27話「報告」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
風の音だけが、丘陵に残っていた。
地面には、ロックハウンドの死骸が八体。鉄のような血の臭気が鼻を刺す。
リーネは深く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐いた。
握りしめていた槌が、かすかに震えている。戦いの余韻――まだ手が、恐怖と興奮の境目で冷たかった。
スコルは、腰のポーチから一本の小瓶を取り出した。淡い青光を帯びた液体が、揺らめく陽光を反射する。
瓶の口を開け、一気に喉へ流し込む。
「……ちっ、やっぱり沁みやがる」
低く吐き捨てながら、スコルは腕の裂傷を軽く振ってみせた。傷口からわずかに蒸気が上がり、血が止まっていく。
リーネは地面に転がったロックハウンドの死骸を見つめた。
どの体も核を取り出された痕があり、焼け焦げた毛皮の下からは筋肉が露わになっている。
「……これ、持って帰るんですよね?」
セリアが頷いた。
「はい。ギルドの規定では、死骸も回収対象です。素材になる部分が多いですから」
「なるほど……でも、重そうだなあ」
リーネが額の汗を拭いながら呟くと、スコルが低く笑った。
「言ってろ。お前らが持てるのはせいぜい一匹分だ。残りは俺がやる」
「え、そ、そんな!」
「無理すんな。足手まといになるだけだ」
「むぅ……」
リーネは唇を尖らせたが、言い返せなかった。
それでも――彼女の目の奥には、どこか悔しさと、そして確かな決意が宿っていた。
スコルは手早く死骸をまとめ始めた。縄で脚を縛り、引きずりやすいように一つひとつを並べる。
リーネとセリアはその手際の良さに見入っていた。
「……慣れてるんですね」
「仕事だからな。素材も金になる。放っておくほうがもったいねぇ」
淡々と答えながら、スコルは最後の縄を結んだ。
「よし、荷台のとこまで運ぶぞ」
三人は協力して、丘のふもとに停めていた木製の荷台へと死骸を引きずった。
ロックハウンドは一体あたり軽く百キロはある。
リーネは歯を食いしばりながら腕に力を込めた。
「……っ、重い……!」
「リーネさん、腰に気をつけてください」
「だいじょ、ぶっ……!」
額に汗がにじみ、息が荒くなる。だが彼女は止まらなかった。
自分たちで倒した証を、自分たちの手で運びたかった。
ようやく荷台の上に最後の一体を乗せ終えたとき、リーネはその場にへたり込んだ。
「……やっと、終わった……」
セリアが小さく笑いながら、布でリーネの額の汗を拭った。
「よく頑張りましたね」
「えへへ……ありがと」
スコルは荷台の横で、短く息を吐いた。
「まったく、元気なもんだな」
「そりゃもう、倒したんですから!」
胸を張るリーネに、スコルは呆れたように肩をすくめる。
「討伐ってのは、倒したあとが本番だ。運搬、報告、後処理。どれも仕事のうちだ」
「……そうなんですね」
リーネは少しだけ真顔になって、槌の柄を握り直した。
草の匂いと血の匂いが混ざり合う中、荷台を引く車輪の音がゆっくりと響き始める。
三人は丘陵を離れ、街道へと戻っていった。
陽はすでに傾き始めていた。
草原の向こうに広がる空は、茜色から紫へと変わりつつある。
リーネは振り返り、遠くの丘を見た。そこにはまだ、黒い煙がうっすらと立ちのぼっていた。
「……セリアさん」
「はい?」
「また、ああいう戦いがあるんだよね」
セリアは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから静かに頷いた。
「ええ。でも、そのたびに私たちは――少しずつ強くなれるはずです」
「……うん」
リーネは小さく笑って、前を向いた。
スコルが先頭で歩きながら、ぽつりと呟いた。
「……生き残ったんだ。まずはそれで十分だろ」
リーネは思わず顔を上げた。
「それって、褒めてくれてる?」
スコルは無言のまま、前を向いて歩き続けた。
その背中に、リーネは小さく笑みを浮かべた。
草原を渡る風が、三人の影を長く伸ばす。
沈みゆく夕陽の中、街へと続く道は、黄金色に輝いていた。
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サーブルの街門が見えてきたころには、すっかり夜の帳が下りていた。
街灯の灯りが、長く伸びる三人の影を照らしている。
荷台の上には、ロックハウンドの死骸が八体。すでに乾いた血の匂いが、夜気に溶けていた。
リーネは腕をさすりながら、ほっと息をつく。
「……つ、着いたぁ……もう、腕が取れそう」
セリアも苦笑しながら頷いた。
「でも、ここまでちゃんと運べたのはすごいですよ。途中で倒れなくて何よりです」
「うぅ……褒められてる気がしない……」
そんな二人のやり取りを横目に、スコルは黙って荷台を押しながら門をくぐった。
夜のサーブルは静かだった。露店はほとんど片付けられ、通りを歩くのは衛兵と酔客くらい。
三人はそのまま、ギルドの灯りを目指した。
木製の扉を押し開けると、温かい光と賑やかな声が迎えてくれた。
「おかえりなさい! ……って、うわっ!? その荷台……!」
受付の奥から、ミリアが目を丸くして駆け寄ってくる。
「ロックハウンド……しかも八体!? 本当にやったんですか!?」
「はい。報告に来ました」
セリアが丁寧に頭を下げると、ミリアは慌ててカウンターの内側へ戻った。
「えっと、えっと……依頼内容を確認しますね!」
慣れた手つきで帳簿を開き、インク壺に羽ペンを浸す。
その背後で、ハルドが黙々と別の書類を仕分けしていた。
スコルは無言のままカウンターにもたれかかり、腕を組む。
数分後、ミリアが顔を上げた。
「確かに確認できました。《ロックハウンド討伐》、Eランク依頼扱いです。……でもスコルさん、珍しいですね」
「……何がだ」
「いつもは剥ぎ取りも素材の確認も、自分でやってから来るのに。今日は“核”以外、ほとんどそのままじゃないですか」
スコルの眉がわずかに動く。
「素材はこいつらの報酬分だ。口出しすんな」
淡々とした声。
しかし、その裏にはどこか――配慮のような静かな響きがあった。
ミリアは驚いたように瞬きをしてから、柔らかく微笑んだ。
「……なるほど。そういうことですね。じゃあ、確認して処理しておきます」
リーネは首をかしげたまま、そっとセリアの袖を引いた。
「ねぇ、“そういうこと”ってどういうこと?」
セリアは小さく笑って答えた。
「素材を私たちに譲ってくれたんですよ。たぶん、手柄を分け合うっていうより……“経験を渡した”んです」
「……なんか、ちょっとかっこいいね」
リーネの声に、スコルは何も言わなかった。
ただ、無言で書類に指を押し、受領印を残した。
ミリアが小袋を二つ取り出し、カウンターに置く。
「こちらが討伐報酬です。核と死骸の分を合わせて、計銀貨十五枚です」
「……十分だ」
スコルは短く答え、袋を片手に持ち上げた。
リーネとセリアも受け取ると、自然と三人の視線が交わる。
「今日は助かりました。スコルさんがいなかったら、たぶん……」
リーネが言いかけると、スコルは手を上げて制した。
「礼はいい。……俺は俺の依頼をこなしただけだ」
「でも――」
「次は、自分らでやれ」
それだけ言って、スコルは踵を返した。
「……あっ! ちょ、ちょっと!」
リーネが慌てて声を上げる。
スコルが振り返ると、彼女は少し息を弾ませながら続けた。
「ま、また、連れて行ってもらいますからね!」
スコルの眉がわずかに動き、ほんの一瞬だけ口の端が吊り上がった。
「……その時は足を引っ張るな」
「えへへ、約束ですよ!」
軽い笑みが交わされ、再び扉が閉まる。
ギルドの扉が閉まると、外の冷たい風が一瞬だけ吹き込んだ。
その背中を見送りながら、リーネはぽつりと呟く。
「……不器用だなぁ」
「でも、優しい人ですよ」
セリアの言葉に、リーネは小さく笑う。
二人は報酬の袋を見つめ合った。
中の銀貨が、微かに鳴った。
それは、恐怖の中で掴んだ“冒険者としての初めての報酬”。
「……次は、自分たちの力で、だね」
「ええ。きっと、そうです」
ギルドの外は、夜の静けさが広がっていた。
遠くの灯がゆらめき、風が優しく二人の髪を揺らす。
それはまるで、まだ見ぬ明日へと誘うかのようだった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




