3話「依頼遂行」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
朝の光が街道の上に降り注ぐ。昨日よりも風がやわらかく、頬にあたる陽射しが少し暖かい。
私は槌を背中にかけ、麻袋を手に、深呼吸をひとつ。
「……よし、今日が初仕事だ」
声に出すと、胸の奥が少し軽くなった。
依頼書に書かれているのは、サーブル近郊の森で薬草を採取すること。
『薬草採取依頼:サンリーフ、ムーンブロッサム』
名前の響きだけで、なんだか明るい気分になる。
ギルドでミリアが笑顔で「初依頼は大事ですよ」と言ってくれたのを思い出して、自然と口角が上がった。
森へ向かう街道はまだ朝露が残っていて、靴がしっとりと濡れる。すれ違う商人や旅人が挨拶を交わしてくれるたび、なんだか自分が一人前の冒険者になった気分だ。
「サンリーフは日当たりの良い場所……ムーンブロッサムは木陰、っと」
頭の中で繰り返しながら、私は森の入口へと足を踏み入れた。
森は思っていたより静かだった。
葉の隙間から差す光が地面に模様を作り、時折、小さな虫が跳ねる音がする。
「ふむ、怖くないかも……」
そう呟きながら歩いていくと、日差しを反射する小さな黄緑色の葉が目に入った。
「……あった!」
サンリーフだ。陽に向かって伸びるその葉は、金色の縁取りがあるように光っている。
しゃがみこんで摘み取るたびに、袋の中で香りが広がった。
いくつかの束を集め終え、今度は森の奥――木陰を目指す。
道の途中、小さな小川が流れていて、その脇に薄紫の花が咲いていた。
「これが……ムーンブロッサム」
花びらをそっと触れると、冷たい。まるで夜の空気がそこに閉じ込められているみたいだった。
「うん、これで依頼は――」
言いかけたとき、背後で枝が折れる音がした。
ビクリと肩が跳ねる。
「……風?」
違う。重い息遣いが聞こえた。低く、湿った音。
ゆっくりと振り向くと、灰色の毛並みを持つ獣――狼のような魔獣が、こちらを睨んでいた。
「ま、魔獣……?」
喉がひゅっと鳴る。
槌を構える。だけど、足が少し震えていた。
(落ち着け……槌は重い。狙うなら――)
獣が低く唸り、一気に飛びかかってきた。
「くっ……!」
とっさに腰の袋から釘を掴み、地面に突き立てる。
そしてその釘に向かって槌を振り下ろした。
ガンッ、と鈍い音が響く。
次の瞬間、獣の足元に黒い痕が走った。
「……動きが、止まった?」
偶然か、何かが釘に反応したように見えた。
私は息を詰めたまま、もう一度槌を握り直す。
獣が再び体勢を整え、飛びかかる。
「今度は――こっち!」
足元の釘を拾い上げ、獣の肩めがけて投げつける。
金属がかすかに光を放つ。
反射的に踏み込み、槌を打ち下ろす。
“ガアン!”という衝撃。
灰色の獣はその場で崩れ落ちた。
……静寂。
鼓動の音だけが、耳の奥で響いている。
「……やっ、た……?」
槌を握る手が汗で濡れていた。
それでも、確かに“生きている”と感じた。
倒れた魔獣を見下ろしながら、どうしていいかわからず立ち尽くす。
「これ……どうするの……?」
依頼書には“薬草を採取”としか書かれていない。魔獣なんて想定してなかった。
でも、このまま放っておくのも気持ちが悪い。
「……とりあえず、持ち帰ろう」
麻袋を広げ、慎重に獣を包む。重くて引きずるようになったけど、それでもなんとか持ち上げた。
森を抜けるころには、夕方の風が頬を撫でていた。
空が茜色に染まり、鳥たちが森の奥へ帰っていく。
「ふぅ……終わった……」
疲れと達成感が入り混じったため息がこぼれる。
街の門が見えてきたとき、安心で胸がじんわり温かくなった。
門兵がこちらに気づき、声をかけてくる。
「お嬢さん、無事に戻ったな。……ん? それは……?」
私は苦笑しながら麻袋を見せた。
「森で、魔獣に襲われて……とっさに倒しちゃって。どうすればいいか、わからなくて」
門兵は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに頷いた。
「そうか。ならギルドに持っていくんだ。討伐報告と一緒に出せば、ちゃんと査定してくれる。あそこはこういうのに慣れてるからな」
「ギルドに……ありがとうございます!」
「気をつけてな。……初仕事でそれは、なかなか運が強いぞ」
その言葉に、少しだけ笑顔が戻った。
夕焼けに照らされた街は、昼間よりも静かだった。
パン屋の香ばしい匂い、子どもたちの笑い声、どこかから聞こえる笛の音。
その全部が、なんだか優しく感じた。
「よし、報告だね」
私は槌の柄を軽く叩き、ギルドへと向かった。
――ギルドの扉を開けると、ミリアが受付で笑顔を向けてくれた。
「おかえりなさい! 依頼、無事に終わりましたか?」
「はい! 薬草は全部集めました。それと……ちょっと、これも……」
麻袋を差し出すと、ミリアは驚いたように目を見開いた。
「ま、魔獣ですか!? けがは!? だ、大丈夫!?」
「大丈夫です。ちょっと怖かったけど……なんとかなりました」
「すごい……! ちょっと待ってくださいね、ハルドさん呼んできます!」
しばらくして、奥からハルドが現れた。
「……戻ったか。初依頼の報告、受け取る」
麻袋を受け取ると、無言で中を確認し、軽く頷く。
「サンリーフ、ムーンブロッサム。採取状態、良好。……魔獣のほうも傷口がきれいだな。対応は悪くない」
「えっと……どうすればいいのかわからなくて、とりあえず持ってきました」
「それでいい。討伐証明は素材班が処理する。……よく判断した」
彼は静かに言いながら、麻袋を引き取る。
「こういう場合、冒険者はまず“持ち帰る”のが正解だ。素材も情報も、後の依頼につながる。……だから、記録に残すことが大事だ」
「記録……」
その言葉に、私は思わず繰り返した。
「そう。俺たち記録員の仕事も、そこにある。生きて戻った冒険者がいた――それを記録する。それが、次の誰かを守る」
その言葉は、淡々としているのに胸に響いた。
「……ありがとうございます。なんか、少しわかった気がします」
ハルドは小さく頷き、手元の紙に印を押した。
「これが完了印だ。報酬は――銀貨二枚だな」
「ありがとうございます!」
受け取った銀貨が、少しひんやりしていて重かった。初めての報酬。その小さな輝きが、胸の奥に深く残った。
ギルドを出ると、外はすっかり夜の気配。
街の灯がぽつぽつと点り、風がどこか甘い香りを運んでくる。
通りを歩きながら、私は夜空を見上げた。
釘袋の中で金属が小さく鳴った。
「……次も、きっと大丈夫」
そう呟いて、私は微笑んだ。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




