18話「前進」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
外の風が、冷たく感じるようになっていた。
群れの襲撃から数日。サーブルの街は、まだどこか沈んでいる。
北丘陵でのあの惨劇を境に、街道は一時閉鎖され、周辺の依頼もほとんどが停止された。
冒険者たちの姿は減り、ギルドの掲示板には「保留」や「中止」と書かれた紙がいくつも貼られている。
リーネとセリアもまた、その日々の渦中にいた。
外へ出ることが怖かった。
けれど、何もしないのも落ち着かない。
だからふたりは、街中の安全な仕事――荷物の運搬や清掃、薬草の仕分けといった依頼を受け続けていた。
「……今日も、これで終わりですね」
ギルド裏口で荷台を下ろしながら、セリアが息をついた。
「はぁ……筋肉痛、治ってきたけど、まだ地味に痛い……」
リーネが腕を回しながら苦笑する。
「リーネさん、あの荷車、一人で押す量じゃないですよ」
「えへへ……つい勢いで」
その笑顔に、セリアはあきれたように微笑んだ。
そんな穏やかな会話でさえ、以前は当たり前じゃなかった。
あの北丘陵から逃げ帰ったとき、息が続かず、手も震えて、何も考えられなかった。
ギルドの扉を押した瞬間、全身から力が抜けた。
「……生きて帰ってきたんだ」
その実感が、ようやく今になって少しずつ現実味を帯びてきていた。
「ねぇ、セリアさん」
「はい?」
「……また外に出られるようになるのかな」
セリアは少しだけ空を見上げた。
雲の切れ間から光が差し込み、街の屋根を金色に染めている。
「……きっと、すぐには無理です。でも――きっと、また行けます」
「うん。……行けるように、ならなきゃね」
リーネはそう言って、小さく笑った。
その笑顔にはまだ不安の影があったけれど、どこか確かな光もあった。
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数日後の午後、ふたりは訓練所に立っていた。
あの事件以来、初めての本格的な訓練。
夕陽が傾く広場の中、槌の音と詠唱の響きが交錯する。
「ふっ……はぁっ!」
リーネが槌を振るたび、地面に響く衝撃が木人を揺らす。
額から汗が流れ、土埃が舞った。
「――影よ、揺らめき、彼方を封ぜよ!」
セリアの低い詠唱が重なると、木人の足元に黒い影が走り、擬似的な拘束が形成された。
リーネはそれを狙って踏み込み、槌を叩き込む。
「っ……今の、ちょっといい感じかも!」
「はい。連携、少しずつ形になってきましたね」
セリアが息を整えながら笑う。
しかしその瞬間――
「……随分と静かな練習だな」
低く、荒削りな声が響いた。
ふたりが振り向くと、訓練所の入り口に大柄な男が立っていた。
日焼けした肌、乱れた金髪、鋭い眼光。
背には、身の丈ほどもある戦斧を背負っている。
「……誰ですか?」
セリアが警戒を滲ませると、男は片眉を上げた。
「お前ら、《リメナス》だな」
リーネが一瞬たじろぐ。
「ど、どうしてそれを……?」
「この街で噂になってる。――“北丘陵から逃げ帰った二人組”ってな」
その言葉に、空気が一瞬で凍りついた。
リーネの喉が詰まる。
セリアの表情も固まった。
男は無造作に斧の柄に手をかけながら、訓練場の中央へ歩いてくる。
「逃げたことを恥じるなとは言わねぇ。けどな――その顔で、何を誇れる?」
その声音には、怒りでも嘲りでもない。
ただ、淡々とした現実の厳しさだけがあった。
「……あなたは?」
リーネが小さく問うと、男は短く答えた。
「スコル。バーサーカーだ。最近ヒルステンからこっちに来た」
「バーサーカー……?」
「そうだ。力任せの脳筋だよ」
自嘲気味に笑いながらも、その目は笑っていない。
「で――お前ら、“前に進む”つもりはあるのか?」
その言葉に、リーネは目を見開いた。
セリアが一歩前に出る。
「……どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。怖いなら逃げりゃいい。だが、訓練場で汗流してるんなら、それなりの“覚悟”があんだろ」
「……あります」
リーネの声が震えた。
「私たちは、もう一度外に出るって決めました」
スコルは無言でリーネを見据え、ふっと鼻で笑った。
「――なら、見せてみろ」
その瞬間、地面が鳴った。
彼が大斧を肩から降ろしたのだ。
「えっ、ちょっと待ってください、それ本気で――」
セリアの制止も聞かず、スコルは斧を地面に突き立てた。
土煙が上がり、訓練所の空気が張り詰める。
「模擬戦だ。逃げた奴が“前に進む”って言うなら、今ここで証明しろ」
リーネは一瞬躊躇した。
だが、セリアの視線が背中を押した。
「……やってみます」
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次の瞬間、リーネは走り出していた。
全身の力を込め、槌を構え、スコルへと突っ込む。
「はぁっ!」
しかし、振り下ろした瞬間――風を切る音。
スコルの斧が、彼女の槌を弾き飛ばした。
金属音が響き、リーネの体が地面に叩きつけられる。
「……っ、うぅ……!」
息が詰まり、視界が揺れる。
スコルは斧を担ぎ直し、動かないまま言った。
「その程度の力で群れに立ち向かうつもりか?」
「っ、違う……でも、まだ……!」
リーネは地を掴み、立ち上がる。
「“まだ”って言葉は便利だな」
「でも、“終わり”じゃない!」
スコルの眉がわずかに動いた。
再び踏み込むリーネ。
今度は真っ直ぐではなく、横から回り込むように。
影の中で、セリアの詠唱が重なる。
「――影よ、流れを封じ、動きを奪え!」
スコルの足元に黒い帯が走り、動きが鈍る。
その一瞬に、リーネの槌が地を割った。
「……ほう」
スコルは軽く身を引き、斧で衝撃を受け流す。
重い音が鳴り、土が跳ね上がった。
「悪くねぇ。少しは形になってきたな」
「だったら――!」
リーネがもう一度踏み込もうとした瞬間、スコルの足が閃いた。
「っ!?」
衝撃が走り、リーネの体が再び倒れる。
砂埃が舞う中、スコルがゆっくりと斧を肩に担ぐ。
「終わりだ」
静かな声だった。だが、それは突き放す言葉ではなかった。
「立ち上がる気があるなら、好きにすりゃいい。……だが、“恐怖”を認めねぇ限り、前には進めねぇぞ」
リーネは息を切らしながら、拳を握る。
「……認めてます。怖いです。でも、それでも――」
スコルの視線がわずかに柔らぐ。
「……そうか。なら、それでいい」
男は振り返りもせず、訓練所を去った。
その背中には、戦場を知る者の重みがあった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




