怪物
早朝の平和な朝。
首都の門番隊の隊長であるカルは欠伸をし、涙を拭った。
門番は重要な職務ゆえ、兵士の中でも選りすぐりのエリートが配属される名誉ある任務だ。
もちろん普段は気を抜く様な事はしないが、この夜と朝の境目だけはどうしても緩んでしまう。
疲れと、犯罪の多い夜に何事もなく終わったという安堵感がそうさせるのだろう。
「眠そうね、隊長。」
「あー、隊長になったら夜勤は減るからなぁ。
久々にやるとしんどいな、こりゃ。」
隊長ともなれば、昼の間に他の業務が山ほどあるので夜勤は出来なくなってしまうのだが、カルは月に一度ぐらいはやっておこうと無理矢理時間を作っている。
この時間になれば、隣に立つ相棒の顔にも疲れが見えているが、もうすぐ新しい朝が来る。
日の出は丁度、門の正面から上がるので、門番で夜勤をすると綺麗な朝焼けが見える。
カルはその景色を気に入っていた。
「サンドラ、朝焼けを見るとよ、意味もなく涙が流れそうになるよなぁ。」
「何それ、キザね。」
カルが目一杯伸びをし、あと一息で終わる仕事に気合を入れ直したその瞬間、遠くにある丘の上の教会から光の柱が延びるのが見えた。
「おい…、おいおい、サンドラ、見たか?
教会からとんでもねぇ光が飛び出たぞ…?」
しかし日が登って来た明るさに紛れて、丁度反対を見ていたサンドラは見えていなかった様だ。
「寝ぼけてたんじゃないのぉ?」
「ふざけんな、見間違いじゃない。
あそこに…嘘だろ?…見ろ、雲が。」
光の柱が通ったと思われる部分の雲が、渦を描くようにぽっかりと穴が開いていた。
とてつもない、人智を超えた力を感じる
しかし、何かと問われると困ってしまう。
育ちは良いが、嫌いな事はやらない主義であったカルロスは、剣技以外の授業を真面目に受けて来なかったので、推測も難しい。
「サンドラ、ちょっと先生と師匠…いや、先生だけで良い。
先生の屋敷に行って来てくれ。
もしヤバいやつが現れたとかだったらマズい。」
「なら直接見た隊長が行ったらいいじゃない。」
「ヤバい奴が来た時に表に出るのが隊長の仕事だろ。
頼んだぞ、サンドラ。」
カルの真剣な様子に、サンドラ走り出した。
すぐに非常用の鐘が鳴り響く。
行きがけに鳴らしていってくれたのだろう。
気が利く奴だ。
これで応援の兵士も来てくれる。
都にはサシュマという著名な魔法使いが住んでいる。
元々は魔法兵団の団長だったが早いうちに引退して、今は世界一とも言われる学校の校長職をしている人だ。
現在都に居る全ての人の中でも1、2を争う実力者、そして人格者だ。
きっと急いで来てくれる。
穴の空いた雲を見ながら、カルは気合を入れる。
何が来ても、せめて先生が来るまで俺が。
そう思っていたが、丘へとつながる道の奥から現れたソレを目にした瞬間、カルの足は震えた。
「なんだぁ、ありゃあ…。」
普段門番をしている彼は、遠くから近づいてくる人を見慣れている。
大きい人小さい人、人種も様々。
しかし、あれ程の巨体は初めて目にした。
ゆっくり歩いてくる姿は、伝説の巨人ブラゴーンを想起させる。
龍と殴り合えたらしいと言う逸話を聞いた時は眉唾物だと思ったが、あの姿を見れば納得してしまう。
巨体の身体は、こちらも見た事がないほどの筋肉が搭載されており、服というには小さすぎる布を被っている。
顔はその身体に不釣り合いな程童顔で、それがまた不気味さを増している。
こちらへ歩いて来ていた不気味な巨人が、ピタと動きを止めた。
「なんだあいつ…こっちを観察しているのか?
怖いな…暴れ回る獣なら、数でヤレるって考えていたんだが…。
知能が高いなら…余計にマズいな。」
巨人はじっとこっちを観察したまま動かない。
その頃になってようやく、休んでいた兵士達が配置についてくれた。
彼らも巨人を目視し、驚いている。
「隊長、なんすか、あれ。」
「分からん、丘に光の柱が立った後に現れた。
良い者か悪しき者かも分からん。」
兵士達が警戒のために武器を構える。
もし悪い奴じゃなくても、あの巨体だ。
今まで生きて来て警戒される事なんて日常茶飯だろう。
気を悪くするかもしれないが、安全には変えられない。
こっちが武装したのを見て、巨人は雰囲気を変えた。
何故か何度か後ろを振り返った後に、勢いよく駆け寄って来たのだ。
「速いっ!」
どの兵士が言ったのか。
固まる兵士を鼓舞する様に、カルが声を張り上げる。
「化け物が走って来たぞ!
総員!警戒!
サシュマ様が来てくれる!
門番の意地で耐えてみせろ!」
弓を張り、槍を構え、姿勢を下げる。
それが気に障ったのか、巨人が手を挙げ声を張り上げた。
『おぉおおいぃいいい!』
なんだって!
クソっ!敵だ!敵だった!
「隊長…アイツ…殺すぞって言ってますよね。」
「あぁ、殺すぞと叫びながら走って来やがる!
弓兵!魔法兵団!撃て!撃て!」
カルの号令に合わせて弓と火の玉の魔法が飛ぶ。
しかし巨人が蚊でも払う様に手を動かすと、全て弾かれてしまった。
火力不足か、足止めにもならない。
先生はまだか…!
巨人はどんどんと迫ってくる。
人的被害を出すを嫌っていたが、街を守る壁になるのが俺たちの仕事だ。
「盾部隊!陣形を!」
兵士が集まり、固まって盾を構える。
これでアイツが止まるとは思えないが、1分でも時間を稼ぐのだ。
ここで死ぬかもな。
カルは覚悟を決めた。
その時、まるでその覚悟を讃える様な鳥の声が聞こえ、安堵のあまり座り込みたくなった。
それでもカルは隊長としての職務を全うするため、大きく息を吸い、大声で指示を飛ばした。
「退け!退け!
先生が間に合ってくれた!
邪魔にならない様に退け!」
門の上に立つ老人。
彼がこの街の最高戦力の一人、サシュマである。
巨人を一目見て、既に魔法の準備をしてくれたようだ。
彼の横に3人の弟子も共におり、彼らもサシュマを補助している。
「シー、門を守れ。
ララ、お前は鳥を召喚して待機させてくれ。
ルーベンス、鳥の飛ぶ道を風魔法で整えろ。
気合を入れろよ、外すわけにはいかんぞ。」
白い雷の様な魔力を手の中で強烈に練り上げるその周りでは、魔力の強さが目視できるかの様に、長いサシュマの髪が蠢いていた。
巨人はその間も近づいて来ており、もうその異様な姿がはっきりと見えるぐらい近く、兵士の中には恐怖のあまり気を失っている者さえいる。
『おぉお!いぃいい!』
なおも巨人は殺すと叫んでいる。
巨躯から出た響く様な声は、ビリビリと肌を震わせ、足を竦ませてくる。
先生…!
早く…!
頼む!
カルはサシュマを見上げていた。
祈るしかない無力感を感じてもいた。
だが、今祈るのは、魔法が間に合い街が守られる事だけだ。
「ララ!今だ。
魔力を預ける!」
サシュマの手から離れた小さく凝縮された雷の様な光が空に打ち上がる。
その更に上空、大きな鳥が魔法陣から現れて、それを掴んで飛び出した。
巨人までの間には竜巻の様な道が出来ており、鳥はそこを潜りながら真っ直ぐに飛んで行く。
鳥と巨人が触れ合いそうになる程近くになったその瞬間、鳥はフッと消え、白い光の玉だけが残された。
弟子のララが召喚獣を還したのだろう。
「はぁ!」
サシュマが指を玉へと向けると、その玉目掛けて大きな雷が落ちる。
辺りを閃光が白く染め、カルの視界は真っ白になった。
近くに落ちた雷の衝撃を腹の底に感じるが、こっちに爆風は来ない。
指示を聞くに、弟子のシーが守ってくれているからだろうか。
「すっげ…!」
誰が呟いたか、感嘆の声が聞こえる。
巨人の黒い影は、光に飲み込まれて見えなくなった。
息を飲む兵士達が見つめる先に、光が収まった後には何も残らず、ただ焼きついた影だけが残っていた。
お気付きかと思いますが、光の柱は、僕の波!!です。




