表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/40

36話「朝焼け」

1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。

「――起きろ。もう朝だ」


その低い声が、夢と現の境を破った。

リーネはまぶたの奥で光を感じ、顔をしかめながら毛布の中でもぞもぞと動いた。

「ん……うぅ……」

「寝ぼけてる暇はねぇぞ。陽が上がる」


耳に届く声は、確かにスコルのものだった。

少しだけ乱れた息の音が混じっていて、どうやら夜通し火の番をしていたようだ。


「……スコルさん?」

リーネが寝ぼけた声で顔を上げると、彼はもう外套を羽織り、焚き火の前に立っていた。

夜の火はほとんど消えていて、灰の下に小さな赤が残っている。

空はまだ青く沈んでいたが、東の端からかすかな橙がにじんでいる。


「セリアも起こしてやれ。風が変わった」

「……はい」


リーネは毛布を抜け出し、隣に丸くなって眠るセリアの肩を軽く叩いた。

「セリアさん、朝ですよ……」

「……もう少し……」

「スコルさんが起きてます」

「え……あ……」

セリアはゆっくりと目を開け、寝ぼけまなこでスコルの背中を見つめた。

焚き火の灰を崩して風を入れる彼の手元は、相変わらず無駄がない。


「おはようございます、スコルさん」

「ああ。二人ともよく寝たな」

その声には、疲れがわずかに混じっていた。

夜を通して起きていたせいか、彼の瞳の奥には薄い影が差している。


リーネがその様子に気づき、そっと口を開いた。

「スコルさん、もしかして……寝てないんですか?」

「寝られなかっただけだ」

「番をしてくれてたんですよね」

「仕事だ」


ぶっきらぼうに言いながらも、彼の声はどこか優しかった。

火の世話を終えると、腰を下ろし、両手で顔をこすった。

その仕草に疲れの色がにじむ。


セリアが毛布を畳みながら、少し考えるように視線を落とした。

「スコルさん。今度は私たちがやります。朝食の準備、任せてください」

「ん?」

スコルが顔を上げる。

「昨日も夜まで付き合ってもらったのに、これ以上は悪いです」

「そ、そうです! スコルさん、少し休んでてください!」

リーネも勢いよく続いた。


スコルは二人を見て、わずかに眉を上げる。

「休めって……飯はどうする」

「私たちが作ります! 簡単なものならできます!」

「リーネさん、昨日のスープの作り方を覚えてますよね?」

「う、うん……多分!」


スコルはしばらく沈黙し、やがて小さくため息をついた。

「……焦がすなよ」

「はいっ!」


彼は腰の剣を傍らに置き、焚き火のそばに腰を下ろした。

朝の光が頬を照らし、まぶしそうに目を細める。

それを見て、リーネは小さく笑った。


「セリアさん、水はどうします?」

「昨日の泉の分があります。足りなければ、私が汲みに行きますね」

「じゃあ、火を起こすのは私がやります!」


リーネは火打ち石を手に取り、灰を避けて新しい薪を組む。

「えっと、こうして……下に小さい枝を置いて……」

「風の通り道を作ってください。スコルさんがそう言ってました」

「うん、覚えてる!」


カチッ、と小さな音が鳴る。

火花が散り、二度、三度――やがて乾いた草に赤い光が灯る。

リーネは息を吹きかけ、そっと火を育てた。


「ついた!」

「上手ですね」

「でしょ!」

リーネが胸を張ると、背中から「焦らずに燃料を足せ」とスコルの声が飛んだ。

どうやら完全に休んでいるわけではないらしい。


「……聞いてるんですか!」

「火の音を聞いてりゃ分かる」

「むーっ……」

リーネが頬を膨らませると、セリアが苦笑いした。


鍋を置き、水を注ぐ。

セリアが包みから干し肉と野菜を取り出し、細かく刻んでいく。

「リーネさん、切ったもの、入れちゃってください」

「了解です!」

二人の手が動く音が、朝の静けさに溶けていった。

火の上で鍋がくつくつと鳴き、湯気がふわりと立ちのぼる。


スコルはその音を聞きながら、半分まぶたを閉じていた。

まるで音で様子を確かめているようだ。

「……悪くねぇ匂いだ」

「焦がしてませんからね!」

「そうか」

短い返事が、どこか柔らかく響いた。


風が草を撫で、夜露の匂いをさらっていく。

空は完全に明け始め、淡い橙が地平線を染めていく。

その光が三人の輪郭を包み、夜の気配を少しずつ消していった。


少しして、セリアが鍋の蓋を開ける。

「そろそろ出来そうです」

「味見していい?」

「どうぞ」

リーネは木の匙でスープをすくい、慎重に口へ運ぶ。


「……うん、いける! 昨日よりおいしい!」

「味見は一口までだ」

スコルの声がすぐに飛んできて、リーネがびくっとする。

「み、見てたんですか!?」

「匂いでわかる」

「そんなのずるい!」

セリアが吹き出し、空気がやわらかく笑いに包まれた。


「さ、もう少ししたら食べられます」

セリアが湯気を見ながら微笑む。

リーネは木の枝で薪を整えながら、スコルをちらりと見る。

彼は外套を少し引き寄せ、腕を組んで目を閉じていた。

朝の光がその横顔を照らす。


「寝ちゃった……?」

「少しだけ、だと思います。眠っていられるのも今のうちでしょうね」

セリアの声には優しさがあった。

リーネも静かに頷く。


焚き火の音が穏やかに続き、鳥の声が増えていく。

草の間を渡る風が、遠くの丘を撫でていく。

スコルの外套がかすかに揺れ、灰の上で小さな火が生きていた。


リーネは空を見上げた。

「……朝焼け、きれい」

雲の縁が金色に染まり、薄紅の光が広がっていく。

セリアも同じ空を見つめ、そっと目を細めた。

「スコルさん、見てるかな」

「きっと、耳で感じてるよ」


二人の笑い声が、朝の風に混ざって消えていった。


やがて鍋の音が静まり、湯気が高く伸びていく。

それは、夜の終わりと、新しい一日の始まりを告げる合図のようだった。


鍋の湯気が静かに消えるころ、

空はすっかり明るくなっていた。

草原の上に漂う朝の空気は澄んでいて、どこか甘い。


スコルは食後の器を置き、立ち上がる。

「……片づけたら、訓練をするぞ」

「え、もう!?」

リーネが口を開けたまま固まる。

セリアが苦笑しながら頷いた。

「スコルさんの“休憩”は、短いですから」


「食ったら動け。寝ぼけたままじゃ、体が鈍る」

そう言ってスコルは、傍らに立てかけてあった斧を持ち上げた。

朝の光を受けて、刃の面が鈍く光る。


リーネは思わず息を飲んだ。

その刃先は、昨日よりもどこか柔らかい光を帯びているように見える。

「……今日の訓練、釘のですか?」

「そうだ。釘を扱うなら、まずは“重さ”に慣れろ」


少し離れた平地で、スコルは草を踏みしめながら立ち止まった。

「今日は釘の扱いを続ける。昨日の動きを体で覚えろ」

リーネは槌を取り出し、真剣な表情で頷いた。


スコルは腰の袋から鉄釘を数本取り出す。

「まず、打つ姿勢だ。

槌を振るう前に、体の芯を立てる。腰を抜くな」


リーネは槌を構える。

だが体がわずかに前に傾いた。

スコルが近づき、軽く腰を押す。

「下げろ。足を広げて、風を感じろ」

「……はい!」


草を踏みしめて、リーネは再び構え直した。

その動きに合わせて、セリアの風がふわりと流れる。

自然と呼吸が整い、肩の力が抜けていく。


「釘は“狙う”んじゃねぇ。“導く”んだ」

スコルの声が、低く静かに響いた。

「敵がどう動くか、どこへ流れるか――

そこへ釘を置く。叩き込むんじゃない。“止める”ために打つんだ」


リーネは息を詰め、草の上に視線を落とした。

イメージを描く。敵が走り抜ける道筋。その先に、自分の釘を。


「……やってみます」

槌を振り上げ、息を吐き、打ち出す。


カン――ッ。

金属音が空に弾け、釘が地面へ吸い込まれる。

姿勢はまだ硬いが、体の軸はぶれていない。


スコルが頷く。

「悪くねぇ。次は“戻し”だ。打ったあとの体の動きを止めるな」

「止めない?」

「斧もそうだ。止めた瞬間に死ぬ。

動きを続けることで、次の一手が生まれる」


スコルは自分の斧を軽く振ってみせた。

刃を振り下ろした瞬間、足の軸を変え、体を滑らせるように後退する。

一連の動作がまるでひとつの呼吸のように滑らかだった。


「“止まる”のは動きの中だ。槌も釘も、斧も同じだ」

「……すごい」


リーネはその動きをまねようとした。

カン――、カン――。

金属の音が、草原の静けさに重なる。

何度も失敗しながらも、少しずつ動きが柔らかくなっていく。


時間が経つにつれ、太陽は高く昇った。

額の汗が光り、空気が温かくなる。

セリアは二人の間で風を操り、釘の軌道をわずかに支援していた。

「リーネさん、右手が力みすぎています」

「うん、わかってるけど……っ、難しい!」

「力で抑えようとしないで。釘の重さを信じてください」

「なるほど……!」


その言葉のあと、リーネの槌がふっと軽く動いた。

カン――ッ。

釘がまっすぐ飛び、地面に正確に突き刺さる。


スコルが近づき、釘の角度を見下ろす。

「……いい。狙いの意識が変わったな」

「ほんとに!?」

「ああ。感覚を掴めば、あとは体が覚える」


リーネは息をつき、手に残る振動を確かめた。

「なんか……釘が生きてるみたいです」

「それでいい。道具は命を写すものだ。

使う者がどう生きてるかで、動きが変わる」


その言葉に、セリアも小さく頷いた。

「だから、スコルさんの斧はあんなに静かなんですね」

「……そう見えるなら、それでいい」

スコルは淡く笑い、斧の刃を光に透かした。


訓練は昼近くまで続いた。

太陽が真上に上がるころ、

リーネの腕は汗で濡れ、息も荒い。

釘は地面のあちこちに突き刺さり、

草の間で光っていた。


スコルが手を上げる。

「今日はここまでだ」

「えっ、もう少し――」

「もう“体”が覚えた。無理に続けると、逆に鈍る」


リーネは名残惜しそうに槌を下ろした。

手のひらには小さな豆ができている。

それを見たスコルが、短く笑う。

「初めてにしては上出来だ。

……それが戦いの証だ」


「えへへ……痛いけど、なんか嬉しいです」

「痛みを喜べるようになったら一人前だな」


セリアが布を差し出す。

「手、拭いてください。水もあります」

「ありがとう!」


スコルは斧を背にかけ、荷をまとめながら空を見上げた。

雲一つない青。

その光を受けて、草が揺れ、遠くの道がかすかに光っている。


「午後にはサーブルへ戻るぞ。

陽が沈む前に街門を越えたい」

「はい!」

「了解しました」


リーネは肩の槌を軽く担ぎ、セリアは水筒を手にする。

その後ろ姿を見ながら、スコルが小さく呟いた。

「……悪くねぇ朝だったな」


風が草を渡り、

三人の足跡をそっと消していく。


昼の光の中、釘が一つ、地面で光っていた。

それはリーネの成長を告げるように、

静かに、確かに輝いていた。

誤字脱字はご容赦ください。

時間を見つけて訂正していこうと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ