吸血鬼(8)~飯島北高校戦線離脱~
物には何故か2つの名前があったりする。
ほとんど変わらないはずなのに地方によってその呼び方は様々である。
身近なところで言えば方言がそれにあたるだろうか。
その定義は妖怪にも当てはまる。
「始まったみたいですネ」
白人の少女が井森の傷に応急処置を施しながら呟いた。
彼女はこんな時でもハンバーガーだけは手放さず、時折それに齧り付きながら応急処置を続ける。
「今回は俺たちの負けか・・・・・・。
そういやよ、バレンシャ」
白人の少女、バレンシャは無言で手当てを続ける。
応答は返って来そうにないので井森は勝手に言葉を続けた。
「今更なんだが、妨害電波の電源切って良かったのか?」
「飯島高校の味方をするつもりはナイですけど、もし妖怪と飯島高校のメンツが遭遇したらワタシたちは安全にここを脱出できるじゃないですか。まあ、遭遇するとカクテイしたわけじゃないですけど。
それにあの妨害装置をここに置きっ放しってのもモッタイナイですし」
「そういえば、本部の連城ちゃんに連絡忘れてたな。
ついでにその妨害装置の回収も頼んでおくか」
「お願いします」
寝転がったままで井森は連城に電話を掛ける。
数回のコールの後、連城は電話に出た。
「・・・・・・どうだった?」
「敗走敗走。ケントが死んだ」
「・・・・・・了解。
残念だ。迎えに行った方が良いか?」
「大きめのトラックか何かと力強い奴何人か連れてきてくれ。
妨害装置の回収しなきゃいけねえからな」
「分かった。
一応、警戒だけは怠るなよ」
「安心しろ。入口のすぐそこに居るからいざとなったら近隣住民にでも匿ってもらうさ。
じゃあ」
井森は電話を切り、再び自分の傷口に目を向ける。
バレンシャは傷口に包帯を巻き始めているのでもうすぐ終わるだろう。
「妖怪の正体・・・・・・知りたいデスカ?」
必要なこと以外をほとんど喋らないバレンシャにしては珍しいことだった。
井森は少し驚いたが、黙って頷いた。
「今回の件の犯人はヴァンパイアじゃないですよ」
「・・・・・・何でそんな事黙ってたんだよ」
「黙ってたのは悪かったとハンセイしてます」
そう言いつつもバレンシャの表情からは反省の色は見受けられなかった。
井森は憤慨して掴みかかろうとしたが、傷が疼き一言唸ってもう一度横たわった。
バレンシャは少し顔をしかめて井森に注意した。
「傷口は浅くはありません。動かないでクダサイ」
「お前、何考えてやがんだ?」
「だからハンセイしてるって言ってるじゃないですか。
ついつい言うタイミングを逃してしまっただけですよ」
「ほう。うちの高校にはお前とケントを抜きにしても11人NⅤが居るんだが?
しかも時間ならたっぷりあっただろう?」
追い詰めるような口調で井森はそこまでまくし立ててから彼は気付いた。
彼女は表情一つ変えずに先程から自分の手当てをしている。
もし彼女に置いてかれたりしたら?
傷で動けない状態で妖怪に遭遇したら?
仮に妖怪に遭遇しなくても飯島高校のNⅤに見つかったら?
恐怖で井森は震えだした。
その様子を察知したのかバレンシャは比較的優しい口調で井森に声をかける。
「大丈夫です。
怒られたハライセにここに置いていくだなんてコドモっぽいことはしませんよ。
それにワタシの計画にアナタは必須だとワタシは思っています」
「け・・・・・・計画?」
「ええ。今は話せませんがタノシミにしててください」
この瞬間、バレンシャは初めて少し笑った。
その笑みはまるで感情が読み取れない不思議な笑みだった。
「お前は・・・・・・何なんだ?」
「さあ?
・・・・・・あ、手当て終わりましタ」
バレンシャは立ち上がり、先に出口へと向かって歩き出した。
井森はゆっくりと立ち上がる。
ほとんど痛みが無い。
痛み止めが効いていると言えば確かにそうなのだが、それにしても違和感がない。
応急処置どころか完治させてしまったのではと錯覚するほどだった。
「そうそう。
サッキ言いそびれたけど今回の件の犯人はおどろおどろ又はおとろしと呼ばれるものです」
そこで一度言葉を切り、バレンシャはふと気づいたかのように続けた。
「今度はワスレズに言えました」