17話「帰還」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
灰色の雲が、ゆっくりと空を流れていく。
その隙間から射す淡い光が、サーブルの街並みを静かに照らしていた。
ギルドの鐘が朝を告げる。
けれど、その音はどこか鈍く、湿った空気を震わせるようだった。
――あの惨状から、二日。
ウルフバインの消息を追う討伐隊が北丘陵に派遣されてから、サーブルの人々は息を潜めるように過ごしていた。
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宿の一室。
リーネは毛布に包まったまま、天井を見つめていた。
窓の外から差し込む光が白く、眩しい。
目を閉じれば、あの日の光景が蘇る。
崩れる岩。飛び散る土煙。
ガルドの怒号。ライナの冷静な声。
そして――
「逃げろ!」という叫び。
リーネは毛布をぎゅっと握りしめた。
「……あの人たち、どうなったんだろ……」
ノックの音が聞こえた。
「リーネさん、入りますね」
セリアが静かに扉を開ける。
手には温かい紅茶の入ったカップ。
「……もう昼前ですよ」
「うん……寝てたわけじゃないけど、なんか体が重くて」
「昨日からほとんど食べてませんし……少しだけでも飲んでください」
差し出された紅茶を受け取り、リーネは唇をつける。
ほんのり甘く、心が少しだけ落ち着く。
セリアが窓の外を見ながら呟いた。
「……ギルドに、動きがあったみたいです」
「!」
リーネの目が大きく開く。
「まさか、討伐隊が……?」
「ええ。人が集まってるみたい。行ってみましょう」
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ギルド前には、すでに多くの人が集まっていた。
馬車の車輪の跡。道の脇には治療班の姿。
人々の間に緊張が走る。
ギルドの玄関口。
リスティアが伝令から羊皮紙を受け取り、ミリアとハルドが傍らで見守っていた。
ミリアの手が微かに震えている。
「……確認します」
リスティアが小声で封を切る。
目で走る文字を追い、息を呑んだ。
「――“ウルフバイン、帰還”」
その言葉に、ミリアの瞳が揺れた。
「……本当、ですか……?」
「ええ。ただし、全員重傷。搬送先はギルド医療棟です」
ミリアは手を口元に当て、目を閉じる。
小さく息を吸い込み、こらえるように頷いた。
「……ありがとう、リスティアさん。ハルドさん、リメナスの二人を呼んできてください。彼女たちにも伝えなきゃ」
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執務室。
リーネとセリアが呼ばれ、緊張した面持ちで中へ入った。
ミリアが机の前に立ち、真っ直ぐ二人を見つめる。
「――リーネさん、セリアさん。討伐隊が戻りました」
「っ……!」
リーネが息を呑む。
セリアも思わず両手を胸に寄せた。
「全員、生存です」
その言葉に、リーネの体から力が抜けた。
「……よかった……!」
「ただし――ウルフバインの三名は片腕を失っています」
沈黙が落ちた。
室内の時計の針が、静かに一回転する音だけが響く。
リーネは唇を噛み締め、俯いた。
セリアは手を胸に当て、小さく震える。
「彼らは今、医療棟で治療を受けています。……会いに行くなら、静かにね」
ミリアが優しく告げる。
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医療棟の中は、薬草の匂いと金属音が混じっていた。
ベッドが並ぶ部屋の奥――
包帯に覆われたウルフバインの姿があった。
ガルドは片腕の肩口を軽く叩きながら、いつものように笑っていた。
「おう、嬢ちゃんたち。来たか」
「ガルドさん……!」
「なんだ、そんな顔すんな。ほら、見ろ。ちゃんと生きてるだろ?」
その笑顔に、リーネの目から涙がこぼれる。
ライナは隣のベッドで肘をついて微笑んでいた。
「泣くんじゃないわよ。せっかく助けたんだから、笑って見せなさい」
「……ライナさん……!」
「ふふ、久しぶりね。あんたたち、ちゃんと逃げたんだから立派なもんよ」
ドランは包帯の隙間からリーネたちを見やり、無言で頷く。
その瞳には静かな光が宿っていた。
セリアが涙を拭いながら言った。
「……本当に、よかったです」
「へっ、命あってこそだ。腕なんざ飾りだよ」
ガルドが笑いながら言うと、ライナがすぐに突っ込む。
「そう言うなら、もう少し静かに寝てなさいっての」
その軽口に、空気がふっと和らいだ。
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医療棟を出た夕暮れの街は、橙色に染まっていた。
リーネとセリアは並んで歩く。
「……生きてるのに、泣けてくるね」
「うん。でも、それって“ちゃんと想ってる”ってことですよ」
「……そうだね」
風が通り抜ける。
サーブルの街灯が一つ、また一つと灯っていく。
「ねぇ、セリアさん」
「はい?」
「私たちも、あの人たちみたいに――誰かを守れるようになりたいね」
「……はい。絶対に」
その言葉に、ふたりは静かに頷き合った。
夜空には星が瞬き、風が街を包み込む。
ギルドの窓からこぼれる灯りは、まるで彼らの帰還を祝福するように揺れていた。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




