25話「冒険」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
翌朝。
昇格から一夜明けた空は、どこまでも澄み切っていた。
ギルドの扉を押し開けた瞬間、冷えた朝の空気と、忙しげな冒険者たちのざわめきが押し寄せてくる。
木の床を踏みしめる音、依頼書をめくる音――そのどれもが、これから始まる新しい一日を告げていた。
「……今日も人が多いですね」
セリアがそう呟く。
昨日の余韻がまだ残る中、私たちは受付の前まで進んだ。
カウンターの奥ではリスティアが書類を整えており、視線を上げて微笑んだ。
「おはようございます。昨日はゆっくり休めましたか?」
「はい、なんとか。今日は依頼を受けに来ました」
「いい心がけですね。ただ――」
彼女は少しだけ表情を引き締め、掲示板の方を指差した。
「今日は“討伐依頼”が多いですが、Fランクの方が単独で受けられるのは“採取”や“運搬”の簡単な依頼までです。討伐はEランク以上、もしくはEランク以上の同行が必要になります」
「……やっぱり、そうですよね」
昨日の昇格で少し浮かれていた私の心が、現実に引き戻される。
セリアも頷きながら言葉を続けた。
「ですが、せっかくなら次の段階に挑みたいですね。討伐の経験を積むのも大切ですし」
「うん……だけど、同行してくれるEランクの人なんて――」
言いかけて、私は自然と周囲を見回していた。
朝のギルドには、すでに何人もの冒険者が出入りしている。
武器を整える者、依頼を交渉している者。
その中に――見覚えのある背中を見つけた。
「……スコルさん」
無骨な背中に声をかけると、男は振り向いた。
無精ひげを撫でながら、こちらを半眼で見下ろしてくる。
「なんだ、見覚えのある顔だと思ったら。……お前ら、また来たのか」
その声には皮肉っぽさが混じっているけれど、どこか穏やかでもある。
「スコルさん、今日はどんな依頼を?」
「北街道の《ロックハウンド》討伐だ。群れの動きが活発になってるらしい」
短く答えながら、手にした依頼書を見せてくる。
私は一瞬だけためらったけれど――覚悟を決めて言った。
「……スコルさん。その依頼に、同行させてください」
「は?」
「私たち、まだFランクで……討伐依頼を単独で受けることはできません。でも、実戦を経験したいんです」
スコルの眉がぴくりと動く。
「……言っとくが、あの“グリスウルフ”は偶然の産物だ。あんなのをもう一度やれると思うな」
「わかってます。でも、あの時……もう少し強くなれたら、誰かを助けられたかもしれないって、ずっと思ってて」
真っすぐに言葉を返すと、彼はわずかに目を細めた。
数秒の沈黙。
やがてスコルは、ふっと息をついて肩をすくめた。
「……勝手にしろ。ただし、俺の足を引っ張るようなら置いてく」
「覚悟してます」
「ふん、そうかよ」
セリアが小さく笑った。
「やっぱり、スコルさんは優しいですね」
「誰が優しいって?」
「いいえ、なんでも」
「まったく……口の減らねぇやつらだ」
そう言いつつも、スコルの口元にはうっすら笑みが浮かんでいた。
リスティアがカウンター越しに確認を取る。
「では、三名で《ロックハウンド》討伐の依頼を受注ですね。危険度はE。目標は北街道第三峠周辺、現地での確認をお願いします」
「了解」
スコルが短く答え、受注印を押す。
その金属音が響いた瞬間、私の胸がわずかに高鳴った。
---
街を出て、風が肌を撫でた。
朝の光はやわらかく、サーブルの屋根並みを黄金色に染めている。
石畳の街道を抜けると、眼前には緩やかな丘と、遠くまで続く草原が広がっていた。
リーネは胸いっぱいに空気を吸い込んで、両腕を大きく広げた。
「わぁ……! やっと“冒険者っぽい”景色って感じ!」
頬を赤らめて弾んだ声をあげると、スコルが前を歩きながらちらりと振り返った。
「はしゃぐな、足元見て歩け」
ぶっきらぼうな声音だったが、その背中にはどこか頼もしさもあった。
リーネは少し口を尖らせながらも、苦笑する。
「討伐のために外に出るのは初めてなんだよ!」
「初めてで浮かれてんのか」
スコルが肩越しに吐き捨てるように言うと、リーネは「むぅ」と頬を膨らませた。
その横で、セリアが小さく笑う。
「でも、わかりますよ。こうして街道を歩くの、ちょっと特別な感じがします」
「ほら、セリアさんもそう言ってる!」
リーネが嬉しそうに振り返ると、スコルはため息をついた。
「女二人で遠足気分かよ……勘弁してくれ」
「そんなこと言わないでよ。スコルさんだって、最初に外に出たときはワクワクしたんじゃない?」
「覚えちゃいねぇな」
「えー、つまんない!」
スコルはそれ以上何も言わず、前方の地平線に目をやった。
空には淡い雲が流れ、風が草を揺らしてざわめく。
その音だけが、三人の間にしばしの静けさをもたらしていた。
---
しばらく歩いたあと、セリアがふと口を開いた。
「……スコルさんは、どうして冒険者になったんですか?」
その問いに、スコルは少しだけ眉をひそめる。
「なんだ、急に」
「いえ……気になって。リーネさんは“世界を見たい”って言ってましたけど、スコルさんは?」
「そんな大層な理由じゃねぇ」
スコルは無造作に斧の柄を叩きながら言った。
「俺はただ、戦ってると落ち着くんだよ。戦いが好きなだけさ」
それだけ言うと、また無言のまま歩き出す。
セリアは小さく首を傾げた。
「好きなだけ……ですか」
「理由なんてそんなもんで十分だ。生きるためにやってる奴もいりゃ、死ぬために戦う奴もいる」
「……スコルさんは、どっちなんですか?」
短い沈黙。
風が一度だけ強く吹いて、スコルの髪を乱した。
「さてな。まだ決めちゃいねぇ」
そう言って笑うその横顔は、どこか遠くを見ているようで――
セリアは言葉を飲み込んだ。
リーネがその空気を打ち消すように、元気よく声を上げた。
「私はね、世界を見て回って、強くなって、それで……ちゃんと胸を張って“冒険者だ!”って言えるようになりたいの!」
その明るさに、セリアが思わず笑みを漏らす。
「リーネさんらしいですね」
「でしょ!」
スコルが鼻で笑う。
「ガキみてぇな夢だ」
「夢って言われても、夢だもん!」
「はぁ……手のかかる奴だ」
そう言いつつも、スコルの口元にはほんのわずかに笑みが浮かんでいた。
---
街道を抜け、木立の影が濃くなっていく。
鳥の鳴き声、風に運ばれる花の香り――街の喧騒とは違う静かな時間が流れていた。
リーネは途中で道端に咲く小さな花を見つけると、しゃがみこんで摘み取った。
「見て! すっごく綺麗!」
「……おい」
「ん?」
「離れるなっつっただろ」
スコルの声が低く響く。
「でも、これサーブルじゃ見たことない花なんだよ! ねぇ、セリアさん!」
セリアは苦笑しながら近づく。
「もう……スコルさんが言うのも無理ないですよ」
「だって気になるんだもん!」
「まったく……」
スコルは額に手を当て、ため息をつく。
「……お前ら、ほんとにこれで戦えるのか?」
「戦えます!」
即答するリーネに、スコルはもう反論する気力も失ったようだった。
その直後、リーネは草の陰に動物の足跡を見つけて声を上げた。
「ねぇ、これ! 魔獣の足跡だよね!?」
「っ、バカ! 触るな!」
スコルが慌てて駆け寄る。
「触ってないってば!」
「だったらいい。……ったく、好奇心で死ぬタイプだなお前は」
「えっへへ……よく言われる!」
スコルはもう一度ため息を吐いて歩き出した。
セリアが肩をすくめる。
「リーネさん、もう少し静かにしましょう。足跡があるってことは、近くにいるかもしれません」
「うん、わかった!」
とは言ったものの、リーネの目は輝いたままだった。
---
太陽が少し傾きはじめたころ、丘を越えた先に岩場が見えてきた。
ごつごつとした灰色の岩が点在し、ところどころに黒ずんだ爪痕のような跡が残っている。
スコルが足を止め、視線を鋭くした。
「……ここだな。ロックハウンドの巣域」
彼の声に、リーネとセリアの表情が引き締まる。
「思ったより……荒れてますね」
セリアが小声で呟く。
風が砂を巻き上げ、乾いた音が耳をくすぐった。
リーネは息を呑みながら、周囲を見回す。
「……ここが……」
その言葉には、恐怖と興奮が混じっていた。
スコルは背の大斧をゆっくりと下ろし、地面に刃を立てる。
「浮かれてる暇はねぇ。足元に気をつけろ」
短く、鋭い声。
リーネとセリアは小さく頷き、互いに視線を交わした。
その瞬間、丘の上を風が通り抜ける。
草が波のように揺れ、光がきらめく。
まるでその風が――
これから始まる戦いの予兆を告げるかのように。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




