粒程度だったけどまだ姿が見えてたんだけどな・・・・・・」
言い訳するかの如く翔良は呟いた。
だが、彼の隠れ家は決まっている。
明日にでも候補地を探しに行こう。
翔良はこのまま帰るのも癪だったので久しぶりの外の空気に触れてみる事にした。
幸いにもここからそう遠くないところに娯楽施設は勿論の事、反対方向に向かえばちょっとした散歩道もある。
翔良は散歩道の方を選んで歩き出した。
しかし、彼は歩き出してすぐに、公園の脇を横切る時に歩みを止めた。
現在の時刻はちょうど6時を回ったところ。
子供たちはとっくに遊ぶのを止めて、自宅へと帰っているはずの時刻である。
そんな時刻だと言うのに小学校低学年くらいの子供がたった一人でブランコに座っている。
漕いで遊んでいる訳でもなくただ座っているだけだ。
日が沈み、暗くなり始めた空とブランコに座る子供というミスマッチな組み合わせが翔良には不自然に感じられた。
翔良はさりげなく公園の敷地内に入り、子供の表情を確認した。
子供は少女であるという事が分かった。
翔良は顔つきでそう判断した。
後姿だけなら髪は短いとも長いとも言えず、服装は近隣の小学校の指定のジャージだったので男女の区別がつかなかった。
だが、顔を見れば性別など一目瞭然だった。
ぱっちりと開かれた目、長いまつ毛、ほんのりと朱に染まった頬。
他にも判断基準は沢山あった。
「ねえ、お兄さん」
翔良は慌てて少女から視線を逸らす。
下手をすれば警察を呼ばれかねない程じろじろと少女を観察していた。
急いで逃げようかと思ったところに少女から質問を続けられた。
「お兄さんは何してるの?」
少女は無表情のまま尋ねる。
「俺は・・・・・・その散歩に」
この年頃の子供と言うのは大人の想像を遥かに超えた鋭い勘を持っているものだ。
翔良の嘘など簡単に見破ってしまった。
「嘘。だってお兄さん散歩するはずならわざわざ遊具の方に来なくても良いじゃない」
「休憩だよ」
「そこの自販機の傍でさっきまでジュース飲んでベンチに座ってたのにまた休憩?」
「・・・・・・君みたいな小さい子がこんな時間までそとにいちゃいけないよ」
「へー、お説教する為に来たんだ」
翔良はバツが悪そうに苦笑する。
そして、そのまま彼女の隣のブランコに座る。
「お兄さんがもしかして子供を攫う不審者?」
翔良は最近この辺りで起きている連続誘拐事件を思い出した。
犠牲者はついに6人目になり、妖怪の仕業では無いかとまで言われている。
「いーや、違う」
「そっか。いっそのことあたしの事なんか攫ってくれれば良いのにな」
「どうして?君が攫われたら君のお父さんやお母さんが悲しむぞ?」
「お父さんもお母さんも死んじゃった」
翔良は目を丸くして驚いたのに対して、少女は両親が死んだという事実を話す時ですら口調も表情も崩さなかった。
少女はそのまま淡々と語りだした。
「お父さんは妖怪に殺されちゃって、お母さんは後を追って自殺。
それであたしは小学校で暮らすことになっちゃった」
「それってまさか」
「あたし達みたいな子供のことをNo Ⅴalueって呼ぶんだって」
翔良は体を大きく震わせた。
彼とて小学生にNⅤが居ないとは思っていなかったし、小学生NⅤの話は何度か聞いたことがあった。
しかし、実際に目にするのと話に聞くのとの衝撃は違った。
「お兄さんをからかおうって言うのかい?そんな都市伝説で」
「・・・・・・うん。
からかおうとしてごめんなさい」
翔良は驚きの他にもう一つ感じるものがあった。
それはこの少女には絶対に自分の正体を明かしてはいけないという緊迫感だった。
少女がもし自分の正体を知ったらどうするか?
きっと同じ境遇を生きる仲間と認識し、甘えてくるだろう。
それだけは避けなければならない。
少女の甘えによってもしかしたら自分も少女から影響を受け、依存し合う事になるかもしれない。
すると、仕事に支障を来すこともあり得なくはない。
翔良はつい口が滑ってしまうのでは無いかと不安になっていた。
「ねえ、お兄さん」
「今度は何だ?」
「さっきの続きだけどもし本当にNⅤみたいな人がお兄さんの目の前に現れたらどうする?」
「・・・・・・さあ。
その時になってみないと分からない」
翔良はブランコから勢いよく立ち上がった。
公園の時計で時刻を確認すると6時30分。
およそ30分も少女といた計算になる。
「お兄さん、明日もここに来る?」
少女は初めて感情を含めた声で尋ねた。
その感情はおそらく期待だろうと翔良は自分勝手な妄想をした。
「気が向いたら」
「あたし伊藤三月。3月って書いて三月。お父さんもお母さんも3月生まれだったからこんな名前なの。
あたしは11月生まれなのに」
「俺は今井翔良。明日も来れるとしたらこの位の時間に来てやるから今日はもう帰んな」
翔良はそう言い終えて後悔した。
自分でさっき口を滑らしてはいけないと決めていたのにその危険に何故わざわざ突っ込むような真似をしてしまったのだろう?
翔良はそう思いながら一番近い地下帝国の入り口へと向かった。
「帰る家なんて無いんだけどね」
三月は翔良の去り際、小さくそう呟いた。