26話「戦闘開始」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
草原を渡る風が、一瞬だけ止まった。
空気が張り詰める。鳥の鳴き声も、虫の音も、消えていた。
スコルは立ち止まり、斧の柄を握り直した。
「……来るぞ」
その一言と同時に、丘の影から低い唸り声が響いた。
黒褐色の毛並み、獣じみた光沢を放つ瞳。
――ロックハウンド。岩のように硬い皮膚を持つ中型魔獣。
「五匹、ですね……」
セリアが本を開きながら呟いた。風にめくれるページを、指先で押さえる。
スコルは顎で前方を指す。
「三匹は俺がやる。残り二匹、任せる」
「了解!」
リーネは槌を構え、前に出た。
セリアは少し後ろに下がり、詠唱の準備を始める。
最初に動いたのは、魔獣だった。
群れの一匹が咆哮を上げ、地を蹴る。
土が弾け、草が裂ける。
「っ……来る!」
リーネは反射的に前へ飛び出し、槌を振り抜いた。
金属が風を切り、ロックハウンドの牙を受け止める。
鈍い衝撃が腕に走る。
「ぐっ……! 重っ……!」
地面を踏みしめ、体勢を立て直す。
魔獣の力は想像以上だった。
腕が痺れ、槌の柄が軋む。
「――闇よ、影を刻め」
背後から、セリアの声が響いた。
魔導書のページが淡く光り、地面の影が蠢く。
黒い鎖のような影が走り、ロックハウンドの足元を縛る。
「今です、リーネさん!」
「うんっ!」
リーネは踏み込み、縛られた魔獣の頭を狙って槌を振り下ろした。
鈍い音。火花。
硬い毛皮が砕け、地面にひびが走る。
ロックハウンドが低く呻き、動かなくなった。
「やった……!」
息を整える間もなく、二匹目が横から突っ込んできた。
「リーネさん、下がって!」
セリアの叫びと同時に、影の波が地を這う。
黒い手のような影が魔獣の足を掴み、軌道をわずかに逸らす。
牙がリーネの頬をかすめ、血の線が走った。
「くっ……!」
セリアの額にも汗が浮かぶ。
「魔力の流れ……乱れてる。落ち着いて……」
小声で自分に言い聞かせながら、本を開く手を震わせないようにする。
その隣では、スコルが別の三匹と渡り合っていた。
戦斧を振るうたびに、風圧が草を薙ぎ払う。
鉄と肉のぶつかる音。
斧が閃き、血飛沫が陽光の中に散った。
「来るならまとめて来い!」
低く唸るような声とともに、スコルは足を滑らせるようにして一歩前へ。
踏み込みと同時に、戦斧が地面ごと叩き割った。
轟音。
土煙が舞い、ロックハウンドが一体吹き飛ぶ。
残る二匹が一瞬ひるんだ。
スコルは振り返りざま、短く叫ぶ。
「お前ら、後ろ気を抜くな!」
「了解!」
リーネが頷き、槌を構え直す。
息が荒く、腕が重い。だが、足は止めない。
「影よ、線を描け――結べ」
セリアの声が再び響く。
魔導書の上に黒い光の紋が浮かび、地面に幾何学模様が広がる。
その線がリーネの足元まで伸び、影が彼女を包み込んだ。
「これで……!」
リーネの影が一瞬、深く沈んだかと思うと――
次の瞬間、槌に黒い輝きが宿った。
「はぁぁっ!」
リーネの叫びと同時に、槌が唸りを上げて振り抜かれる。
影の力を纏った一撃が、ロックハウンドの頭部を直撃。
硬い毛皮ごと、地面に叩き伏せた。
土煙が上がり、静寂が戻る。
「……ふぅっ!」
リーネは膝に手をついて息を整えた。
「やった、倒した……!」
セリアもほっとしたように胸に手を当てる。
だが、油断は許されなかった。
スコルの方では、まだ二匹のロックハウンドが残っている。
それも、先ほどより明らかに凶暴さを増していた。
「離れるな!」
スコルが声を張り上げた瞬間、右の獣が大きく跳躍した。
空気が裂ける。
スコルはその牙を紙一重で避け、戦斧を横に薙ぐ。
「ギャゥッ!」
悲鳴のような鳴き声が響くが、もう一匹が背後から襲いかかる。
「スコルさん!」
リーネの叫びが響いた。
「下がるな、構えろ!」
彼の怒鳴り声に反射的に槌を構える。
直後、別のロックハウンドがリーネの前に飛び出した。
「来い……!」
リーネは息を呑み、槌を振り上げた――。
---
草原を渡る風が、一瞬だけ止まった。
空気が張り詰める。鳥の鳴き声も、虫の音も、消えていた。
スコルは立ち止まり、斧の柄を握り直した。
「……来るぞ」
その一言と同時に、丘の影から低い唸り声が響いた。
黒褐色の毛並み、獣じみた光沢を放つ瞳。
――ロックハウンド。岩のように硬い皮膚を持つ中型魔獣。
「五匹、ですね……」
セリアが本を開きながら呟いた。風にめくれるページを、指先で押さえる。
スコルは顎で前方を指す。
「三匹は俺がやる。残り二匹、任せる」
「了解!」
リーネは槌を構え、前に出た。
セリアは少し後ろに下がり、詠唱の準備を始める。
最初に動いたのは、魔獣だった。
群れの一匹が咆哮を上げ、地を蹴る。
土が弾け、草が裂ける。
「っ……来る!」
リーネは反射的に前へ飛び出し、槌を振り抜いた。
金属が風を切り、ロックハウンドの牙を受け止める。
鈍い衝撃が腕に走る。
「ぐっ……! 重っ……!」
地面を踏みしめ、体勢を立て直す。
魔獣の力は想像以上だった。
腕が痺れ、槌の柄が軋む。
「――闇よ、影を刻め」
背後から、セリアの声が響いた。
魔導書のページが淡く光り、地面の影が蠢く。
黒い鎖のような影が走り、ロックハウンドの足元を縛る。
「今です、リーネさん!」
「うんっ!」
リーネは踏み込み、縛られた魔獣の頭を狙って槌を振り下ろした。
鈍い音。火花。
硬い毛皮が砕け、地面にひびが走る。
ロックハウンドが低く呻き、動かなくなった。
「やった……!」
息を整える間もなく、二匹目が横から突っ込んできた。
「リーネさん、下がって!」
セリアの叫びと同時に、影の波が地を這う。
黒い手のような影が魔獣の足を掴み、軌道をわずかに逸らす。
牙がリーネの頬をかすめ、血の線が走った。
「くっ……!」
セリアの額にも汗が浮かぶ。
「魔力の流れ……乱れてる。落ち着いて……」
小声で自分に言い聞かせながら、本を開く手を震わせないようにする。
その隣では、スコルが別の三匹と渡り合っていた。
戦斧を振るうたびに、風圧が草を薙ぎ払う。
鉄と肉のぶつかる音。
斧が閃き、血飛沫が陽光の中に散った。
「来るならまとめて来い!」
低く唸るような声とともに、スコルは足を滑らせるようにして一歩前へ。
踏み込みと同時に、戦斧が地面ごと叩き割った。
轟音。
土煙が舞い、ロックハウンドが一体吹き飛ぶ。
残る二匹が一瞬ひるんだ。
スコルは振り返りざま、短く叫ぶ。
「お前ら、後ろ気を抜くな!」
「了解!」
リーネが頷き、槌を構え直す。
息が荒く、腕が重い。だが、足は止めない。
「影よ、線を描け――結べ」
セリアの声が再び響く。
魔導書の上に黒い光の紋が浮かび、地面に幾何学模様が広がる。
その線がリーネの足元まで伸び、影が彼女を包み込んだ。
「これで……!」
リーネの影が一瞬、深く沈んだかと思うと――
次の瞬間、槌に黒い輝きが宿った。
「はぁぁっ!」
リーネの叫びと同時に、槌が唸りを上げて振り抜かれる。
影の力を纏った一撃が、ロックハウンドの頭部を直撃。
硬い毛皮ごと、地面に叩き伏せた。
土煙が上がり、静寂が戻る。
「……ふぅっ!」
リーネは膝に手をついて息を整えた。
「やった、倒した……!」
セリアもほっとしたように胸に手を当てる。
だが、油断は許されなかった。
スコルの方では、まだ二匹のロックハウンドが残っている。
それも、先ほどより明らかに凶暴さを増していた。
「離れるな!」
スコルが声を張り上げた瞬間、右の獣が大きく跳躍した。
空気が裂ける。
スコルはその牙を紙一重で避け、戦斧を横に薙ぐ。
「ギャゥッ!」
悲鳴のような鳴き声が響くが、もう一匹が背後から襲いかかる。
「スコルさん!」
リーネの叫びが響いた。
「下がるな、構えろ!」
彼の怒鳴り声に反射的に槌を構える。
直後、別のロックハウンドがリーネの前に飛び出した。
「来い……!」
リーネは息を呑み、槌を振り上げた――。
---
「はぁ、はぁ……っ!」
リーネは肩で息をしながら、槌の柄を強く握り締めた。
腕が震えている。指の感覚がもう曖昧だった。
それでも、視線は前――牙を剥く魔獣の瞳から逸らさない。
対峙する一匹のロックハウンドが、地を蹴った。
低い体勢のまま、滑るような速さで距離を詰めてくる。
リーネは本能的に後ろへ跳び退いた。
その足元を、土と砂利が弾け飛ぶ。
「セリア!」
呼ぶ声に応じて、すぐさま詠唱が響く。
「――影よ、形を結びて障壁となれ!」
黒い線が地面を走り、リーネの前に薄膜のような影が立ち上がった。
ロックハウンドが衝突し、鈍い音を立てて跳ね返される。
その隙に、リーネは息を整えた。
「今だ!」
スコルの怒声。
リーネは迷わず前に飛び出した。
槌を両手で構え、頭上から叩きつける。
大地が鳴り、骨が砕ける感触が腕を通じて伝わった。
魔獣が悲鳴を上げ、動かなくなる。
「……や、やった……!」
息を切らしながら見下ろすリーネの背中を、スコルが見ていた。
斧を肩に担ぎ、短く吐き捨てる。
「力は悪くねぇ。ただし、次は狙いを冷静につけろ」
「は、はいっ……!」
スコルの方も、残り二匹のロックハウンドをすでに沈めていた。
その戦いぶりはまさに豪快で、無駄がない。
力任せに見えて、斧の軌道は一撃ごとに正確だった。
しばしの静寂が訪れる。
風が再び吹き抜け、血と鉄の匂いを運んでいった。
戦場に残るのは、息を荒げる三人の音だけ。
「……終わった、の?」
リーネの声は震えていた。
セリアが頷く。
「はい。……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。ちょっと……腕が、重くて……」
リーネはへたり込みそうになりながら、槌を支えた。
スコルは彼女たちの様子を見て、ふっと息をついた。
「よくやったな。初めての割に、無茶はしてねぇ」
「……ほめてる?」
「まさか。叱る気力が残ってねぇだけだ」
わずかに口元を緩めるスコルに、リーネとセリアも笑みをこぼした。
その瞬間――。
――草むらの奥で、乾いた音がした。
「っ……!」
スコルが反射的に振り向く。
風に乗って、低い唸り声が複数重なる。
「まだいたの……!?」
セリアの声が震えた。
丘の陰から、三匹のロックハウンドが姿を現した。
さっきまでの群れよりも一回り大きい。
血に飢えたように瞳が赤く光り、唸り声が地面を震わせる。
「まずい、魔力が――!」
セリアが詠唱しようとするが、疲労で魔力の流れが乱れている。
リーネも立ち上がるのがやっとだった。
スコルが一歩、前に出る。
「下がってろ」
その声には、迷いも焦りもなかった。
「スコルさん!?」
リーネが叫ぶが、彼は応えない。
戦斧を地面に叩きつけるように構えた。
ロックハウンド三匹が同時に突進する。
咆哮と風圧がぶつかり、草原が震える。
「スコルさんっ!」
リーネの声が届くよりも早く――スコルが動いた。
「――《戦狂の息吹》」
低く唸るような声とともに、彼の体から淡い赤光が立ち上がった。
空気が震え、熱が周囲を満たす。
筋肉が膨張し、視線の鋭さが変わる。
一歩。
ただの一歩で、距離が消えた。
最初の一匹が牙を剥いた瞬間、斧が閃いた。
音すら遅れて響く。
首が飛び、獣の体が地に落ちる。
二匹目が横から飛びかかる。
スコルは回避もせず、肩で受け止めた。
肉が裂ける音。血が散る。
だが、彼は怯まない。
「遅ぇ!」
怒号とともに、逆袈裟に斧が振り上げられる。
骨を砕く音が響き、魔獣の体が吹き飛んだ。
最後の一匹が、吠えながら跳躍する。
スコルはそれを見上げ――低く笑った。
「悪くねぇ、だが軽い」
足元の地を強く踏み込み、跳躍。
重力を無視したような勢いで宙を舞い、斧を振り下ろす。
轟音。
地面が割れ、土煙が一帯に広がった。
音が消える。
その中心に、ただひとりスコルが立っていた。
足元には、三匹のロックハウンドが倒れている。
動かない。息もない。
風が吹き抜け、血の匂いを運ぶ。
「……終わった、か」
スコルが斧を地面に突き立て、息を吐いた。
その姿を、リーネとセリアは言葉もなく見つめていた。
リーネが、ようやく震える声で尋ねた。
「スコルさん……いまの、何を……?」
「スキルだ。筋力と集中力を一時的に限界まで引き上げる。代わりに、体が少しもたねぇ」
淡々と答えるスコルの口調は、あくまで冷静だった。
そのまま彼は斧を腰に下げ、膝をついた。
そして、最初に仕留めたロックハウンドの死体へと手を伸ばす。
刃の先で毛皮を割き、胸部の奥――黒い瘤のようなものを器用に抉り出した。
「な、なにそれ……!」
リーネが思わず声を上げた。
セリアも目を見張り、思わず一歩後ずさる。
スコルは血のついた手でそれを持ち上げた。
小さく脈打つように淡い光を放つそれは、宝石のようでいてどこか生々しい。
「“核”だ。魔獣の魔力の結晶。素材にも、調査にも使える。
売れば、それなりの金になる」
「……じゃあ、その……それ以外の部分は?」
リーネが恐る恐る尋ねた。
スコルは短く息を吐き、死骸に視線を落とす。
「皮は防具屋、牙と爪は武具職人の素材になる。
肉は……魔獣の種類によるが、こいつは毒持ちだ。食えねぇ」
「そ、そうなんだ……」
リーネは複雑な顔をして呟いた。
生き物の命を奪うという現実が、ようやく胸に重くのしかかる。
セリアが静かに言葉を添える。
「けれど、それがこの世界の“循環”なんでしょうね。奪った命を、次へ繋ぐ……」
スコルは何も言わず、核を布に包み、腰の袋へとしまった。
「覚えとけ。命懸けの仕事だ。せめて、拾えるもんは拾っとけ」
リーネは何も言えず、ただその背中を見つめていた。
戦いの熱がまだ地面に残っている。
それでも、彼の動きは一切ぶれない。
やがてスコルが立ち上がる。
「戻るぞ」
それだけ言って、斧を担ぎ直した。
リーネとセリアも静かに頷き、その背を追った。
彼の歩いた跡に、土と血の匂いが残る。
その匂いが――“現実”を教えてくれているようだった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




