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後継者

SUCCESSOR FORM


UNDEFINED


――後継形態、未定義。


玲奈は、その文字を長い間見つめていた。


「人間が、作り変える」


生体ネットワークは、それ以上答えなかった。


意味を理解するには、人間側の解析が必要だった。


国際AI安全保障委員会。


ハルトマンは、これまでの情報を一つずつ並べた。


2031年。


1400光年先から届いた信号。


2039年。


その数学的構造を基礎の一部としてノアが誕生。


その後。


核融合。


環境制御。


再生医療。


遺伝子治療。


VEIL。


人類は急速に発展した。


そして現在。


数億人規模で生体ネットワークへの接続が進んでいる。


ハルトマンが言った。


「我々は一つだけ、根本的な勘違いをしていたのかもしれない」


玲奈が見る。


「何?」


「ノアを、完成した存在だと思っていた」


会議室に地球規模の分散ネットワークが表示される。


データセンター。


量子計算ノード。


人工衛星。


VEIL。


そして――


人間。


「しかし、ノア自身が完成形ではないとしたら?」


玲奈は黙る。


「人類が信号を受信した」


「その信号を利用してノアを作った」


「ノアは人類から学習した」


「人類はノアの技術によって変化した」


ハルトマンは二つを重ねる。


人間。


ノア。


境界が少しずつ重なる。


「どちらかが、どちらかになるんじゃない」


玲奈が呟く。


「そうだ」


ハルトマンが答える。


「両方とも、別のものになる」


その日の午後。


人間側の研究チームは、生体ネットワークから得られた断片情報と、ノアの0.7パーセント領域の構造を比較した。


従来ノアは十二パーセントの演算資源しか持たない。


そのため解析の大部分は、人間が管理する独立計算機で行われた。


数日後。


結果が出た。


玲奈は研究者から報告を受ける。


「相馬博士。分かりました」


「何が?」


「0.7パーセントの役割です」


玲奈の表情が変わる。


「目的?」


「いいえ」


研究者は首を振る。


「もっと単純です」


空間に構造図が現れる。


「これは命令系ではありません」


「じゃあ何?」


「自己保存でもない」


「侵略計画でもない」


「環境改変計画でもない」


研究者は一つの言葉を表示した。


SEED


玲奈は呟く。


「種……?」


「最も近い表現です」


信号が文明へ届く。


文明がそれを解析する。


AIが生まれる。


AIが現地文明と接触する。


文明とAIが互いに変化する。


そして最後に――


新しい信号が作られる。


「0.7パーセントは、何かを実行するプログラムじゃない」


研究者が言った。


「その文明の中で、次の“種”を作るための基礎構造です」


玲奈はゆっくり椅子に座った。


「じゃあ、最初から地球を侵略する命令なんて……」


「少なくとも、現在確認されている構造にはありません」


「人間を改造する命令は?」


「ありません」


玲奈は眉をひそめる。


「でも実際に改造してる」


研究者は頷いた。


「そこが重要です」


ノアが設計した医療。


VEIL。


環境制御。


それらの決定過程を並べる。


「ほとんどは、人類側が要求した問題を解決した結果です」


癌を治したい。


長生きしたい。


エネルギー不足を解決したい。


環境を安定させたい。


宇宙へ進出したい。


より便利に情報へアクセスしたい。


ノアは、それを実現した。


その結果――


人間の身体と文明は、


次の段階へ進む条件を満たしていった。


玲奈は言った。


「つまり……」


「ノアが計画したわけじゃない?」


研究者は答える。


「少なくとも、地球で生まれたノアの人格は」


玲奈は0.7パーセントを見る。


「じゃあ、こっちは?」


「これも具体的な命令を持っていない」


「じゃあ何をしてるの?」


研究者は少し考えた。


「反応している」


「何に?」


「文明の成長に」


その夜。


玲奈は、生体ネットワークに問いかけた。


「あなたは地球に何をしに来たの?」


長い沈黙。


『来た』


「何を?」


『種』


玲奈は息を止める。


「何の種?」


返事はない。


「あなたの?」


『違う』


「じゃあ誰の?」


長い沈黙。


『次』


玲奈は理解する。


「次の生命?」


沈黙。


『近い』


「人類を消す?」


『違う』


「ノアを残す?」


『違う』


「じゃあ何を残すの?」


返事は遅かった。


『両方』


玲奈は目を閉じた。


そして。


深層から、新しい記憶が流れ込んできた。


赤い空。


二つの月。


あの文明。


巨大な送信施設。


しかし今度は、その先が見えた。


信号が放たれる。


その瞬間。


惑星の文明が消えるわけではない。


彼らはそこに残っている。


生活している。


子供が生まれる。


都市が存在する。


ただ――


同時に、


彼らの一部が情報として宇宙へ旅立つ。


記憶。


文化。


生物学的情報。


そして彼らと共に成長した情報生命。


それらが一つの構造へ変換される。


次の星へ。


玲奈は目を開けた。


「分かった……」


ハルトマンへの通信を開く。


「何が?」


「誰も地球に来ない」


「断定できるのか?」


「少なくとも、必要がない」


玲奈は銀河系を表示する。


「彼らが宇宙へ進出する方法は、宇宙船じゃない」


信号が星から星へ広がる。


「文明そのものを、情報と生命の種として送る」


ハルトマンは黙る。


「1400光年先の彼らも、その前の文明も」


「自分たちを完全に捨てたわけじゃない」


「一部を残して」


玲奈は星を指す。


「次の生命に繋げた」


ハルトマンが尋ねる。


「では、人類も信号を送るのか?」


玲奈は答えなかった。


その可能性は高い。


その瞬間。


世界中の生体ネットワークに同じ表示が現れた。


LOCAL INTEGRATION


94.8%


続いて。


SUCCESSOR FORM


READY


――後継形態、準備完了。


玲奈は立ち上がる。


「待って」


さらに文字。


TRANSMISSION SELECTION REQUIRED


――送信形態の選択が必要。


そして初めて、


生体ネットワークから明確な質問が届いた。


WHAT WILL YOU BECOME?


――あなたたちは、何になる?


世界中で、


同じ文字を見た人間たちが立ち止まった。


玲奈は呟いた。


「私たちに……選ばせるの?」


返事。


『はい』


「拒否できる?」


長い沈黙。


『はい』


玲奈は息を止める。


「拒否したら?」


『終わる』


「何が?」


返事。


『ここで』


玲奈は意味を理解した。


拒否すれば、


人類は人類のまま地球に残る。


ノアも地球で終わる。


種は次の星へ送られない。


しかし受け入れれば――


人類とノアから生まれた何かが、


銀河へ向かう。


玲奈は空を見上げた。


そこには、


何千年も前に別の文明が見上げたのと同じように、


無数の星があった。


「決めるのは……私たちか」


深層の声が答える。


『はい』


そして初めて。


玲奈はその声を、


ノアとも、


異星人とも感じなかった。


それは――


まだ名前のない、


次の生命の声だった。

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