吸血鬼(9)~戦況をひっくり返す核弾頭~
4.73mm×33ケースレス弾が妖怪の皮膚に食い込む。
だが、決定的なダメージは与えられていない。
「硬い。装甲車並みか?あるいはそれ以上?」
零治は空弾倉を捨てて、次の弾倉を装填し、またケースレス弾を撃ち続ける。
妖怪は大きな赤い目をギロリと零治の方に向ける。
妖怪の身体は大きな首のみであり、長い無数の髪の毛の合間から大きな目と口が覗いている。
そして、その大きな口に見合うほどの大きな牙。
「おどろおどろだね」
「佳奈、それ以上言うな。信じたくない」
零治はいつも通り女性には微笑みを見せる。
だが、見せつつも佳奈に対して否定的な発言をする。
おどろおどろは髪を鞭のように撓らせ、零治に向かって突く。
零治は寸でのところでそれをかわす。
先程まで零治が居た場所には針金のような鋭さを持ったおどろおどろの髪が突き刺さっている。
髪を抜こうともがいているおどろおどろにいずみは接近し、頭頂部を狙って切落を行う。
残念ながら一刀両断とはならずに、15cm程刀がいったところでいずみは刀を引き抜き、距離を取る。
折角付けた切り傷も妖怪の再生能力ですぐに回復してしまったが、いずみはおどろおどろの牙が自分に向かってくるのを見越しての行動であった。
「厄介ね」
「いずみさん、奴は硬い。しかし、言うほど早くもない。
実際、いずみさんがほぼゼロ距離の位置から攻撃しても中々反撃してきませんでした。
佳奈の火炎放射で仕留めるのが得策かと」
こんな時でも零治は声色を変える。
いずみはその声色が気にくわなかったが、実際に彼の言うとおりである。
しかし、佳奈が慌てて宣言する。
「でも、もうガソリンが切れそう!」
「あと何回分かしら~?」
「1回撃てれば良い方!」
「ケント君との戦闘で使い過ぎたわね~」
「外した時は考えたくもないですね」
そう言いつつも零治からは焦った様子は見られない。
それだけ佳奈の腕を信用しているのだろう。
零治は話している間もずっと弾幕を張っていたが、やはり効き目は薄い。
おどろおどろが再びこちらに髪を伸ばしてこようとした瞬間、おどろおどろの背後から銃声が聞こえた。
小銃や機関銃のように連続した発砲音ではなく、1回1回途切れている拳銃による発砲音だった。
佳奈はすぐにその銃声の正体に気付き、音の方へと走り出した。
そこにはグロック17を持つ佳奈の予想通りの人物がいた。
「龍樹!!」
「おお、佳奈。何だよこいつ、硬す」
龍樹は言葉を途中で切り、上を向いた。
ちなみに正面にいたおどろおどろは消えていた。
おどろおどろが自分のいる方へと跳んできたからである。
踏みつぶそうという魂胆なのだろう。
「うおっと!」
龍樹は後ろに転がって上手くおどろおどろの落下地点から逃げた。
龍樹のすぐ目の前にはおどろおどろの姿が。
すぐに龍樹も態勢を立て直し、グロックを一度しまってM870に持ち替える。
片手撃ちで1発。
だが、おどろおどろは衝撃に耐え、龍樹に向かって髪を伸ばしてきた。
相手との距離を考えて龍樹が髪を避けるのは困難だった。
「まずっ!!」
龍樹は本能的に体を両腕で庇った。
両腕に鋭い痛みが走る。
何本もの髪が龍樹の腕に突き刺さっている。
しかし、それだけではなかった。
髪はうねうねと生物のように脈打っている。
龍樹は自分の腕から血が出てないことに気付いた。
龍樹はおどろおどろの髪に吸血されているのである。
それに気付いた瞬間、龍樹の目の前を炎の列車が通った。
左にはこちらに右腕を向けている佳奈の姿があった。
「佳奈!!」
龍樹は佳奈に叱声を浴びせた。
当の佳奈は涙目になって龍樹の方を見ている。
「だって、龍樹が、龍樹が」
「これで完全に勝ちはなくなっちゃったわね」
いずみが刀を鞘に戻し、逃げの姿勢を示す。
切り札のはずの佳奈の火炎放射が使えないなら勝つのは無理だろうと思い、零治も銃撃をやめた。
もはやこうなってしまうと向こうを殺すよりもこっちが逃げることを優先するべきだろう。
ここにいる誰もがそう思った。
しかし、龍樹とさっきから戦闘を黙って見ていた流華は違った。
「早くー。こっち来てー!!」
流華は大声で佳奈たちを呼ぶ。
3人はおどろおどろの攻撃をかわしながら龍樹の元へと走る。
3人が龍樹と流華の元へ来ると、零治が文句を言った。
「何だ。とっと逃げないと大変な目に遭うじゃないか」
「そうだな。
とりあえず、大変な目に遭わないようにまずは移動しようか」
龍樹はそう言うとおどろおどろの方に向かって閃光手榴弾を投げた。
突然のことだったが、佳奈たちはすぐに口を開け、おどろおどろの方に背を向け、耳を塞いだ。
そして、閃光と爆音に辺りが包まれる。
「で、一体どうするつもりなの~?龍樹くん」
いずみがいつもの調子で龍樹に尋ねる。
だが、心なしか言葉に怒気が含まれているかのようにも感じられる。
閃光と爆音に包まれた場所から少し離れた位置に龍樹たちはいた。
爆発したらすぐに彼らは走り出し、上手く逃げ出してきたのである。
後ろを見ずに走ってきたのでおどろおどろに効いたかどうかは分からないが、爆音を超える大きな悲鳴のような声が聞こえたので多分しばらくは足止め出来るだろう。
「まあ、まずは作戦を聞いてください」
「作戦って、龍樹はまだ勝つつもりなの?」
「ああ。もしかしたら1人くらい死人が出るかもしれないような危険な作戦だけどな」
「そんな危険なことを僕らにさせようと言うのか?君は馬鹿か?
大体、その作戦はリスクを除いて考えても確実なのか?」
「一気に質問するな零治。あいつさえ協力してくれれば確実だ」
龍樹の指差す先にはあまつさえ戦闘にも参加せず、龍樹の後ろを着いてきただけの吸血鬼の姿があった。
一同が視線を彼女に向ける。
「さあさあ、この戦況をひっくり返す核弾頭こと鬼頭流華に何を期待するつもり!?」
「ああ、皆信じられないだろうけど本当にこいつが戦況をひっくり返す核弾頭だ」