29話「買い出し」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
朝の陽光が石畳を照らし、サーブルの街に活気が戻り始めていた。
露店の掛け声、焼き立てパンの匂い、荷車を引く馬の蹄の音。
どれもが、いつもと変わらないはずの光景。
――けれど、リーネとセリアにとっては、少し違って見えた。
「さて、どこから行こうか?」
リーネが腕を組みながらきょろきょろと通りを見渡す。
革職人の看板、薬草店の屋台、冒険者向けの露天が立ち並ぶ広場。
昨日まではただ通り過ぎるだけだったその場所が、今日は“必要なものを探す場所”に変わっていた。
セリアは手帳を開き、真剣な表情で項目を確認する。
「ミリアさんが言っていた“持ち物リスト”を見てみましょう。まずは……回復薬、包帯、保存食、水袋、火打石、携帯灯、そして――」
「うわ、いっぱいある……!」
リーネは思わず苦笑しながら覗き込んだ。
「こんなに持ってたら、荷物が重くならない?」
「でも、命を繋ぐための“重さ”なら、背負うべきです」
セリアの静かな言葉に、リーネは少し目を丸くした。
「……うん、そうだね。よし、まずはポーション屋さんから行こっか!」
「はい。確か、南通りに専門店がありましたね」
二人は人通りの多い商人街を抜け、木造の軒並ぶ細い通りへ入った。
軒先には乾燥させた薬草の束や、小瓶がずらりと並んでいる。
看板には大きく《アルネ薬舗》と書かれていた。
扉を開けると、薬草の香りがふわりと鼻をくすぐる。
棚の奥では白衣姿の老店主が瓶を磨いていた。
「いらっしゃい、冒険者さん。今日は何をお探しで?」
「回復用ポーションを……できれば“軽傷用”を三本と、“重傷用”を一本お願いします」
セリアが丁寧に注文を告げると、店主は少し驚いたように目を細めた。
「ほう……ちゃんと使い分けるつもりか。最近は“全部まとめて強いやつ”を買う新人が多いのに」
「いえ、私たち……昨日、それで痛い目を見たので」
セリアの言葉に、店主は小さく頷いた。
「なら、いい心がけだ。薬は頼りになるが、過信しちゃいけない。傷が浅いうちに使うことだ」
リーネは小瓶を手に取り、陽光にかざす。
淡い緑色の液体が、瓶の中でゆらゆらと光を反射していた。
「これが……命を繋ぐ一本かぁ」
「値段も命に見合ってるけどな」
店主が冗談めかして笑うと、リーネも苦笑いで銀貨を差し出した。
店を出ると、通りには人が増えていた。
パンを売る少年、鍛冶屋へ鉄塊を運ぶ男、旅人風の商人――
街が目を覚まし、いつもの日常が流れていく。
「次は包帯と保存食だね!」
「はい。道具屋のほうが早いかもしれません」
「じゃあ、あっち!」
リーネは張り切って通りの先を指差す。
その先にあるのは、《カッセル道具店》。
鍋から縄まで、何でもそろう街一番の雑貨屋だ。
扉を開けると、棚の上には整然と並んだ道具の山。
麻の袋、油紙、火打石、携帯ランタン……。
「うわぁ……こうして見ると、全部欲しくなっちゃう」
「だからこそ、必要なものを選ぶ目が大事なんですよ」
セリアが淡々と言いながら、包帯と小型ランタンを手に取る。
「この包帯は、薬草成分が塗ってあるので少し高価ですが、治りが早いです」
「じゃあ、それ二つ!」
「はい。あと、火打石と携帯灯は一組ずつですね」
リーネは頷き、財布の中を確認して小さく唸った。
「……結構減ってきたなぁ」
「でも、必要経費です。命あっての冒険ですから」
「うん……そうだね」
支払いを済ませ、二人は道具袋に品を詰めた。
リーネは袋の重さを確かめて、少し満足げに頷く。
「なんか、ちゃんと“冒険者っぽい”ね!」
「ええ。こうして一つひとつ揃えていくのも、大切な訓練です」
セリアは淡く微笑みながら、空を見上げた。
街の上には、初夏の柔らかな光が広がっている。
昨日の戦いの傷跡はまだ残っているけれど、心には確かな変化があった。
――「準備する」ことは、「恐れない」ための力。
そのことを、二人はようやく実感し始めていた。
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昼を過ぎ、街の通りにはパンと肉の香ばしい匂いが漂っていた。
石畳を歩く人々の間を縫うように、リーネとセリアはゆっくりと進む。
両手の袋の中には、朝から買い集めた備品の数々。
包帯、ポーション、保存食、そして新しい火打石。
荷物の重みが、どこか心地よく感じられる。
「……あと残ってるのは、防具と武器、だね」
「ええ。ブラント工房に寄っていきましょう」
セリアが柔らかく言うと、リーネの顔がぱっと明るくなった。
「あそこ! 久しぶりだね!」
二人が向かったのは、サーブルの西区にある《ブラント工房》。
厚い木扉と煤けた看板、そして炉から立ち上る煙が目印だ。
中に入ると、金属の焼ける匂いと、打ち鳴らされる鉄の音が迎えてくれる。
「いらっしゃい!」
カウンターの奥から顔を出したのは、短髪の職人ブラントだった。
腕まくりをした逞しい腕には煤がつき、目尻には笑い皺が刻まれている。
「お、リーネじゃねぇか。久しぶりだな。前の槌、まだ元気か?」
「う、うん……でも、ちょっとヒビが入っちゃって……」
リーネは気まずそうに笑いながら、背中の槌を差し出した。
ブラントは受け取ると、金槌で軽く叩きながら音を確かめる。
「ふむ……使い込みが早ぇな。けど悪くねぇ。ちゃんと仕事した音だ」
「そ、そうなの?」
「おう。まぁ、完全に直すより新しいのを作った方が早いな。だが、今は予備の槌を渡しておく」
そう言って、ブラントは棚から少し小ぶりな鉄槌を取り出した。
「これなら扱いやすい。重量も軽く、慣れるまでの練習用だ。銀貨五枚でどうだ?」
「えっと……お願いします!」
リーネが財布を取り出して銀貨を渡すと、ブラントはにやりと笑った。
「お前の目、前よりいい顔になってるな」
「え?」
「怖がってた頃の顔じゃねぇ。ちゃんと“戦う顔”してる」
リーネは思わず頬を赤くし、言葉に詰まった。
セリアが静かに微笑む。
「昨日の戦いで、少しだけ成長したんです」
「そうか。ならいい。だが――忘れるなよ、道具は相棒だ。手入れを怠れば命を落とす」
ブラントの声は冗談交じりだったが、奥底には確かな真剣さがあった。
「……うん、わかった!」
リーネは新しい槌を抱えるように受け取った。
その横で、セリアが静かに一冊の本を取り出す。
表紙は擦り切れ、角がほつれている。
「……その本、武器か?」
「はい。魔導書です。攻撃と防御、どちらも兼ねているんですが……最近、少し魔力の流れが乱れてきて」
ブラントは顎に手を当て、しばらく考え込む。
「うちで魔導具を扱うのは珍しいが……“魔力導紋板”なら在庫がある。補助装置として使えば安定するはずだ」
「魔力導紋板?」
セリアが小首を傾げると、ブラントは鉄板のようなものを取り出した。
表面には細かな紋様が彫り込まれており、触れるとほのかに青く光を帯びる。
「これは魔力の流れを整える“媒介”だ。直接魔導書に仕込めば、詠唱中の魔力暴走を防げる。扱いに慣れてるなら悪くねぇ選択だ」
「……使わせていただきます。おいくらでしょうか?」
「銀貨八枚だ。けっして安くねぇが、その分命は助かる」
セリアはわずかに迷ったが、すぐに頷いた。
「お願いします」
ブラントはにやりと笑い、手早く道具を包む。
「いい目してる。お前ら、ちゃんと冒険者になってきたな」
「ありがとうございます」
二人が工房を出る頃には、陽が傾き始めていた。
空は茜に染まり、鍛冶場の煙が黄金色に輝いている。
リーネは新しい槌を肩に担ぎ、笑みをこぼした。
「やっぱりブラントさん、かっこいいね。ああいう職人って、憧れるなぁ」
「ええ。あの人の言葉、一つひとつに重みがあります」
「私たちも、ああやって誰かに“信頼される冒険者”になれるといいね」
「……きっと、なれますよ」
二人の会話に重なるように、街の鐘が夕暮れを告げる。
石畳の上を歩く音が、ゆっくりと宿へと続いていった。
新しい装備、新しい決意。
“準備”とは、戦うための形だけではなく――
自分たちが“生きる”と決めた証そのものだった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




