吸血鬼(4)~確立する疑念~
「で、結局犯人は見つからなかったのね」
いずみがやはりいつもと同じ口調で確かめるように尋ねた。
しかし、怒ってはいないようだ。
龍樹はそれが分かっていてもやはり申し訳ない気分になった。
「まあ、そうなりますね。3日も探したってのにすいません」
校内での騒動が起きてから3日間、裏・風紀委員は血眼になって犯人の行方を追ったが依然その足取りは掴めていない。
4日目の今日も捜索は難航するだろう。
沈黙を打ち破ったのは耕治だった。
第三会議室の扉を乱暴に開けて、座る前から興奮した様子で話し始める。
「やべーよ、リューちゃん。ビッグニュースだ!」
「まずは委員長に挨拶しろよ」
龍樹の注意を素直に承諾した耕治はいずみに軽く会釈して続ける。
「犯人が分かっちまった」
龍樹といずみは思わず身を乗り出した。
椅子が倒れたが、2人とも気にも留めない。
いずみが耕治に尋ねる。
「耕治くん。それは、誰なの?」
「俺の同じクラスの鬼頭流華ですよ」
龍樹は驚きから目を見開き、耕治を見つめた。
耕治は辛そうに龍樹から目を背け、カバンから何枚かの紙を取り出した。
紙はどこのサイトからコピーしたのか、何と警察の資料だった。
龍樹もいずみもそんなことは慣れっこだったので、黙って資料に目を通す。
「まず、奴の家族構成。2031年に実在した吸血鬼、鬼頭昭一がご先祖様です。奴はD町28人殺しの犯人です。警察は鬼頭昭一本人とその妻、そして娘2人は仕留めましたが、当時2歳だった孫だけは行方不明です」
そこで龍樹が怒気をはらんだ口調で異議を申し立てた。
「待てよ、それで今17歳の学生ってありえねえだろ」
「リューちゃん。相手は吸血鬼と人間のハイブリッドだぜ?1歳にも満たない赤子から死にかけの老人まで姿は変幻自在だ」
「顔が割れてるなら話が早いわ。一気に」
いずみの続く言葉は龍樹がテーブルを殴った音でかき消された。
「あいつが・・・・・・そんな」
龍樹は彼女に特別な感情さえ抱かなかったが、普通の友人としてはこの短期間でかけがえのないものとなっていた。
いつものように字を教え、いつものように昼食を一緒に食べ、いつものように別れの挨拶をする。
そんなありふれた友人だったが、彼にとってただでさえ少ない友人を手にかけなければならないというのは少々重荷だった。
「リューちゃん。俺だってあいつを嫌いだけど流石にあいつを殺したいとは思わない。でも、これが現実なんだよ」
耕治が冷たくそう言い放った。
龍樹はいずみと耕治の制止も振り切り、1人走り出した。
向かう先は流華の待つ2-Cだ。
「あー、鎌田くん。どうしたの?そんなに息上げて?」
いつものように放課後残って字の練習をしていた流華は龍樹に屈託のない笑顔を見せた。
龍樹は深呼吸をして心を落ち着かせてから、ゆっくりと聖書の序文を読み上げ始めた。
彼は聖書の内容をほとんど全て暗記している。
流華はそれを聞き、狂ったようにのた打ち回り始めた。
悲鳴まで上げている。
龍樹が聖書の朗詠をやめると同時に流華もピタリと動きを止めた。
「か、鎌田くん・・・・・・」
「鬼頭・・・・・・お前」
流華は何の前触れもなく、龍樹に掴みかかってきた。
力が尋常じゃないほど強い。
龍樹は床に押し倒され、首を絞められた。
この細い体にどこにそんな力があるのだろうか?
まるで万力で挟まれているかのように龍樹は感じられた。
「き・・・・・・鬼頭・・・・・・う・・・・・・そ・・・・・・だろ?」
龍樹の問いには答えず、流華は首から両手を放そうとしない。
それが答えでもあるのだろう。
だが、流華はまるで自分でもこんなことしたくないといった悲しそうな顔をしている。
これすらも計算ずくなのか?
龍樹にはそうは思えなかった。
龍樹の意識がまどろみかけたその時、流華の頭を何かが通過していった。
流華は囁くような感情的な声を上げた。
と、同時に流華の両手から龍樹はようやく解放された。
龍樹はすぐに事態を察し、振り返った。
向かいの校舎の開いた窓からモーゼルKar98kの銃身が覗いていた。
すぐに2発目の8ミリ・モーゼル弾が流華の右胸に着弾した。
流華は鮮血を上げながら床に倒れる。
だが、倒れていた時間はほんの一瞬。
流華はすぐに起き上がり、次弾に備えたがその行動はどうやら無駄だったようだ。
龍樹が自分の目の前で手を広げて立っている。
そう。まるで自分を守る盾のように。
流華は小さく舌打ちをすると、教室の窓ガラスを割り、飛び降りた。
龍樹は流華を追ってすぐに下を見下ろしたが、既に流華の姿は無かった。
呆然としている龍樹に直哉は声をかけるか迷った。
だが、その役は翔良が買って出てくれた。
「明日の朝早くに鬼頭・・・・・・いや、吸血鬼を仕留めることになった。相手が相手だけに全員出動らしい」
しばしの沈黙の後、翔良は
「勿論俺と剛太先輩は例外だがな」
と、付け加えた。
龍樹は曖昧に頷いただけだったが、その眼には確かな決意が宿っていた。