吸血鬼(2)~生じる疑念~
放課後、飯島高校の生徒の大半が退室する中、龍樹は1人で机に向かって一心不乱にノートを写していた。
今日の授業はほとんど夢の中で受けていたので、耕治から借りた全5教科のノート写しはかなりの重労働である。
「ふふふ、鎌田くんたいへんそうだね。手伝おっか?」
声の主は本日のMVPこと鬼頭流華であった。
が、龍樹にはわざわざ流華の顔を確認する暇すら無い。
「いや、自分でやるさ」
「釣れないなー。こんな可愛い娘が手伝ってあげようって言ってるのに」
「自分でそれを言うか」
流華は龍樹のノートを覗き込み、感嘆の声を上げた。
「すごっ、こんな綺麗に字って書けるの?」
「ありがとよ。だけど、そんな褒める程の出来栄えでもないだろ?」
「私と比べたら十分上手いって」
流華はどこから取り出したのか自分のノートを開いた状態で見せる。
これには龍樹も苦笑した。
中学生でももう少し上手く書けるだろう。
「ねえ、字教えてよ。字」
「・・・・・・は?」
「いや、そのままの意味」
「何で俺なんだよ」
「何だっていいじゃん。教えてよ」
龍樹はそんな面倒なことをしてる暇は無いと断るつもりだった。
だが、一つの考えが浮かび、その言葉を飲み込んだ。
龍樹の目が鼠を見つけた猫のように輝いた。
龍樹は机に置いてあるノート4冊の山を軽く叩く。
「これ全部写せ」
「ええっ!?」
「字がうまく書けるようになるにはとにかく字を書く。これ以上とない理に敵ったやり方だろ?」
「そんなー!もっと修行みたいな感じのやつにしてよ!」
「お前にはまだ早い!!」
「うう・・・・・・鎌田くんの意地悪」
と、泣き言を漏らしつつも流華はノートの山に手を伸ばした。
が、龍樹の脳内に流華の字が上手くなってほしいという願いなどこれっぽちもない。
流華の手伝いもあり、ノート写しがもう少しで終わりそうな雰囲気を醸し出してきた時であった。
突如、絹を裂くような悲鳴が校内に響いた。
「何だ!?」
龍樹は反射的に立ち上がる。
流華も驚愕の表情を浮かべている。
そして、流華は何の前触れもなく龍樹に一気にまくし立てた。
「鎌田くん、すぐ救急車呼んで!急がないと間に合わないから!!」
言い終えると、流華は疾風のごとく走り去っていった。
龍樹もすぐに後を追って廊下に出たが、流華の姿は無かった。
龍樹は舌打ちをして、119番をしようと携帯を出したが、先ほどの流華の言葉の不自然さに気付いた。
1つは何故救急車を呼ばなければならないと彼女は思ったのか。
もう1つは急がないと間に合わないとはどういうことなのか。
「おい、龍樹!!」
翔良の呼びかけで龍樹は我に返った。
「どうした、翔良」
「妖怪が校内にまで出やがった。下で体中に穴開けて血流してる女子が倒れてる。まだ犯人は近くにいるはずだ。探すぞ!!」
「ああ。その前に119番は?」
「もうした。行くぞ」
翔良の後に続いて龍樹は走り始めた。
同時刻、飯島北高校会議室にて2人の男子生徒の会議が行われていた。
片方は喧嘩っ早そうな雰囲気を放ち、口調も荒々しい髪を金に染めた少年。
もう片方は金髪の少年とは対称的に冷静な態度で切れ長の目つきを光らせる黒髪の少年。
「つまり今回の敵は吸血鬼ってことだろ?連城ちゃんよ!」
「そのちゃん(・・・)は止めろ井森。と、言ってもまだ調査段階だが十中八九当たりだ」
「しかしよ、こんな俺らと同じくらいの年齢に見えるガキが妖怪だとはな、恐ろしい世の中だ」
「容姿が端麗すぎるのはむしろ妖怪だろう。その写真通りだ」
「人間だったら是非とも俺のものにしたかったんだがな」
「下手な情はかけるな」
「そんなことする訳無いだろ、この俺が!」
「分かったなら良い」
「で、いつ動くんだよ」
「そうだな・・・・・・5日後くらいには存分に暴れてもらおうか」
「5日か・・・・・・まあいいさ。今日の俺はハイだからよ!!」
下卑た笑い声を発しながら井森はアサルトライフル、H&KG36を乱射し始めた。
発砲音と共に壁に留められていた鬼頭流華の写真はあっという間に蜂の巣から紙屑へと変貌を遂げた。