かまいたち(4)~ザ・シューター~
江本直哉の動体視力ははっきり言って異常だった。
彼は物心ついた頃には父のクレー射撃を見ていた。
いや、魅せられていた。
彼の父は息子を射撃のオリンピック選手に育てあげたかったらしい。
直哉はこうやって成長していき小学校に入学する頃には1日8回は競技用のショットガン、M37を握っていた。
そして、中学校に入り当然彼はクレー射撃部に入部した。
そこで彼の驚異的な動体視力が目覚めた。
クレーの飛ぶ速度が異常に遅く見える。
それどころか他の物体の動きも。
普段はどうってことないのだが集中時には30分の1倍速で世界が廻っているように見えた。
しかし、直哉のクレー射撃の腕前は悪くは無かったが探せばもっと凄い記録の持ち主はいるだろうというくらいのスコアだった。
その理由として挙げられるのが精神力。
1秒が30秒。10秒が300秒。60秒が1800秒。
その時間の流れの遅さを嫌って直哉は出来る限り集中せずに競技に臨んだ。
やがてクレー射撃も高校では二度としないと誓っていた。
直哉は少しずつ不安になってきた。
スピードの違いで佳奈が少しずつ押され始めているからである。
事実、かまいたちはまだ火傷1つ負っていないのに対して佳奈の制服は所々破れ、そこから血が流れている。
「くっ、龍樹はまだ?」
佳奈は1人自問してかまいたちに向かって火炎放射を行う。
だが、やはりヒラリと身をかわされてしまう。
そして、かまいたちの体当たり。
その応酬は何度続いただろうか。
少なくとももう直哉は20回は見た。
そして、また佳奈の右腕から火炎放射・・・・・・
が、どれだけ待っても佳奈の右腕から炎は出なかった。
その隙を逃さずかまいたちは佳奈の右腕を狙って前足を振り下ろしにかかる。
「佳奈先輩!!」
その時の直哉はかまいたちのみに集中していた。
愛する人と自らの精神。
全ての人がそう答えるかは分からないが少なくとも直哉は後者を犠牲にした。
直哉は足下のモーゼルを手に取り、高倍率スコープを覗き込んだ。
目標までの距離は50mも無い。
本来なら高倍率スコープを覗かずとも当てられる。
かまいたちの振り下ろしはひどくゆっくりしたものに見えた。
だが、佳奈の右腕はもう間に合わないだろう。
独特の発砲音と夜の森を照らす程のマズルフラッシュ。
そして、かまいたちの悲痛な金切り声。
苦しむかまいたちの傍に佳奈の右腕が落ちているのを見て直哉は自責の念に駆られた。
モーゼルのボルトを引き、空薬莢を排出する。
腹に穴のあいたかまいたちに続けて今度は頭に風穴を開ける。
が、声を上げて苦しんではいるものの、死んではいない。
今度こそ殺してやる。
そう思い、またボルトを引こうとした時だった。
「佳奈、逃げろ!!」
龍樹の声が森中に響いた。
佳奈は切断された右腕をそのままにして急いでその場から距離を取った。
龍樹は翔良手製の手榴弾をかまいたちに向かって投げた。
途端にかまいたちの周囲は爆音に包まれた。
燃えながら光と炎を放ち続ける森をバックに3人は帰路についた。
「一体、何だったんですか?」
直哉は龍樹に訳が分からないといった風に尋ねた。
「何の事だ?」
「佳奈先輩の右腕ですよ。出血すらない」
「ああ・・・・・・」
だが、龍樹の口から答えは出なかった。
龍樹の言うべきか言わざるべきか悩んでいる顔を見ると直哉は追求できなかった。
「にしても良く寝てますね」
直哉は佳奈を背負い直し、呟いた。
あの爆発の後、佳奈は気絶したのかぐっすりと眠っていた。
爆発から身は守れたらしく火傷の跡が無かったのが幸いだった。
ちなみにかまいたちの方は文字通り跡形も無く消えていた。
直哉は佳奈の無い右腕の切断面をまじまじと見つめる。
そこからは一滴の血も噴き出していない。実に不思議な光景だった。
「寝込みを狙ってるのか?最低だな、後輩」
「いや、ちょっ、違いますよ!」
そう弁解した直哉だったがその気持ちが無かったと言えば嘘になる。