2話「武器選び」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
ブラント工房の扉を押し開けた瞬間、熱気と鉄の匂いが鼻を刺した。
まるで空気そのものが、金属を打つ音に震えているみたいだった。
炉の中で燃え盛る炎が、赤橙の光を壁や天井に揺らめかせる。
その明滅が私の頬を照らし、少し眩しくて目を細めた。
「お? 嬢ちゃん、新顔だな」
金槌の音がぴたりと止まり、奥から現れた男が、煤で汚れた手をエプロンで拭いながら笑った。
腕は太く、皮膚は火に焼けて焦げ茶色。
だけどその目は驚くほど穏やかで、まるで金属の奥まで見透かすような優しさがあった。
「はい! 今日、ギルドに登録したばかりなんです。武器を探しに来ました!」
できるだけ明るく答える。
胸の鼓動はまだ速いけど、笑っていれば大丈夫――たぶん。
「そうか、初仕事の前に道具を整えるってわけだな。いい心がけだ」
男は豪快に笑い、煤のついた髭が揺れた。
「俺はブラント。この“ブラント工房”の鍛冶師だ。ヒルステンじゃ少しは知られた名前だぜ」
「リーネです! よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げると、ブラントは「はっは」と笑い、腰に手を当てて頷いた。
「で、嬢ちゃんの職業は?」
一瞬だけ迷う。
けれど、あのハルドさんのまっすぐな視線を思い出して、私はしっかりと答えた。
「カースメーカー、です!」
ブラントの眉がわずかに上がった。
「ほぉ、呪いを使う系統か。珍しいが、悪くねぇ。……だったらそうだな、いくつか見せてやろう」
棚のほうへ向かいながら、彼は大きな手でいくつかの道具を取り上げていく。
打ち金の音、革の軋む音、火花の弾ける音――それぞれがリズムを刻む。
工房の空気は熱いのに、妙に心地いい。
どこかで自分もこの音の一部になれるような、そんな気がした。
「一つ目、“釘と槌”。
打撃にも使えるし、刻印にも向いてる。呪具として扱うにはうってつけだ。
ただし、重い。腕の使い方を間違えると振り抜けねえ」
「ふむふむ……」
「二つ目、“鉄鎖”。
距離を取って敵を絡める。呪いを媒介させやすいが、扱いは難しい。
慣れないうちは自分の足を絡めるぞ」
「そ、それはちょっと怖いかも……」
「三つ目、“紐”。
軽くて扱いやすい。符を結んだり、仕掛けを張るには便利だ。
だが、直接の戦いには向かねえ。あくまで補助用だな」
棚の上で光るそれらの武具を見つめながら、私は息を呑んだ。
どれも手にすれば力が宿りそうで、同時に扱いを誤れば自分を縛るようにも見えた。
(“呪い”の力は、きっと扱う者の心の形を映す……そうハルドさんが言ってた。
なら、私は――どんな“形”を残したいんだろう)
ほんの短い沈黙。
けれどその間に、外の風の音まで聞こえた気がした。
そして私は、ゆっくりと顔を上げた。
「釘と槌にします!」
「……おお、決断が早いな。理由を聞いてもいいか?」
「“形に残る”のが好きなんです。
叩いたあとに、ちゃんと何かが残る感じ。
たとえそれが呪いでも、そこに“自分の証”を刻んでいける気がして」
ブラントはしばらく黙って私を見つめ、それからゆっくりと頷いた。
「いい目だ。呪いってのは見えねぇもんだが……そうやって“形”を意識する奴のほうが、上に行ける」
その声に、不思議な安心感があった。
私は頷き、笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます!」
「構えを見せてやる。肘を固めるな、力を下に落とすんだ」
ブラントは短い柄の槌を取り出して、手本を見せる。
振り下ろす動作は無駄がなく、まるで呼吸のように自然だった。
「こ、こうですか?」
「そう、それでいい。打つときは深呼吸して、焦らず叩け。
呪いでも金属でも、焦りは一番の敵だ」
槌の柄を握ると、ずっしりとした重みが掌に広がる。
その冷たさが、どこか心を落ち着かせた。
一度、深く息を吸って構えてみる。
――“ここからが始まり”という声が、心の奥で響いた気がした。
「それじゃ、これをください!」
「任せとけ。初めての武器だし、少し安くしといてやるよ」
笑うブラントに礼を言い、槌と釘袋を受け取る。
釘は鉄でも銀でもなく、青黒く光る特製合金。
光の角度によって、紫にも青にも見えた。
「ありがとうございました! 大事にします!」
「いい顔だ。気をつけて行けよ、リーネ」
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外に出ると、工房の熱気から解放された風が頬を撫でた。
青い空が広がっている。
遠くで鐘の音が鳴り、昼時を知らせていた。
私はギルドで受け取った依頼書を開く。
> 『薬草採取依頼:サンリーフ、ムーンブロッサム』
緑の葉と白い花。太陽と月のように対をなす草だと聞いた。
採取数は十束ずつ。丘のふもとに群生しているらしい。
「よしっ!」
軽く気合を入れて歩き出す。
その途中――
「きゃっ!」
角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。
紙束が宙を舞い、数枚が陽光を反射してひらひらと舞い落ちる。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いえ……こちらこそ」
その声は透明で、少し響くように澄んでいた。
金色の髪が陽に光り、淡い青の瞳がこちらを見つめる。
一瞬、時が止まった気がした。
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
互いに小さく会釈をして、それぞれの道へ。
名前も知らない。けれど、胸の奥に何かが静かに残った。
(……綺麗な人だったな)
そんなことを呟きながら、私は再び歩き出した。
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サーブル南門。
街を囲む灰色の石壁の下、数人の門兵が外出者の手続きをしている。
鉄製の鎧が光を弾き、鎖の音が小気味よく響く。
「お嬢さん、ギルドのカードを見せてくれ」
「はいっ!」
差し出したカードは鉄製。登録したばかりのHランクを示す。
門兵はそれを確認し、少し口角を上げた。
「初仕事か。森には浅く入れよ? 日が傾く前に戻るんだぞ」
「はい、ありがとうございます!」
「それと……危険を感じたらすぐ引き返せ。
命を落としても報酬はもらえんからな」
「……わかってます」
笑顔で返しながらも、心の中では冷静にその言葉を反芻した。
(無理はしない。見極める。それが最初の“仕事”だ)
門を抜けると、空気が一変した。
街の喧騒が遠ざかり、風が草を撫でる音が広がる。
土の匂いと、緑の湿った香り。
遠くには丘陵が広がり、そこにサンリーフとムーンブロッサムが群れている。
私は一歩ずつ、街道を踏みしめる。
靴底に伝わる感触が確かで、少し心強い。
「よし……行こう」
小さく呟いた声が風に溶ける。
明るく笑って、風を受けて――初めての冒険が始まった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




