20話「嘆き」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
街の喧騒が少しずつ静まり、夕陽が屋根の上を橙に染めていく。
この数日、私たちは街の中での依頼ばかりを受けていた。
荷運び、掃除、商店の整理、掲示板の張り替え――。
あの魔物の群れとの遭遇以降、外に出る依頼は一度もない。
あの丘陵で見た光景が、まだ胸の奥で冷たく疼いていた。
「リーネさん、こっちも終わりました」
セリアが静かに声をかける。
影の中を歩く彼女の姿は、どこか落ち着いていて、前よりも強く見えた。
「ありがとう。……これで今日の分は終わり、かな」
「はい。報告したら終わりですね」
「うーん……なんか、街の中だけだと“冒険者”って感じしないなぁ」
「私は、少し落ち着いてていいと思いますけど」
「そうだけどさ。外の空気、ちょっと恋しくなるよ」
リーネは笑いながら伸びをした。筋肉がまだ鈍く痛んだ。
けれど、その痛みはもう恐怖ではなく、“少しずつ前に進んでいる証”にも思えた。
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報告を終えた二人は、その足で訓練所に向かった。
夕暮れの街を抜けると、涼しい風が頬を撫でる。
木人の並ぶ訓練場には、数人の冒険者がまだ残っていた。
「今日は何をやりますか?」
「やっぱり、正確に当てる練習かな。昨日よりはマシになりたいし」
リーネは槌を構えた。
それは彼女がギルド登録して最初に買った、大切な武器。
この数ヶ月、一緒に戦って、一緒に転んできた相棒だった。
「セリアさんは?」
「私は魔力の制御です。影の形がまだ安定しないので」
「お、いいね! 今日はお互い基礎強化だ!」
リーネが笑い、セリアは静かに頷いた。
影が揺れ、魔力の脈動が淡く空気を震わせる。
「……《影よ、留まり、かたちを結べ》」
セリアの詠唱と共に、地面の影が立体を成す。
黒く、細い腕が一瞬だけ木人を掴むように伸び――
だが、すぐに霧のようにほどけた。
「……まだ不安定ですね」
「でも、前よりずっと長く保ってた! 本当だよ」
リーネがにかっと笑う。セリアは小さく息を漏らして、微笑んだ。
「リーネさんは?」
「私は……力の入れ方を覚えたい、かな」
木人の前に立ち、息を整える。
一歩踏み込み――振り下ろす。
鈍い音。軌道が少しずれている。
もう一度。今度は腰を落として――振り抜く。
「うぅ……違う……」
何度も試す。
けれど、どうしても思うようにいかない。
そして――
パキンッ!
鋭い音が訓練場に響いた。
振り下ろした槌の柄が、真ん中から折れていた。
「……え?」
リーネは呆然と立ち尽くした。
静寂が降りる。手の中の感触が、急に軽くなる。
木片が地面に転がり、乾いた音を立てた。
「う、うそ……」
足元にしゃがみ込み、折れた槌を拾い上げる。
柄の木目には、これまでの使用の跡が無数に刻まれていた。
「…壊れた……」
小さく呟く声が震える。
「リーネさん?」
セリアが近づく。
リーネは俯いたまま、唇を噛んでいた。
「大切にしてたのに……」
その言葉とともに、膝が折れた。
彼女はその場に崩れ落ち、折れた槌を抱きしめた。
「……ごめんね。私、下手だから……」
木片に落ちる涙が、静かに光った。
「リーネさん」
セリアはそっと肩に手を置いた。
「壊れたのは……それだけ、訓練してきた証拠です」
「……でも、壊したくなかった……」
「直せばいいんです。明日、鍛冶屋に行きましょう。きっとまた使えます」
リーネは顔を上げ、ぐすっと鼻をすすった。
「……うん」
「それに、鍛冶屋の親方なら“よく頑張った”って言ってくれますよ」
「……セリアさん、優しすぎる」
「ふふ、放っておけないだけです」
リーネは小さく笑った。
涙で濡れた頬が、夕陽に照らされてきらりと光った。
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夜。
宿の部屋のランプが、柔らかい光を放っていた。
リーネはベッドに座り、丁寧に折れた槌を布に包んでいた。
「……明日、直してもらおうね」
その声は小さく、まるで子どもに語りかけるようだった。
セリアは机で本を閉じ、振り向く。
「明日は朝一で行きましょう。きっとすぐに直ります」
「うん。ありがとう、セリアさん」
「どういたしまして。……今日はもう休みましょう」
ランプの光がゆらめき、部屋に静寂が広がる。
リーネは包んだ槌を胸に抱き、目を閉じた。
それは、彼女にとってただの武器ではなく、
――“冒険者として歩き出した日々”そのものだった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




