39話「成長」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
街の輪郭が見え始めたのは、太陽が少し傾きかけたころだった。
遠くに見える城壁の向こうで、風に舞う砂埃が金色に光る。
サーブルの門は変わらず堅牢で、見慣れた灰色の石が夕陽を反射している。
リーネは肩に掛けた荷を持ち直し、ため息のような笑いを漏らした。
「やっと……見えてきたね」
「うん。思ったよりも早く戻ってこられたね」
セリアが隣で答え、汗を拭いながらも表情は柔らかい。
スコルは無言のまま歩を進めていた。
斧の柄を軽く肩に掛け、足取りは相変わらず力強い。
草原を抜けた三人の足元には、訓練で得た小さな傷跡が残る。
それでも、リーネの目は以前よりもまっすぐ前を向いていた。
「スコルさん」
「ん」
「この素材って……街に持ち帰るのが普通なんですか?」
リーネは背負い袋の中を見やりながら尋ねた。
中にはスラッシュハウンドの牙と爪、乾いた毛皮が包まれている。
スコルは少しだけ視線を動かし、淡々と答える。
「状況による。高く売れる部位なら持ち帰るが、無理に全部運ぶ必要はねぇ。
重けりゃ足を取られるだけだ。残す判断も悪くない」
「じゃあ、私たちが持ってきたのは……正解、ですか?」
「まぁ、見極めは悪くねぇ。ギルドの査定次第だな」
リーネは少し安堵したように頷き、セリアと顔を見合わせた。
「よかった……あのとき全部置いてきたら、きっともったいなかったよね」
「そうだね。でも、あんな重いのを二人で運ぶなんて、なかなかの根性だったよ」
セリアの言葉に、リーネは照れ笑いを浮かべる。
「スコルさんの目があると、頑張れちゃうんですよ」
「ほぅ……」
スコルは鼻を鳴らしただけで、笑うことも怒ることもなかった。
それでも、リーネはその沈黙に少しの満足を感じていた。
街道の両脇には背の低い木々が並び、サーブル特有の赤茶けた土が続く。
街道沿いには小さな商人の荷車が行き交い、通り過ぎるたびに軽い挨拶が飛ぶ。
その光景がどれほど懐かしく、どれほど安心できるものか――
草原での訓練を終えた今、ようやく二人は実感していた。
「ねえ、セリアさん」
「ん?」
「訓練って、あっという間だったね。……なんか、すごく濃かった」
「確かに。寝る間も惜しむような日々だったもの」
セリアが苦笑を浮かべる。
「でも、こうして戻ってきて思うの。ちゃんと、自分たちの足で歩けたって」
「……うん」
リーネは少しだけ拳を握った。
訓練の間に覚えた槌の重さ、釘を打つ感覚。
それらがまだ手の中に残っている。
やがて街門が近づく。
門番が手を上げ、スコルに軽く会釈した。
「お帰りなさい。外はどうでした?」
「いつも通りだ」
短く答えて通り過ぎるスコルに続き、リーネとセリアも足を止める。
石造りの門の下をくぐると、空気が変わった。
草の匂いが薄れ、代わりにパン屋の香ばしい匂いと、人の声が混ざり合う。
石畳の感触が足の裏に戻ってきた瞬間、二人は同時に息を吐いた。
「……帰ってきたね」
「うん。なんだか、胸の奥が温かい」
セリアが笑うと、リーネもつられて笑った。
その笑顔の中には、疲労よりも確かな手応えがあった。
スコルはそんな二人を見て、軽く頷いた。
「街に戻ったら、まずは報告だ。それから休め」
「はい!」
リーネとセリアが声を揃える。
門を抜けた三人の背後で、風が静かに吹いた。
街のざわめきが耳に心地よかった。
人々の声、店の呼び込み、馬車の車輪の音――
草原の静けさに慣れた体には、それらすべてが懐かしい。
リーネとセリアは並んで通りを歩きながら、
すれ違う人々に軽く会釈を返していた。
スコルは一歩前を歩き、無言のまま冒険者ギルドへと向かう。
「やっぱり街の空気って落ち着くね」
「うん……少しだけ、ここが“帰る場所”みたいに感じる」
セリアの言葉にリーネは頷いた。
数日の訓練とはいえ、草原での時間は長く感じた。
そして今、石畳を踏みしめる音が妙に軽い。
冒険者ギルドの扉を押し開けると、
中からいつもの喧騒が溢れ出した。
木製の掲示板には新しい依頼が貼られ、
受付前には報告待ちの冒険者たちが列を作っている。
スコルが振り返り、短く言った。
「お前たちは素材を出しておけ。俺は報告をまとめる」
「はい!」
二人は頷き、カウンターへ向かう。
そこには、柔らかな笑顔を浮かべた栗色の髪の女性――ミリアがいた。
彼女は手元の帳簿を整理していたが、二人に気づくと顔を上げる。
「リーネさん、セリアさん! おかえりなさい!」
「ただいま戻りました!」
リーネが胸を張ると、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「スコルさんと一緒の依頼だったのよね? どうだった?」
「えっと……訓練、です。たくさん学びました」
セリアが少し照れたように答える。
「そう。スコルさんが誰かを連れて行くなんて珍しいから、ちょっと驚いたわ」
「そうなんですか?」
「ええ。あの人、普段は一人で動くの。報告も淡々としてるから、誰かと一緒に戻ってくるなんて、初めて見たかも」
ミリアは楽しそうに笑い、二人の持ってきた袋に目を向けた。
「それで、素材の持ち込みね?」
「はい。スコルさんが解体してくれたものです」
「なるほどね。……あら、見事な処理だわ。スラッシュハウンドかしら?」
「はい」
「傷も少ないし、品質もいい。査定が楽しみね」
ミリアは手際よく素材を確認し、帳簿に記入していく。
「ところで、どこで仕留めたの?」
「えっと……」
リーネは一瞬、スコルの方を見る。
彼は少し離れた机で報告書をまとめていて、こちらには気づいていない。
「丘を越えた草原のあたり、だったと思います」
「そう……その辺り、最近ちょっと気になる報告があったのよ。あとでスコルさんにも聞いてみるわ」
ミリアは少しだけ真剣な表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「でも、無事に戻ってきて何より。素材も上等。今日はゆっくり休んでね。」
査定が終わり、報酬を受け取ると、
二人は軽く頭を下げてギルドを後にした。
外はすっかり夕暮れで、街の灯がともり始めていた。
スコルは受付に書類を渡したあと、二人のもとへ戻ってくる。
「手続きは終わった。素材の分も受け取ったな?」
「はい、ミリアさんに渡しました」
「よし」
短く頷くと、スコルは肩の荷を軽く直した。
「俺はこのあと別の依頼に出る。しばらくは街を離れる」
「えっ、もう行っちゃうんですか?」
「訓練はひとまず終わりだ。今のうちに休んでおけ」
リーネが少し寂しそうに視線を落とす。
セリアは静かに微笑んで、隣で小さく頷いた。
「また戻ってきたら、顔を見せてください」
「ああ」
スコルはそれだけ言うと、軽く手を上げて歩き出した。
背中が夕陽に照らされ、やがて人波に紛れていく。
その姿を見送りながら、リーネはぽつりと呟いた。
「……すごい人だなぁ」
「うん。でも、私たちも少しは近づけたかもね」
セリアの言葉に、リーネは小さく笑った。
宿屋の扉を開けると、
木の香りと温かな明かりが二人を包み込む。
カウンターの奥から女将が顔を上げ、柔らかく微笑んだ。
「あら、おかえりなさい。今日は遅かったのね」
「はい。訓練の帰りで、ギルドに寄ってました」
「そうだったの。食事はもうすぐできるからね」
リーネは荷物を下ろし、ほっと息をついた。
セリアが隣に腰を下ろし、静かに言った。
「終わったね」
「うん……でも、なんかまだ、続いてる気がする」
「それはきっと、次の一歩が待ってるからだよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
街の灯が窓の外で揺れ、夜の気配が少しずつ広がっていく。
リーネはその光を見つめながら、
今日という日を胸の奥に刻み込んだ。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




