38話「解体」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
草原に静けさが戻ってから、しばらくの時間が経っていた。
リーネは地面に腰を下ろし、槌の柄を両手で支えたまま息をついている。
少し離れたところで、スコルが倒れたスラッシュハウンドを見下ろしていた。
陽の光を受けて、その体毛が鈍く光っている。
「……あの、スコルさん」
リーネが声をかけると、スコルは目だけをこちらに向けた。
「なんだ」
「これ、どうするんですか? サーブルまで持っていくんですか?」
スコルは少し黙り、斧の柄を地面に突き立てた。
「お前ら、解体はできるか?」
「えっ……解体、ですか?」
リーネが目を瞬かせる。隣のセリアも首をかしげた。
「やったこと、ないです」
「私も……ギルドで処理してもらってましたから」
スコルは低く息を吐く。
「だろうな。街までこのまま運ぶには重すぎる。途中で腐るか、他の魔獣に嗅ぎつけられる」
「そ、そんな……じゃあどうすれば」
「要る部分だけを残して、あとは埋める。それが普通だ」
リーネは顔を引きつらせた。
魔獣を倒すことはあっても、その後を意識したことはほとんどない。
ギルドに持ち込めば査定してもらえる。それが“当たり前”だった。
「スコルさんは、解体できるんですか?」
「できなきゃ食いっぱぐれる」
短い答えに、セリアが小さく眉を下げた。
「じゃあ……これからも、自分たちで?」
「状況による。だが、できるようにはなっとけ」
リーネは釘袋を見下ろした。
釘も槌も、戦いのための道具。けれど、今はそれでどうにもできない。
そのことが少しだけ、悔しかった。
スコルがしゃがみ込み、獣の腹の辺りを軽く押した。
刃を抜くように短いナイフを取り出す。
「いいか。まず、腹を開く」
「え、ま、待ってくださいっ!」
リーネが思わず声を上げる。
「そんな、急に……心の準備っていうか……」
「心の準備なんざいらねぇ。命を奪ったなら、責任も取れ」
その言葉に、セリアが小さく息をのんだ。
スコルの声は淡々としているのに、妙に重かった。
「戦うだけが冒険じゃねぇ。倒したものをどう扱うかで、その先の命が決まる」
リーネは唇を噛んだ。
そう言われても、目の前の現実は重すぎる。
スラッシュハウンドの体は、まだ温かい気がする。
倒したのは自分たちだ。その事実が、じわじわと胸に広がる。
「……でも、解体して持っていかないとダメなんですか?」
沈黙の中、リーネがぽつりと聞いた。
「今まではそのままギルドに持ち込んでました。ロックハウンドのときも、そうでしたよね?」
スコルは少しだけ目を細めた。
「確かにそうだな。あれは依頼の対象そのものだった。ただ、全部がそうじゃねぇ。今回のは“遭遇”だ」
「遭遇……」
「だからこそ、素材をどうするかは自分たちで決める」
セリアが少し考え込みながら言った。
「つまり、ギルドに届ける義務はない……けど、素材を売るなら自分たちで処理しなきゃいけないってことですね」
「ああ。だが、お前らじゃまだ難しい」
スコルは立ち上がり、風に当たるように背を伸ばした。
「今日は俺がやる。だが、見ておけ」
「えっ……見て、ですか?」
「当たり前だ。次はお前らがやる番だ」
リーネとセリアは顔を見合わせた。
どちらも戸惑っていたが、逃げるような気持ちはもうなかった。
リーネは槌を地面に立て、ゆっくりと頷く。
「わかりました。ちゃんと見ます」
「私も……学ばなきゃいけませんから」
スコルが短くうなずき、ナイフを握り直した。
動きに無駄がない。
刃が皮を裂く音がした瞬間、リーネは小さく肩をすくめた。
けれど、目をそらさなかった。
草原に、静かな音が続いた。
風が通り抜け、陽が少し傾く。
時間の流れだけが、穏やかにそこにあった。
スコルの手の動きは驚くほど正確だった。
リーネとセリアは少し離れた場所で、ただ黙って見つめていた。
草の匂いと、鉄のような血の匂いが混ざる。
それでも、二人は目を逸らさなかった。
スコルが使う刃は、普段の斧とは違っていた。
短くて、薄い。けれど、その一振りで獣の皮がきれいに剥がれていく。
「……こうして見ると、魔獣もただの生き物なんですね」
セリアが小さく呟くと、スコルがわずかに頷いた。
「生きてるうちは危険でも、死ねば資源だ。皮は防具に、骨は加工材に、肉は魔力持ちには良い薬にもなる」
リーネが興味深そうに身を乗り出す。
「じゃあ、全部使えるってわけじゃないんですか?」
「いい質問だな。魔獣によって使える場所は違う。たとえばスラッシュハウンドなら――」
スコルは、今まさに切り分けた前脚を持ち上げる。
「爪は武器になる。軽いが強度が高い。毛皮は薄いが魔力を通す性質がある。逆に肉や内臓は長持ちしねぇ。運ぶ間に腐る」
「……じゃあ、それは?」
リーネが指差したのは、切り分けられた獣の胴体。
「いらねぇ部分だ。燃やすか、埋める」
スコルは簡潔に答え、ナイフを拭った。
「風下に放っておくと、別の魔獣が寄ってくる。だから埋めるのが一番いい」
「掘るんですか? この辺で?」
「ああ。地が柔らかいからな」
スコルがスコップを取り出し、草をどけて地面を削り始めた。
リーネとセリアも慌てて手伝う。
手を使えば土はすぐに崩れ、指先が少し痛む。
でも、土の匂いがその感覚を和らげた。
「……こうして埋めるの、なんだか不思議ですね」
セリアが言った。
「戦った相手なのに、最後は土に返すんですから」
リーネが息をつきながら笑う。
「でも、悪くない気がします」
「そうだな」スコルが短く答えた。
「命を奪ったなら、最後まで見届けろ。それができねぇ奴は、冒険者なんか続けられねぇ」
スコルの言葉にはいつも厳しさがある。
けれどその奥に、どこか優しさのようなものも混じっていた。
リーネは槌を握り直し、まっすぐその声を聞いていた。
全ての作業を終える頃には、太陽が少し傾いていた。
スコルが掘り返した土をならし、跡を残さないように整える。
セリアが持っていた布で汗を拭い、リーネは荷物を背負い直した。
「これで……終わりですか?」
「ああ。戻るぞ」
スコルの返事に、リーネとセリアが顔を見合わせた。
二人の顔には疲れもあったが、それ以上にどこか誇らしさがあった。
草原の中を歩く。
陽の光が弱まり、風が少し冷たくなってきた。
スコルが先を歩き、リーネとセリアがその後を追う。
「スコルさん」
リーネが呼びかける。
「ん?」
「こういう作業、いつも一人でやってたんですか?」
「まあな。仲間がいりゃ分担できるが、ひとりの方が楽なこともある」
「でも……寂しくないですか?」
スコルは少しだけ振り返り、薄く笑った。
「そんなこと考える暇がねぇほど忙しかった」
セリアが静かに言う。
「でも、今は三人です」
「ああ。だから、少しは楽になった」
スコルの言葉に、リーネとセリアは顔を見合わせて笑った。
その笑いが、疲れを少しだけ軽くしてくれる。
丘を越えたとき、遠くにサーブルの街が見えた。
石造りの門が陽の光を受けて淡く輝いている。
街道を行き交う人影も増え、土の匂いが徐々に変わっていく。
「見えてきましたね」
「やっと帰れる……」
リーネが息をつきながら笑う。
背中の荷物は重いけれど、足取りは軽かった。
スコルは少し足を止めて振り返る。
草原の向こうに沈みかける太陽が見えた。
「悪くない訓練だったな」
リーネとセリアもその景色を見つめる。
戦いもあった。怖い思いもした。
けれど、こうして生きて帰れることが、ただ嬉しかった。
「次はもっと上手くやれるようになりたいな」
「そのために、また鍛えよう」
「もちろんです」
三人は笑い、再び歩き出す。
風が背を押すように吹き、草の音が優しく響いた。
長いようで短い訓練が終わり、次の一歩を踏み出せるような気がした――。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




