8話「休息」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
窓の外から差し込む陽光が、ゆっくりと頬を照らしていた。
鳥のさえずりと、遠くから聞こえる鐘の音。
……けれど、私はまだ毛布の中で丸まっていた。
体のあちこちが痛い。腕も脚も、昨日の戦いの余韻を残している。
「……もうちょっとだけ……」
そう呟いて目を閉じようとしたとき、柔らかな声が部屋に響いた。
「リーネさん、もう昼前ですよ」
カーテンが開き、白い光が差し込む。
眩しさに目を細めると、そこにセリアが立っていた。
淡い光を受けて髪が透けるように揺れ、その手には湯気を立てるマグカップ。
「……おはようございます」
「うぅ……おはよう、セリアさん。今、何時?」
「十一時です。朝ごはん……というか、もうお昼ごはんに近いですね」
「そっか……昨日、ちょっと頑張りすぎたかも」
「ですね。体、まだ痛いでしょう?」
「うん……でも、心地よい痛みかも」
そう言いながら伸びをすると、筋肉がぴしっと音を立てた気がした。
テーブルには焼きたての黒パンと野菜のスープが並べられている。
香りだけで、なんだか幸せな気分になれた。
「今日はどうしますか?」とセリアが尋ねる。
「うーん……今日は、休みたいな。頭も体も、ちょっとリセットしたい」
「私も、です。……少し街を歩こうかな。図書館も見てみたいですし」
「図書館? やっぱりセリアさんらしいね」
「リーネさんは?」
「私は……うーん、街をぶらぶらかな。昨日のこともあるし、気持ちを整理したい」
「そうですね。じゃあ、今日はお互い自由行動ってことで」
「了解!」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
敗北の痛みが残っていても、その笑顔だけは少しも曇っていなかった。
---
昼下がりのサーブルの街は、活気に満ちていた。
市場では露店が並び、香辛料や果物の香りが風に混ざる。
人々の声、子どもたちの笑い、遠くの鐘の音。
そんな賑わいの中を、リーネはゆっくりと歩いていた。
「昨日の木人、どうなったんだろうなぁ……」
小さく呟きながら、彼女は商店街を抜け、鍛冶屋の通りへと足を向ける。
金属を打つ音が響き、火花が散る。
「おっ、嬢ちゃん。この前買った槌はまだ現役か?」
ひげ面の鍛冶屋の親父が笑う。
「うん、もちろん! ちょっと手入れしてもらおうと思って」
「なるほどな。……ん? ちょいと曲がってるな。模擬戦でもしたか?」
「ば、ばれてる……」
「見りゃわかるさ。だが、よく折らなかったな」
そう言いながら、親父は笑って鉄槌を手に取った。
火にかけながら、静かに言う。
「力は道具を壊す。けど、使いこなせば“味方”にもなる。……覚えとけ」
その言葉に、リーネははっとして目を見開いた。
「……なんか、ライナさんに似てる」
「誰だそれは?」
「昨日、ちょっとお世話になった人」
「ほぉ……なら、良い師に会えたじゃねぇか」
親父はそう言って笑い、磨かれた槌をリーネに返した。
「ありがとう。また来るね!」
軽く頭を下げ、店を出る。
街角には、子どもたちが木の棒を振り回して“冒険ごっこ”をしていた。
その姿を見て、リーネは少し笑った。
「……私も、もう一度“楽しい”って思えるようになりたいな」
---
一方、セリアはサーブル中央の図書館にいた。
石造りの建物で、壁一面に古書が並ぶ。
中は静かで、ページをめくる音だけが響く。
セリアは棚の中を歩きながら、手に取った一冊を開いた。
《魔導制御論序説》――
タイトルに惹かれてページを開くと、そこにはびっしりと理論式や詠唱理論が並んでいた。
しかし、それ以上に目を引いたのは、冒頭に書かれた一文だった。
「 “魔法とは、心の振動を理性で包み、形にする術である”……」
セリアはその言葉を小さく口に出した。
「……心の振動を、理性で包む……」
昨日のライナの声が、脳裏によみがえる。
――“力は、制するためにある”
(……私、制御できてなかったんですね。気持ちも、魔力も……全部)
彼女はページをめくり続ける。
魔法、心、理性、信念――そのどれもが、昨日の自分には足りなかった。
「……私も、強くなりたい」
小さく呟いて、本を閉じようとしたときページの端に小さな書き込みをみつけた。
“知識は力を導く。だが、力を導くのは心だ。”
誰の言葉かは分からない。けれど、その一文が胸に響いた。
セリアは本を閉じ、静かに息を吐く。
窓の外では、陽が傾き始めていた。
---
夕暮れの街を、リーネは歩いていた。
露店の灯りが橙色に揺れ、空気が少し冷たくなる。
鍛冶屋で修理してもらった槌は、手にしっくりと馴染んでいた。
「うん、いい感じ!」
そう呟いた瞬間、前方から見覚えのある姿が現れた。
「セリアさん!」
「リーネさん?」
偶然にも、二人は街の中央通りで再会した。
「図書館に行ってたんですよ」
「やっぱり! 本の匂いが似合うもんね」
「それ、褒めてるんですか?」
「もちろん!」
二人は笑いながら並んで歩き出す。
「ねぇ、今日、何か見つかった?」
「はい。……“知識は力を導くけれど、力を導くのは心”って言葉に出会いました」
「心かぁ。うん、それ、わかる気がする」
「リーネさんは?」
「私はね、鍛冶屋のおじさんに“力は道具を壊すけど、使いこなせば味方になる”って言われたよ」
「……似てますね」
「でしょ?」
セリアはふっと笑う。
昨日のような重苦しさは、もうなかった。
夕陽が沈み、空には星がひとつ輝き始める。
「明日から、また頑張りましょう」
「うん。次は、勝つ冒険にしよう」
二人の声が重なり、静かな風が通り抜ける。
橙の光の中で、リーネとセリアの影が並んで伸びていた。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




