1話「冒険のはじまり」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
朝の空気は少しひんやりしていた。
サーブルの街に射す朝陽は、石畳を淡く照らしながら、屋根の影を長く伸ばしていく。
人々の声、馬車の音、焼きたてのパンの香り――どれも新しい一日の始まりを告げていた。
私はその真ん中を歩きながら、胸の奥で小さく息を整えた。
今日が、私の“最初の一日”。
冒険者として、名前を刻む最初の日。
「……大丈夫、緊張してない、たぶん」
そう口の中で呟いてみる。
けれど、足の裏が少し浮いてるような感覚は、どうにも隠せなかった。
それでも笑う。
笑っていれば、なんとかなる気がした。
ギルドの建物が見えてくる。
二階建ての石造り、入り口には紋章入りの木製看板――「サーブル冒険者ギルド」。
扉の向こうからは、賑やかな声と金属の擦れる音が漏れていた。
「よし、行こう」
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中に入ると、空気が一気に変わった。
酒場のような温かさと、仕事場のような緊張感が混ざったような匂い。
木の机、依頼書の並ぶ掲示板、鎧を着た人々の背中。
少し埃っぽいけれど、そこには“生きている音”が満ちていた。
「いらっしゃいませ! 冒険者登録の方ですか?」
声をかけてきたのは、カウンターの奥にいた若い女性。
明るい栗色の髪を結び、にこやかに笑っている。
名札には「ミリア」と書かれていた。
「はい! 今日から登録をお願いしたくて!」
「わぁ、初めてなんですね! おめでとうございます!」
ミリアさんは嬉しそうに手を叩いた。
「ではこちらの用紙にお名前と年齢、それから出身地を――あ、書けたらで大丈夫です!」
私はペンを受け取り、少し緊張しながら書き込んでいく。
名前:リーネ。
年齢:十七。
出身地:……サーブル近郊、とだけ。
書き終えて差し出すと、ミリアさんがにっこり頷いた。
「はい、ありがとうございます。それでは、登録の儀を行いますね!」
「登録の儀……って、何をするんですか?」
「えっとですね、魔力を水晶に流していただいて、職業の判定を――あっ、すみません!」
慌てて周囲を見回したミリアさんが、奥のほうへ声をかけた。
「ハルドさーん! 新規登録です!」
「……了解した。」
低く落ち着いた声が返り、奥の記録室から一人の男性が現れた。
無口そうな印象。背は高く、肩幅が広い。
灰色の髪を後ろで束ね、深い紺色の外套を羽織っている。
――この人が、記録官のハルドさん。
「こちらがリーネさんです。初登録です!」
「……手を出せ。水晶に触れて、魔力を流せ。」
短い言葉。けれど、声は低く響いて、不思議と説得力があった。
私は頷き、水晶に指先をそっと触れた。
冷たい感触のあと、じんわりと温かさが広がる。
薄紫の光がゆらりと灯った。
ハルドさんがそれを見て、ほんのわずかに眉を上げた。
「“カースメーカー”――呪詛系職。稀少だ。」
「カースメーカー……?」
「呪いを媒介とした魔法を使う。攻撃よりも支援、封印、妨害に長ける。
扱いは難しいが、使い方次第では戦況を大きく変えることができる。」
まっすぐに私の目を見て、淡々と説明を続ける。
その視線に、何かを試されているような気がして、私は小さく背筋を伸ばした。
「……難しい、ですか?」
「容易な道は、最初から選ばれない。だが――“形に残す”魔法を扱える者は貴重だ。」
ほんの少しだけ、ハルドさんの口元が動いた気がした。
褒められたのか、試されたのかはわからないけれど……胸の奥がじんと熱くなった。
「ありがとうございます」
「記録完了。」
ハルドさんは手元の帳簿に記入し、水晶を片付ける。
「ギルドカードを発行する。」
ミリアさんが嬉しそうに手を叩いた。
「はーい! お疲れさまでした、リーネさん!」
机の上に置かれたのは、鉄で作られた小さなカード。
表面には私の名前と、ギルドの紋章、そして“H”の刻印。
「これはギルドカードです。リーネさんのランクはH。
H〜Fランクまでは見習い冒険者で、カードの材質は鉄なんです。
冒険を重ねて実績を積むと、銅・銀・金……そしてミスリルへと変わっていきます!」
「へぇ……すごい」
「すごく頑丈ですから、無くさないように気をつけてくださいね!」
ミリアさんが笑う横で、ハルドさんは一言だけ付け加えた。
「……鉄は初心の象徴。最初の傷も、これに刻まれる。」
「わかりました。大切にします」
ハルドさんはうなずき、静かに奥の記録室へ戻っていった。
その背中を見送りながら、私はふと呟いた。
「真面目な人だなぁ」
「ふふ、そうなんですよ。ちょっと無口ですけど、すっごく頼りになる人です!」
ミリアさんの声が少し誇らしげだった。
――ああ、このギルド、いい場所かもしれない。
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「それでは、最初の依頼を選びましょうか!」
掲示板の前でミリアさんが指差したのは、薄緑色の紙。
> 依頼名:薬草採取
> 採取対象:サンリーフ、ムーンブロッサム
> 報酬:銀貨2枚
「この二種類は、街の南の丘で採れるんです。危険も少ないですよ!」
「それにします!」
私が答えると、ミリアさんは印章を押して依頼書を渡してくれた。
「はいっ、これで受注完了です! ……あ、そうだ、武器はお持ちですか?」
「あ、まだです」
「でしたら“ブラント工房”へ行ってみてください! 鍛冶師のブラントさん、初心者にとっても優しいですよ!」
「わかりました! ありがとうございます!」
「お気をつけて、リーネさん! 初仕事、応援してます!」
ギルドの扉を開けると、昼の光がまぶしくて、思わず目を細めた。
空気が新鮮で、少しだけ胸がすっとする。
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外の通りは賑やかだった。
露店の声、焼き菓子の香り、子どもたちの笑い声――全部が混ざって、生きている街の音を作っている。
「ふぅ……やっと一歩、踏み出せたんだな」
声に出すと、少しだけ現実味が湧いた。
表情は自然に明るくなる。
でも、心の奥では静かに考えていた。
(“呪い”の力……どう使えばいいんだろう。
それに、冒険者としてどこまでやれるかも分からない。
でも――止まっていたら、何も変わらない。)
顔を上げると、通りの先に煙突のある建物が見えた。
扉の上には鉄板で打たれた文字。
> 「ブラント工房」
「よし、次はここだね」
扉に手をかける。
中からは、金属を叩く音と熱気のような空気が流れてきた。
その瞬間、心臓がまた少しだけ高鳴る。
――ここから、私の冒険が始まる。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




