吸血鬼(11)~帰還~
いずみはベッドの上でゆっくりとその目を開いた。
まず左腕に違和感を覚えた。
これは点滴が刺されているからだろう。
そして、天井を見つめる。
いずみはここは翔良の地下帝国だと思っていた。
しかし、あそこの天井の色は茶色なのに対してここは白色だ。
「ここは?」
「飯島病院です」
意識せず口に出した疑問は若い女性の看護師が答えてくれた。
看護師は余程退屈だったのかいずみが起きたと知るや否や饒舌になった。
「どうも、私は看護師の上田です。
危なかったんですよ?この4日間。
血が足りなくて生死の境をずっと彷徨ってたんですよ。
まあ、それもあの吸血鬼の女の子のお陰ですね。彼女がすぐにここまで運んでくれたから貴方は一命を取り留めたんですからお礼言っておいた方が良いですよ」
「はあ、そうですか」
「でも、皮肉な物ですよね。妖怪が貴方達を助けるなんて」
「まあ・・・・・・」
「それにしても吸血鬼って案外普通な感じなんですね。
もっとドラキュラみたいな感じのマントでもしてるのかと思いましたけど」
尚も止みそうにない上田の話をいずみは苦笑しながら聞いていた。
「と、言う訳で今日から補充要員として皆の仲間になる鬼頭流華でーす!!」
「ああ、うん」
流華の元気な自己紹介にも耕治は興味を示さない。
ここは補充要員専用の部屋である第一会議室。
流華は龍樹の懇願もあり、射殺は免れたが、NⅤの監視下に置くためにほぼ強引に補充要員をすることになったのだ。
「ちょっと耕治くん、もっとテンション上げてこーよ」
そう言って、流華は机を力強く叩いた。
と、同時に机は音を立てて壊れた。
まるでハンマーか何かで叩き割れたかのような砕け方だった。
「おい・・・・・・弁償しろよ」
ぶっきら棒に耕治はそれだけ言った。
それに対して流華は壊れた机を見てため息をついた。
「全く、何でこうなるのかな・・・・・・」
「力入れ過ぎただけだろ」
耕治の冷たい態度に流華は沸々と怒りが湧いてきた。
「そういえば、他のメンバーは?」
「お前と俺で全部」
「これだけ?」
「それが?」
ついに腹を立てた流華は傍にあったペンケースを投げつけた。
ペンケースは恐ろしいスピードで耕治の背後の壁に叩きつけられた。
耕治が絶叫する。
「殺す気か!?」
「確かにちょっと殺意湧いてたかも」
流華は平然と言ってのけ、耕治に質問する。
「てか、何でそんなに冷たいの?」
「誰が妖怪と好き好んで仕事なんかしたがるんだ?」
今度は鋏が飛んだ。
鋏は壁に突き刺さった。
その日以降、流華と耕治は一緒の部屋に集まらせてはいけないという決まりが出来た。
龍樹は翔良の地下帝国にいた。
「で、用件は?」
龍樹は台所でココアを作っている翔良の背中に問う。
「その1、Fake sixとザミエルが完成した」
「お、サンキュー。どこにある?」
「俺の机。
あ、ついでにそこに集金袋あるからそこに金入れておいて」
龍樹は翔良の机の一番上の引き出しを躊躇いなく開ける。
そこにあったのは銃弾ではなく、恐らく違法であろうポルノ雑誌だった。
「翔良・・・・・・お前、そんな趣味があったのか」
「何の話でしょうか、お客様」
「雑誌だよ、雑誌」
「ああ・・・・・・一時的にね、預かってるんだよ。
やっぱ銃売るだけじゃ食ってけないからね。
副業みたいな物」
「じゃあ、この葉っぱもか?」
龍樹は何故か花瓶に活けてある見た事もない植物を手に取る。
「当たりー。結構、儲かるんだよ。
色々預かったり育てたりするだけで、そこそこ。
それと弾は上から3番目」
龍樹は本来の目的を忘れるところだった。
上から3番目の引き出しには確かに7つの弾丸が入っていた。
内6つの弾頭はクリーム色だが、1つだけ赤い弾頭が混じっている。
龍樹は集金袋に金を入れると、7つの弾丸をしばらく愛おしそうに見つめ、ポケットにしまった。
そして、耕治は続ける。
「その2、現在の状況をどう思う?」
「どうって言われてもな・・・・・・お、悪い」
耕治は龍樹の傍にココアの入ったカップを置く。
そして、龍樹の向かいに座る。
「だってよ、ゴブリンに七人ミサキにかまいたちにおとろし、おまけに吸血鬼ときたらどう考えてもおかしいだろ。
それが同じ地域に立て続けに」
「まあな。でも、原因は?」
「それが分かれば苦労しないよ」
龍樹はココアにそっと口を付ける。
まだ熱かったので少しだけ口に含み、カップを置く。
「このココア売れば儲かるんじゃないのか?」
龍樹はふとそんな疑問を口にした。
実際、翔良の作るココアは絶品であるとNⅤの間では言われている。
「それは考えた事なかったな。・・・・・・検討してみよう」
翔良はその案をすぐにノートに書き留めた。
書き終えると、翔良は三度口を開いた。
「その3、剛太先輩が帰ってくる」
「剛太先輩が?」
龍樹は思わず立ち上がってしまった。
それだけ驚くべきことだったからである。
飯島高校NⅤ最後の1人三島剛太という男は風来坊のように日本各地を転々としている。
しかも彼はひどく面倒臭がり屋で便りは少ない。
その為、彼からの連絡は希少価値が高い。
「ああ、これは確実だ。
向こうからの約2カ月振りのメールだ」
龍樹は耕治の携帯の液晶を後ろから覗き込んだ。
そして、目を見張った。