5話「パーティ結成」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
朝靄の残るサーブルの街に、鐘の音が静かに響いた。
冒険者ギルドの前――私は昨日と同じ場所に立っていた。
胸の奥が、少しだけ高鳴っている。
「おはようございます、リーネさん!」
軽やかな声がして振り向くと、セリアが小さく手を振っていた。
「おはよう、セリアさん。早いね」
「眠れなくて……今日のこと考えてたら」
その笑顔を見て、私も思わず笑った。
――今日は、私たちのパーティ登録の日だ。
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ギルドの扉を押すと、木の香りと朝の光が広がった。
カウンターにはいつものようにミリアがいて、すぐに顔を上げる。
「おはようございます、お二人とも! パーティ登録ですね?」
「はい!」と声をそろえると、ミリアは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、ハルドさーん! お願いします!」
記録員ハルドが、無言で奥から姿を現す。
「……代表者は?」
「リーネです」
「パーティ名は?」
少しだけ考えて、私は答えた。
「“リメナス”にします」
「リメナス?」セリアが首を傾げる。
「“再び構成する”って意味です。一度壊れても、もう一度作り直せるように」
「……素敵ですね」
セリアが小さく笑って、頷いた。
ハルドは淡々と紙に記入し、静かに印を押す。
「パーティ《リメナス》、登録完了。ランクH――無理はするな」
短い言葉を残して、彼は奥へと去っていった。
「……ほんと、ハルドさんって変わりませんね」
ミリアが苦笑する。
でも私たちは顔を見合わせて、思わず笑っていた。
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「さて、それじゃあ依頼を見に行きましょうか!」
ミリアの声にうながされ、依頼掲示板の前へ。
板いっぱいに貼られた紙の中に、“採取”“討伐”“護衛”の文字が並ぶ。
セリアが目を輝かせて呟いた。
「すごい……こんなにたくさん」
「最初はやっぱり採取依頼がいいですよ」ミリアが指をさす。
『薬草採取:森周辺/報酬 銀貨1枚〜』
「初心者の定番です。危険も少なくて安心ですよ!」
私がその紙を見ていると、背後から落ち着いた声がした。
「確かに、最初の依頼には悪くない選択だな」
振り向くと、白銀の鎧を身に着けた青年が立っていた。
背筋の通った姿勢、凛とした瞳――ただ者じゃない。
「あっ、セレスティアルアークの皆さん!」とミリアが声を上げる。
「ミリアさん、今日はヒルステンの護衛任務途中で」と青年が微笑む。
「お二人は……新規登録か?」オルフェンが尋ねる。
「はい! パーティを組んだばかりで」
「そうか。なら、焦らずに経験を積むといい」
穏やかな声。厳しさの中に温かさがある。
「討伐依頼も気になるって言ってたんです」ミリアが言うと、オルフェンは頷いた。
「それなら、まずは同行許可を取ってからだな。Eランク以上か、同伴できるパーティと一緒に行く形になる」
「なるほど……」セリアが真剣に聞き入っている。
「無理せず、一歩ずつ。冒険は逃げない」
その言葉に、どこか重みがあった。
メリアが柔らかく笑いながら言った。
「せっかくだし、お昼ごはんご一緒しませんか? オルフェン、少し時間あるでしょう?」
「……ああ、いいだろう」
「えっ、いいんですか!?」セリアが驚いたように目を輝かせた。
「いいさ。せっかく同じギルドに所属した仲間だ」
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昼の光が柔らかく差し込むサーブルの街。
私とセリアは、セレスティアルアークの五人に案内されて、街角の食堂へ入った。
「ここ、冒険者がよく使うんだ」
案内役のリアナが言う。
木の梁が走る落ち着いた内装に、焼きたてのパンとスープの香りが広がっていた。
賑わう声の中にも、どこか安心できる空気がある。
「今日はお祝いですからね!」
ミリアの言葉を思い出しながら、私は少し緊張しつつ席に座った。
オルフェンが静かに頷きながら言う。
「初めてのパーティ結成か。こうして顔を合わせること自体、大切な一歩だ」
「はい……なんだか実感がまだなくて」
「誰だって最初はそうだ」
彼の穏やかな声に、少し肩の力が抜けた。
ヴァルクが豪快に笑いながらパンをちぎる。
「俺たちだって、最初の頃はまともに剣も振れなかったからな!」
「ヴァルクは今でもたまに暴走するけどね」とカイが苦笑する。
「おいおい!」
そんな掛け合いに思わず笑いがこぼれた。
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しばらくして、オルフェンがこちらに向き直る。
「そういえば、君たちは登録したばかりだったな。もう依頼は受けたか?」
「はい!」と答えると、セリアが驚いたようにこちらを見た。
「えっ、そうなの?」
「うん。登録した初日に受けたんだ。森で薬草を採る依頼で……」
「初日に? 一人で?」リアナが目を見張る。
「はい。簡単な採取依頼のはずだったんですけど――」
少しだけ間を置いて、私は続けた。
「森で魔獣に遭遇してしまって。怖かったけど、どうにか倒せたんです」
テーブルの上に一瞬、静けさが流れる。
「初仕事で魔獣討伐……」カイが低く呟いた。
ヴァルクが目を丸くして、「それ、まぐれで済まねぇぞ」と笑う。
「運も実力のうちだ。生きて帰った。それが何より大事だ」
オルフェンの声は穏やかだったが、その眼差しは真剣だった。
「危険を知って、それでも前へ進める――それは冒険者の本質だ」
「……ありがとうございます」
その言葉が胸の奥に静かに響く。
セリアが小さく頷きながら言った。
「リーネさん、やっぱりすごいです。私も見習わなきゃ」
「え、やめてよ、ほんとに怖かったんだから……」
笑いながら言うと、リアナが優しく笑う。
「でも、その経験がきっと次に生きますよ。どんな失敗も、冒険では“記録”になるんです」
メリアが微笑みながら言葉を添えた。
「そう、そしてその記録が、次に歩く人を守るんです」
ハルドの言葉が頭をよぎる。――“生きて戻った冒険者がいたこと、それを記録する”
(……あの時の言葉、きっとこういうことなんだ)
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「それにしても、初仕事が銀貨二枚とは景気がいいな!」
ヴァルクが笑いながらカップを掲げた。
「うん、依頼主が良い人だったみたい。薬草の状態も褒められたんです」
「努力はちゃんと報われるもんだな」オルフェンが頷く。
「だからこそ、次につなげていくんだ」
リアナが紅茶を飲みながら言う。
「それにしても、今日登録したばかりでこれだけ落ち着いてるのは珍しいですね」
「緊張してますよ、実は!」
セリアが笑って、「でも、リーネさんって本当に頼もしいです」と言った。
「ありがとう。でも……セリアさんが一緒だから、きっと大丈夫だよ」
その一言に、セリアの頬が少しだけ赤く染まった。
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食後、ヴァルクが声を上げた。
「そうだ、二人とも訓練所はもう見たか?」
「訓練所?」セリアが首をかしげる。
「ギルドの裏手にある広場だ。木人と模擬武器が揃ってる。
軽く体を慣らしておくといいぜ」
「へぇ……そんな場所があるんですね」
「そうそう、今のうちに感覚を掴んでおくといい。明日から動くならなおさらだ」
オルフェンも穏やかに言葉を添えた。
「焦らず、少しずつ。冒険者としての“体”を作るんだ」
「はい、行ってみます!」
彼らと別れたあと、私とセリアは夕日に染まる通りを歩き出した。
セレスティアルアークの背中が遠ざかる。
「……すごい人たちだったね」
「うん。でも、優しいね」
「うん。――私たちも、いつかあんなふうになりたいね」
セリアが笑って頷いた。
街角に吹く風が、どこか新しい予感を運んでいた。
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夕陽が傾き、ギルドの裏手にある訓練所には橙色の光が差し込んでいた。
敷地は広く、踏み固められた土の上に木製の人形や藁束の標的が並び、あちこちから金属音が響く。
ギルドの管理区域のひとつで、許可を取れば自由に使える場所だ。
「ここが訓練所かぁ……思ったより広いね」
セリアが目を丸くして辺りを見回す。
「うん。空気がちょっと違う。……集中できそう」
リーネは軽く深呼吸をして、槌を肩に担いだ。
オルフェンたちが「訓練するなら裏手の敷地を使うといい」と勧めてくれたのだ。
彼らの真っ直ぐな姿勢が印象に残っていて、リーネの胸には小さな決意が灯っていた。
「ふっ、はぁっ!」
リーネの掛け声が空に響く。
彼女は額に汗を浮かべながら、槌を振り下ろしていた。
地面には何本もの釘が突き立てられ、叩くたびに小さな火花のような光が散る。
打撃の衝撃で腕がしびれても、リーネは口角を上げた。
「……あっちゃー、またずれた!」
地面を見て、少し照れくさそうに笑う。
槌の跡がずれて釘が曲がってしまっている。
「でも、前より深く入ってる! よし、上出来!」
明るく自分を励ましながら、また釘を拾い上げる。
土の匂い、夕風、そして金属の音――全部が心地よく感じた。
「次はもっと上手くやるんだから」
笑ってそう言いながら、再び槌を構える。
腕を振り上げ、空気を割る音が響く。
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一方、少し離れた木陰では、セリアが静かに魔導書を開いていた。
ページに指先を滑らせ、短く息を吸い込む。
「――闇よ、揺らめき、私の影をなぞって」
低く囁くような声に反応して、地面の影がわずかに浮かび上がる。
しかし、次の瞬間ふっと掻き消えた。
「……やっぱり集中が足りませんね」
セリアは眉を寄せて小さく息を吐く。
再びページを開き、文字を追う。
心を整え、呼吸を合わせてもう一度。
「闇は形をとり、私の手に宿れ――」
今度は影が滑るように伸び、地面に黒い輪を描く。
魔導書の光がわずかに揺らめき、空気がひんやりと変わった。
「……できた」
セリアは小さく呟き、胸の前で本を抱えた。
そのとき、風に乗って、
「よし! もう一回っ!」
という明るい声が聞こえてくる。
リーネの声だった。
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セリアは顔を上げ、彼女の方を見た。
リーネは両腕で大きな槌を振り上げ、全身で勢いを乗せている。
踏み込みは荒いけれど、目の輝きはまっすぐで、何よりも楽しそうだった。
(……どうしてあんなに笑っていられるんだろう)
セリアは小さく息を呑む。
自分は何か一つ失敗するたびに、立ち止まってしまう。
けれどリーネは違う。
失敗しても、笑って前を向く。
それが、ほんの少し羨ましかった。
彼女の釘打ちの音は、一定のリズムで訓練場に響いていた。
まるで鼓動みたいに――生きている証みたいに。
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「セリアさんも、集中してますね!」
突然声をかけられて、セリアは少し驚いた。
リーネがこちらに歩いてきて、笑顔で手を振っている。
「さっきの魔法、すごかったです! 影がちゃんと動いてて、ちょっと鳥肌立ちました!」
「えっ……見てたんですか?」
「はい! 遠くからでもわかりましたよ!」
リーネの言葉は、照れくさいほどまっすぐだった。
「……ありがとうございます」
セリアは思わず視線を逸らしたが、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
リーネは再び訓練場の中央に戻ると、勢いよく槌を振り下ろした。
金属音が夕空に溶け、土埃が舞い上がる。
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太陽が沈みかけるころ、ふたりの練習はようやく一区切りを迎えた。
風が冷たくなり、空が茜から群青へと変わっていく。
セリアは息を整えながら、リーネの背中を見つめた。
その姿は、夕暮れの光の中で輝いて見えた。
(……私、あんなふうに笑えるようになりたい)
そう思った瞬間、胸の奥が少し温かくなった。
リーネが槌を肩に担ぎ、くるりと振り向く。
「セリアさん、今日の練習すっごくよかったですよ!」
「リーネさんも、ずっと頑張ってましたね」
「へへっ、褒められちゃった!」
その笑顔につられて、セリアも微笑んだ。
「……これから、少しずつ上手くなれたらいいですね」
「うん、焦らずに、でも諦めずに!」
そう言って笑うリーネを見て、セリアはそっと胸の前で本を抱きしめた。
(リーネさんとなら……)
(どんな道でも、きっと前に進める気がする)
風が二人の髪を撫で、訓練場の空に夜の気配が溶けていった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




