19話「美味しいご飯が食べたい!」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
朝の光が、静かな宿の窓から差し込んでいた。
スコルと出会ってから、数日。
リーネとセリアの生活は、ゆっくりとした日々の中に小さな変化を積み重ねていた。
――あの日、逃げるしかなかった自分たちを少しでも強くしたい。
その気持ちは、毎朝目覚めるたびに鮮明になる。
討伐依頼は避け、荷運びや清掃などの仕事をこなしながら、空いた時間にはギルド裏の訓練所に通うのが日課になっていた。
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「よし、今日もいくよっ!」
リーネの声が響く。
槌を握る手が力強く動き、木人の胸部へと振り下ろされた。
鈍い衝撃音とともに、木片が小さく弾ける。
「……っ、もうちょっと……!」
呼吸を整えながら、もう一度槌を構える。
昨日までは感覚任せだった打撃も、今は“狙って”打ち込めるようになっていた。
命中精度の向上――それが彼女の課題だ。
槌の重みを制御し、手首の返しで衝撃を逃がす。
そうして何度も繰り返すうちに、腕にかすかな痛みが走った。
「……でも、悪くない」
痛みさえも成長の証に感じられた。
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一方、少し離れた木陰では、セリアが魔導書を開いていた。
彼女の唇が、静かに動く。
「――闇よ、形を成し、私の影とともに在れ」
その声は囁くように柔らかく、しかし確かに空気を震わせる。
彼女の足元に広がる影が、ゆっくりと揺らぎ、淡く形を変えていく。
やがて小さな黒い糸のようなものが地を這い、周囲の光を吸い込むように漂った。
「……あ、また少し歪みました」
セリアは額の汗を拭う。
影が暴走することはもうない。だが、安定した形を維持するのはまだ難しい。
「でも、すごいよ! 前よりずっと長く保ってた!」
リーネの声が飛ぶ。
「ええ……少しずつですが、“闇の流れ”が読めてきました」
「その調子だよ! 影ってのはきっと、セリアさんの性格みたいに繊細なんだよ」
「……繊細、ですか?」
「うん! だから、扱う人も繊細じゃないと仲良くできない!」
「……仲良く、ですか」
セリアは思わず笑った。
その笑顔を見て、リーネも嬉しそうに頷く。
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日が傾き始めるころ、二人は訓練を切り上げた。
「ふぅ……少しはマシになったかなぁ」
リーネが空を見上げて息を吐く。
「明日もやりますか?」
「もちろん! でもその前に……ちょっと行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ?」
「うん。ギルドの治療棟。ウルフバインのみんな、どうしてるかなって」
その言葉に、セリアは小さく頷いた。
「……私も、顔を見たいです」
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夕暮れの光が差し込むギルドの治療棟。
そこには、薬草と消毒液の匂いが漂っていた。
白布の並ぶ室内――静かな息づかいだけが響く。
ベッドには、ウルフバインの三人が並んでいた。
全員が片腕を包帯で覆われ、まだ回復の途中にある。
だが、彼らの表情には悲壮感よりも“生還した者の誇り”があった。
「よう、リーネ、セリア」
低く、それでも明るさを感じる声。
ガルドが微笑む。
「……無事で何よりです」
セリアが深く頭を下げる。
「お前らもな。ちゃんと生き延びた、それが一番だ」
「ライナさん……お加減は?」
リーネが尋ねると、ライナは小さく笑った。
「まったく、心配されるようになったなんてね。悪くないわ」
「……冗談言えるなら大丈夫そうですね」
「言っとくけど、まだ槍を握るには時間がかかる。けど、心は折れちゃいないわ」
そう言ってライナは、肩で笑った。
姐御のようなその強さが、場の空気を少し明るくする。
隣ではドランが静かに瞳を閉じ、呼吸を整えている。
戦士の休息――無言のまま、己の中で戦いを続けているようだった。
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「……あのとき、逃げてすみません」
リーネが小さく呟いた。
「おいおい、なに謝ってんだ」
ガルドが軽く笑う。
「死ぬよりマシだ。お前らが生きて報せを届けてくれた。……それで十分だ」
その言葉は優しくも、重みがあった。
ライナが腕を組みながら言う。
「それでも、あんたたちが悔しがってるのは分かる。……なら、それでいい」
「え?」
「悔しいって気持ちがあれば、次はきっと前に進める。悔しさは、成長の燃料になるんだよ」
「……はい」
リーネが頷くと、セリアも静かに微笑んだ。
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「よし、説教はここまでだ」
ガルドが息を吐いて笑う。
「お前ら、強くなりたいなら――うまい飯を食え!」
「……またそれか」
ライナが呆れ顔でツッコむ。
「飯は力だぞ! 腹が減ってたら魔獣に勝てねぇ!」
「理屈は雑ですけど……嫌いじゃないです」
セリアが苦笑し、リーネが声をあげて笑った。
「よし、決まり! 帰ったらちゃんと食べよう!」
「それでこそ冒険者だ!」
ライナが腕を組みながら笑う。
「まったく……ガルドに似てきたじゃないの、あんた」
「えへへ……嬉しいかも」
「素直すぎるだろ」
ライナは吹き出した。
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治療棟を出ると、街はすでに橙の光に包まれていた。
人の声、風の音、夕餉の香り――いつものサーブルの景色。
けれど、その日だけは特別に暖かく感じた。
「ねぇ、セリアさん」
「はい?」
「今日は、奮発しちゃおっか」
「……どうせ、“うまいご飯”って言いたいんですよね?」
「ばれた?」
「ふふ、リーネさんらしいです」
「でしょ?」
二人の笑い声が、暮れゆく街に溶けていく。
宿の明かりがぽつぽつと灯り、夜風がやさしく吹き抜けた。
リーネが言った。
「明日も頑張るために――美味しいご飯、食べようね」
「はい。……約束です」
影が二つ、並んで伸びる。
その背中には、確かに“前へ進もう”とする意思が宿っていた。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




