34話「戦い方」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
風が緩やかに吹いていた。
森の木々を抜けた先、丘の上に広がる草原。
青い空の下、視界の果てまで見渡せるその場所が、今日の訓練地だった。
「……ここにするか」
スコルが短く言う。
その声に、リーネが小さく息をつき、セリアも荷を下ろした。
「見晴らしがいいですね。魔物も寄りづらそうです」
「ああ。周囲の地形も悪くねぇ。――昼を取ったら始める」
スコルは言葉を終えると、焚き火の準備に取りかかった。
手際は早く、拾った枝を組み上げ、火打ち石を鳴らす。
カチリと音が響き、火花が散る。
やがて、乾いた草に火が移り、煙が静かに上がった。
リーネは息を整えながら、その様子を見つめていた。
森の中をずっと歩き続けてきたせいで、足元が少しふらつく。
セリアが横から水袋を差し出した。
「リーネさん、少し休んでください。息が上がってます」
「う、うん。ありがとう、セリアさん」
焚き火の香ばしい匂いに混じって、乾いた草の匂いが鼻をくすぐる。
スコルは荷の中から鍋を取り出し、水と肉、根菜を放り込んだ。
淡々とした手つきで、まるで慣れた儀式のように火の上に掛ける。
「……料理、できるんですね」
セリアの言葉に、スコルは手を止めずに答える。
「生きるために覚えた」
その短い返答に、リーネは苦笑いを漏らした。
「そりゃそうですよね……」
火が鍋の底を舐めるように揺れ、やがてぐつぐつと音を立て始めた。
肉の香りが漂い、二人の胃が同時に鳴る。
スコルはその音を無言で聞きながら、鍋の中身を皿に分けた。
「食え。冷めるぞ」
「は、はいっ!」
「ありがとうございます、スコルさん」
三人は火を囲み、静かに昼食を取る。
森を抜けてからようやく訪れた穏やかな時間――だが、
スコルの表情にはどこか緊張の残滓があった。
焚き火の音と風の音だけが響く中、スコルがぽつりと言った。
「……お前たち、それぞれ“できること”を言え」
突然の言葉に、リーネがパンを握ったまま固まる。
「で、できること……?」
「ああ。戦いは“できること”の積み重ねだ。お前らの力を知らなきゃ、俺も教えようがねぇ」
スコルは淡々とスープを飲みながら、ふたりを順に見た。
セリアが先に口を開く。
「私は、影の魔法を扱えます。敵の動きを鈍らせたり、闇で視界を覆ったり。支援と妨害が中心です」
「攻撃もできるのか」
「できますが、威力は低いです。魔力の消費が大きく、長時間の維持は難しいですね」
「なるほど」
スコルは短くうなずく。
目だけで次の相手――リーネへ視線を向けた。
「お前は?」
「わ、私ですか!? えっと……その……」
リーネはしどろもどろになりながらも、懸命に答えた。
「私は……近接戦が得意です。槌を使って、叩くのがメインで。……まだ当てるのが下手ですけど!」
セリアがくすっと笑いをこらえる。
スコルは特に表情を変えず、ただ頷いた。
「槌、ね。重い武器を扱えるのは悪くねぇ。筋力もある。……だが、技術が伴ってねぇ」
「うぅ……やっぱり」
「それを直すのが今日だ。動きを見て、直せるとこから直す」
「……はい!」
リーネは小さく拳を握る。
スコルは皿を置き、立ち上がった。
「食ったなら動くぞ。午後の日が沈む前に形を作る」
陽光が少し傾き始めた頃、三人は草原の中央に立っていた。
スコルが腕を組み、二人の立ち位置を確認する。
風が吹くたびに草が波のように揺れる。
「まずは体の動きを見る。セリア、お前は影の展開。リーネは槌の構えを見せろ」
「了解しました」
「は、はいっ!」
セリアが低く詠唱を始め、地面に黒い影が広がる。
その中心で、リーネは両手で槌を握りしめた。
スコルが顎で合図を送る。
「リーネ、打て。地を叩け。自分の“重さ”を感じろ」
「お、おおっけいです!」
リーネは体をひねり、腰を入れて槌を振り下ろした。
ゴッ、と鈍い音が響く。
地面の砂が跳ね、衝撃が腕に返る。
「止めろ。今のは押してる。力が逃げてる」
「押してる……?」
「槌は“落とす”もんだ。腕で押すと、力は地面に抜ける。腰を軸にして、腕は添えろ」
スコルは近づいて彼女の姿勢を直す。
背を押さえ、腰の角度を調整する。
リーネは少し緊張したように肩を上げた。
「こ、こうですか?」
「そうだ。呼吸を合わせろ。吸って、吐くと同時に落とす」
リーネが息を整える。
吸って――吐く。
ドンッ、と鈍い音。
地面に力強い跡が残った。
「……悪くない。今のが“打撃”だ。お前の槌は、重さよりも速さを活かせ」
「速さ……」
「力任せに叩くより、流れを作れ。戦場で止まる奴から死ぬ。振って、離脱。――それを覚えろ」
「は、はい!」
スコルは数歩下がり、今度はセリアへ視線を向けた。
「セリア。影の展開を維持しろ。リーネの動きに合わせて、形を変えてみろ」
「……了解しました」
セリアの声が静かに響く。
影が風に乗るように揺れ、リーネの足元を包む。
その闇の濃度が、徐々に変化していく。
「濃いな。味方の視界も奪う」
「……すみません。では、少し薄く」
「薄すぎると隠せねぇ。――均一じゃなくていい。足元は濃く、周囲は薄く。呼吸のように動かせ」
セリアの手が軽く震え、影が波打つ。
やがてその揺らぎが落ち着き、滑らかな動きへ変わった。
スコルがわずかに頷く。
「それでいい。お前の影は“生きてる”。意識しすぎるな。導け」
「導く……。なるほど、そういう感覚ですね」
「そうだ。お前の意志に影を合わせろ」
セリアは小さく笑い、汗をぬぐった。
影が柔らかく地に馴染み、リーネの輪郭をぼやかす。
「わ、わぁ……セリアさん、すごい!」
「ふふ、ありがとう。でも、まだ不安定です」
「今の連携でいい。リーネが動く、セリアが包む。役割を理解しろ。……それが“戦い方”だ」
スコルの声に、二人は息を揃えて頷いた。
それからしばらく、練習は続いた。
リーネは槌を振り下ろし、セリアは影の濃淡を調整する。
動きが合うたびに、スコルは小さく頷き、
ずれた瞬間には容赦なく声が飛ぶ。
そして数刻が過ぎたころ――。
「……今日はここまでだ」
スコルの言葉に、リーネが槌を肩に乗せて座り込む。
セリアも息を整えながら、地に腰を下ろした。
「リーネ。さっきより腕の振りはよかった。だが、肩で止めるな。流れを作れ」
「う、うん。もっと腰から……ですよね」
「そうだ。セリア、影の維持時間は伸びてる。制御も悪くねぇ」
「ありがとうございます」
風が吹き抜け、焚き火の残り火がぱちぱちと弾けた。
丘の向こうでは太陽が傾き、長い影が草原を横切る。
スコルは腕を組み、静かに二人を見つめた。
表情は変わらないが、どこか探るような目をしている。
その視線が、槌を磨くリーネの手元で止まった。
(……動きも形になってきた。だが、あいつ――)
指先の迷い。
リーネの手つきが、ほんの一瞬ためらった。
その細やかな仕草に、スコルの目が細まる。
(まだ何か隠してるな)
言葉にはしない。
ただ焚き火の音を聞きながら、静かに息を吐く。
「……休め。午後はここまでだ」
スコルが立ち上がる。
風が丘を渡り、遠くの木々を揺らした。
夕方の風が涼しくなり始めていた。
訓練を終えた三人は、丘の上の焚き火を囲んでいた。
赤く揺れる火が、草原の影をゆらりと伸ばす。
スコルは皿に残った干し肉を噛みながら、黙って炎を見つめていた。
リーネは隣で槌を磨き、セリアはノートに影の流れの記録を書き込んでいる。
風が吹き抜け、焚き火の煙が一瞬揺れた。
「……今日の訓練、ありがとうございました」
最初に口を開いたのはセリアだった。
丁寧に頭を下げると、スコルは軽く頷く。
「悪くなかった。影の濃淡も掴んできたな」
「ええ。リーネさんの動きが読めるようになってきました。合わせる呼吸も見えてきてます」
「そうか。お前らの連携なら、Eランクの魔獣なら十分に捌ける」
その言葉に、リーネの顔がぱっと明るくなった。
「ほ、本当ですか!? やったぁ……!」
「浮かれるな。体は“慣れたつもり”の時が一番鈍る」
「うっ……はい」
リーネが肩を落とすと、セリアが小さく笑った。
その笑いにはどこか安心が混じっていた。
今日のリーネは昨日までより、確実に“戦い方”を掴み始めている――そう感じていた。
焚き火の音だけがしばらく響いた。
だが、スコルの目は静かにリーネの手元を見ていた。
布で槌を拭くその動きに、わずかな違和感を覚える。
(……まだ何かあるな)
彼の感覚は、細かな“癖”を見逃さない。
訓練中からずっと感じていた、押し殺された“別の型”の残り香。
それがリーネの手の動きに滲んでいた。
「……リーネ」
「え? は、はい!」
突然呼ばれた名に、リーネはびくりと背筋を伸ばす。
セリアが顔を上げ、少しだけ目線で励ますように頷いた。
「お前……隠してることがあるな」
「……!」
リーネの手が止まる。
握っていた槌の布がくしゃりと音を立てた。
スコルは火越しに彼女を見据える。
その声は静かだが、逃げ場のない確信を含んでいた。
「訓練中、手の使い方が“叩く”じゃなかった。狙ってた。あれは打撃の型じゃねぇ。“打ち込む”感覚だった」
リーネは唇を噛みしめ、うつむいた。
隣のセリアが静かに息を吐く。
「……やっぱり、気づかれましたか」
スコルが目を細める。
その口調には少し驚きが混じった。
「セリア、お前も知ってたのか」
「ええ。リーネさんはずっと、釘を使う訓練をしていました。私も見てました」
スコルの視線がリーネに戻る。
リーネは観念したように顔を上げ、小さく頷いた。
「……釘、なんです。本当は、この槌は“殴るため”じゃなくて、釘を打つために持ってます」
「釘、ね」
スコルが短くつぶやく。
リーネは少し息を整え、言葉を続けた。
「釘に呪力を通して、地面や壁、影に“固定”することができるんです。動きを封じたり、呪力の流れを止めたり……そういう使い方を、訓練では試してました」
「なるほど。だからあの動きか」
スコルの声は落ち着いていた。
それを聞いて、リーネの肩が少し緩む。
けれど、すぐに再び視線を落とした。
「でも……使いこなせてないんです。狙いを外すと呪力が暴れて、釘が爆ぜたり……。前にセリアさんの近くで暴発して、危うく――」
「危なかったですね。でも、それも練習のうちです」
セリアがやわらかく言葉を挟む。
リーネの手に触れ、軽く握る。
「もう隠すことじゃないですよ」と、その仕草が語っていた。
リーネは小さく笑い、うなずいた。
「……はい。あのときから怖くなって、槌で殴る方ばっかり練習してました。でも、本当は釘を使えるようになりたい。ちゃんと、武器として」
スコルはしばらく黙っていた。
焚き火の火がぱちりと音を立てる。
その音に紛れるように、低く言葉が落ちた。
「……使え」
「え?」
「怖いなら、なおさら使え。避けたままじゃ武器にならねぇ。お前が避けてるのは、釘じゃなく“自分の失敗”だ」
「……!」
リーネの目が大きく見開かれる。
スコルの声は冷静だが、その奥に確かな熱があった。
「武器を制御できるのは使い手だけだ。お前が怖がるなら、使えるようにすればいい。制御は繰り返しでしか掴めねぇ。――明日から釘を使う訓練をする。逃げるな」
リーネは唇を噛んで、それでもまっすぐ頷いた。
「……わかりました。怖くても、ちゃんと向き合います。釘も……私の武器だから」
「それでいい」
スコルの声がわずかに柔らぐ。
焚き火の明かりの中で、その表情が一瞬だけ和らいだ。
リーネの胸の奥で、重く閉ざされていたものが少しだけ溶ける。
セリアが微笑み、そっと言った。
「次は、私が影でサポートします。釘を打つ位置を私の影で導けるように、あらかじめ印を作っておきますね」
「うん……! それなら、狙いがぶれにくいかも。ありがとう、セリアさん」
「お互いさまです。あなたが頑張ってるの、知ってますから」
ふたりのやり取りを聞きながら、スコルは立ち上がった。
空には群青の色が広がり、最初の星が滲み始めている。
「よし。じゃあ決まりだ。明日は“釘”を軸にした動きを叩き込む。構え方も変える。覚悟しとけ」
「は、はいっ!」
リーネの声が草原に響く。
その声は少し掠れていたが、どこか清々しかった。
セリアもその横で静かに頷く。
スコルは火の枝をつつきながら、ふと空を見上げた。
夜風が頬を撫で、遠くで虫の声が重なっていく。
(……あいつら、ようやく“自分”を出し始めたな)
火がぱちりと弾ける。
その音に合わせるように、スコルの口元がわずかに緩んだ。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




