姑獲鳥(1)~三島剛太~
「レディースアンドジェントルメーン、今日はこの今井翔良の地下帝国にお集まり頂きありがおとうございます!」
翔良はいつもの商売口調でそう言って頭を下げる。
これで彼の服装が黒のタキシードとまでなったらこの部屋は欧米の金持ちのパーティと見間違うほどであった。
いつもの乱雑に物が置いてあるだけの翔良の部屋は色とりどりのテープや万国旗、そして壁の至る所に掛けられている観賞用の銃などで非日常を演出している。
しかし、この部屋の主である翔良の格好は変わらない。
制服の上から自前のエプロンを着ている接客の際の格好である。
「では、これより私今井翔良の誕生日会を始めたいと思います!」
流華の大きな歓声だけが翔良の言葉に答えた。
他のメンバーは理由は違えど皆あまり今回の誕生日会に乗り気ではなかった。
誰が合図したわけでもなく翔良は隣の部屋とこの部屋を往復し、食事を運び始めた。
事前にこの誕生日会の参加者には割り箸とプラスチックの皿が配られており、バイキング形式で食事をしてもらおうというのが翔良の考えだった。
この誕生日会には現在入院中のいずみは当然参加していない。
そのことでひどく落胆しているのは零治である。
彼はパーティと聞いて上から下まで新しいものに買い替えたらしくズボンにもシャツにも皺ひとつない。
しかし、この服装を見てくれる人物がいないのでは意味が無かった。
「流華ちゃん」
「んー?どうしたの?」
零治の作った声に対する流華の反応は薄かった。
「悪いが僕は外で食べてくるよ」
「えー、折角良い物出てくるんだから食べてきなよ」
「いいさ。それに多分この企画の真相は翔良の誕生日会なんかじゃない」
流華が「え?」と聞き返した時には零治は既に彼女に背を向けていた。
実際、彼のカンは当たっていた。
だが、そんなことは裏・風紀委員の仕事の日がまだ浅い流華、直哉、耕治の3人には分かるはずもなかった。
その中の一人、直哉も零治と似たような理由で落胆していた。
その様子を見かねて龍樹は声をかける。
「大丈夫か?」
「何で・・・・・・何で佳奈先輩来ないんですか?」
消え入りそうな声で直哉はそう言う。
「確認くらいしとけよ。
大体、あいつは俺以外のNⅤ、特に翔良と委員長を目の敵にしてるんだからよ」
「え、俺その話知りませんよ」
龍樹は口を開きかけていた。
しかし、翔良から浴びせられる刺すような視線を感じ、閉口した。
それを見て翔良は安心しきった顔で微笑み、料理を口にした。
それから一同はしばらく食事と談笑を楽しんでいた。
突如、どこからともなく調子はずれの歌が聞こえてきた。
歌詞から察するにそれはどうやら音楽の分類上ハードロックにあたるものであることが分かった。
流華と直哉は謎の歌声がだんだんこちらに近づいてくるのに気づき、警戒を強めた。
それに対して龍樹や翔良は随分と無防備だった。
耕治は自分が銃の扱いに慣れていないことは分かっていたので後ろに下がった。
部屋の明かりに照らされてついに声の主は姿を現した。
直哉がまず最初にその声の主に感じた印象は大きいのは歌声だけではなかったということだった。
身長は優に180cmを超えており、肉付きの良い男だった。
もう秋がすぐそこまで来ているというのに上はランニングシャツ、下はジーパンといった出で立ちで、風邪を引かないのだろうか。
髪も髭も手入れがされておらず伸びきっており、右手に何か筒のような物を手にしている。
その筒から視線を筒を持つ右腕に移すと、そこに龍のタトゥーが彫られていることに気付く。
男はもうほとんど消えかけている煙草をジーパンのポケットにねじ込み、黄色い歯を見せて笑った。
男がヘビースモーカーだということは一目瞭然だった。
「龍樹先輩」
直哉は声を落として龍樹に話しかけた。
「どうした?」
と、龍樹は緊張感など微塵も感じさせないような口調で聞き返した。
「どうしたじゃないですよ、誰ですかあれ?
早く銃抜いた方が」
「その必要はねえよ、兄ちゃん」
ありもしない方向から聞こえた声に直哉は短く悲鳴を上げ、声のした方を振り返った。
男は足音一つ立てずに直哉のすぐ傍まで移動していた。
直哉は恐怖を感じ、龍樹の制服のズボンのポケットに入っていたグロック17を奪い取り、男に照準を合わせた。
「あ、あんたは誰だ?何しに来た?」
上ずった声で直哉は男に尋ねる。
男は答えた。
「俺か?
俺の名前は三島剛太。飯島高校の3年、NⅤだ」
「三島・・・・・・剛太?」
直哉はその名前に聞き覚えがあった。
必死に思考を巡らせ、それがいつだったかを思い出す。
あれは確かあいさつ回りの時だったという結論に直哉は辿り着いた。
「ってことは、あなたが最後の一人の・・・・・・」
「そういうことになるか」
言い終えると剛太は豪快に笑った。
ひとしきり笑い終えると、剛太はぐるりと辺りを見渡した。
一人一人の顔を確認しているようだった。
「さて・・・・・・知らない顔もいるが、皆いるな!
・・・・・・いや、佳奈と零治といずみの野郎がいねえか。
まあいい、久しぶりだな!俺が帰ってきたぜ!」
そこで一度言葉を切ると、剛太は翔良に目を向けた。
「そうそう。ここに来る前に一匹妖怪見つけたから殺しておいたぞ」
翔良は目を白黒させた。
「それってまさか大ムカデじゃないですか?」
「あ?知ってて放っておいたのか?趣味悪いなお前」
「あれはボディーガードとして置いておいたんですよ!
何勝手に殺しちゃってるんですか!」
「でも素手で殺せたぜ?あんな弱いの置いておいたって無駄だろ」
「先輩の素手と1個中隊は同義語じゃないですか!
弁償してくださいよ、高かったんですから」
「今、金無いんだよ。
北海道からここまで来るのに使っちまってさ・・・・・・」
と、弁明するも翔良は今にも飛び掛かってきそうな勢いである。
「なら仕方ないか」
剛太は何の前触れもなく大きく跳躍した。
天井に頭が当たる前に彼は腕を上に大きく突き出していた。
拳と天井がぶつかる。
すると天井は音を立てて崩れた。
崩れてきた瓦礫でテーブルの上の料理はぐちゃぐちゃになり、壁の銃や万国旗も地面に落ちた。
「じゃあな!!」
剛太はそう言って上の階(学校の床)に飛び降りるとどこかに走り去っていった。
「逃がすか!!」
翔良も梯子を上って剛太を追いかけようとする。
しかし、耕治が待ったをかける。
「ちょっと待てよ、今井!
あの化け物よりお前は早く走れるのか?」
翔良は鬱陶しそうに耕治を見やり答える。
「大丈夫だよ。あの人、力はあるけど馬鹿だから。
隠れる場所は大抵決まってる!」
それから翔良は梯子を上り始めたが、ふとこちらを振り返った。
「あ、忘れてたけど直哉くんと流華には新しい武器売ってあげるから暇なら学校に残ってて。
1時間以内には戻るから」
それだけ言うと翔良も梯子を上り終え、走り去っていった。