15話「逃亡」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
岩肌を染める夕陽が、ゆっくりと森の向こうへ沈んでいく。
採掘場に差し込む橙の光は、昼の喧騒を飲み込み、世界の色をゆるやかに変えていった。
「これで、だいたい終わりですね」
セリアが額の汗を拭いながら言った。
背中のリュックには、小さく光る鉱石がいくつも詰められている。
銅鉱石――今回の依頼対象だ。
「ふぅ、重いけど……いい感じに採れたね!」
リーネは土のついた手をはたき、にっこり笑った。
彼女の頬には煤がついていたが、その表情は達成感に満ちている。
岩壁の向こうでは、ウルフバインの三人が荷車の積み込みをしていた。
ガルドが巨大な戦斧を背負いながら、声を張る。
「おーい、終わったか? そっちはもう撤収でいいぞ!」
「はい! いま荷物まとめます!」
リーネが手を振り返すと、ガルドは満足げに頷き、
「上出来だな。お前ら、最初に比べりゃ随分動けるようになったじゃねぇか!」
「そ、そうですかね……」
照れくさそうに笑うリーネに、ライナが冷ややかに声をかける。
「ガルド、褒めるのはいいけど、早く片付けなさい。日が暮れるわ」
「わーってるって! ほら、ドラン、最後の荷台頼む!」
「……了解」
寡黙な格闘士ドランが頷き、両腕で鉄箱を軽々と持ち上げる。
風が止み、森が静まった。
空気の中に、かすかな違和感が混じる。
セリアがふと首をかしげた。
「……あれ? さっきまで鳥の声、聞こえてましたよね?」
「ほんとだ……静かすぎる」
リーネが呟いた瞬間、ドランが顔を上げる。
「――風が止んだ」
その低い声に、ガルドとライナが即座に反応する。
「全員、下がれ」
ライナの声が鋭く響く。
その言葉とほぼ同時に、森の奥から木々を揺らすような重い唸り声が届いた。
リーネの背筋が一気に冷たくなる。
「……なに、今の……」
答えはすぐに現れた。
森の影が揺れ、次の瞬間、獣の群れが現れた。
月明かりを反射する瞳が、無数に――三十、いや、もっと。
「ヴルフの群れ!? こんな数……!」
セリアが息を呑む。
ガルドが戦斧を構え、怒号を上げた。
「ライナ! 群れだ、数が多すぎる!」
「全員、撤退準備! 荷物は置いて! 今すぐ森を離れるわよ!」
ライナの声は、冷静だが鋼のように強かった。
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「でも、この荷物――!」
「置けッ!! 命より大事なもんなんかねぇだろ!!!」
ガルドの怒鳴り声が、岩肌に反響した。
その瞬間、最前列のヴルフが地を蹴った。
砂埃が舞い、金属の光が弧を描く。
ガルドの斧が振り抜かれ、一撃で一体を叩き伏せる。
骨の砕ける音と共に、血煙が散る。
「チッ、数が減らねぇ!」
「ガルド! 後ろからも来るわよ!」
ライナが槍を構え、リーネとセリアの前に立つ。
その一撃は美しかった――正確に敵の喉を貫き、返す刃で横を薙ぐ。
「セリア、リーネ! 今のうちに走れ!」
「えっ、でも――」
「いいから行けッ!」
怒号が、戦場の空気を裂いた。
リーネは唇を噛み、槌を強く握りしめた。
でも――この数を前にして、立ち止まることは死を意味する。
「セリアさん、行こう!」
「……はい!」
二人は荷車を放り出し、森の出口へと駆け出した。
背後では、斧と槍が唸り、鉄拳が肉を打つ音が響いている。
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枝が顔を打ち、息が苦しくなる。
土を蹴る音が、心臓の鼓動と重なっていた。
「リーネさん、待って、はぁ、はぁっ!」
「もう少し! 門まで走れば、街の兵がいる!」
セリアの足元に転がる石が、靴底を滑らせた。
バランスを崩しかけた彼女の手を、リーネが咄嗟に掴む。
「大丈夫! 走って!」
「……はいっ!」
涙が混じる声を上げ、セリアは再び走り出した。
森を抜けると、赤い夕陽が地平を焦がしていた。
サーブルの城門が遠くに見える。
人影が動き、見張り台の鐘が鳴った。
「門を開けてぇええええ!!!」
リーネの叫びに、門兵が顔を上げる。
「なっ……! おい、何事だ!?」
「魔獣の群れ! 三十匹以上! 採掘場の方向です!!!」
セリアの声は掠れていた。
門兵たちは顔を見合わせ、即座に動き出す。
「報告班! ギルドに連絡を! 弓兵、配置につけ!」
城門が開き、二人はよろけながら中へと飛び込んだ。
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冒険者ギルドの扉を押し開ける。
「ミリアさんっ!!!」
リーネの声が、空気を震わせた。
カウンターにいたミリアが振り返り、目を見開く。
「リーネちゃん!? どうしたの、その顔……!」
セリアが肩で息をしながら、必死に言葉を繋ぐ。
「森で……ヴルフの群れが……! 三十、いえ……五十匹近く……!」
ギルド内の冒険者たちが一斉にざわめく。
ミリアの表情から血の気が引いた。
「そ、そんな数が一度に……!?」
「ウルフバインが、私たちを逃がすために……!」
その言葉に、ミリアは一瞬黙り込む。
そして――奥へと駆け出した。
「リスティアさん! ハルドさん! 緊急です!!」
すぐに扉が開き、冷静な声が響いた。
「状況を報告して」
現れたのは、整った黒髪をまとめたリスティア。
その後ろには、静かな眼をしたハルドがいた。
「魔獣の群れ、採掘場方面。数は三十から五十。ウルフバインが足止めに残っています」
ミリアが簡潔に伝える。
リスティアは眉を寄せ、机上の地図を開いた。
「……すぐに対処班を編成。Cランク以上のパーティを招集して」
「了解」
ハルドが無言で奥へと歩き出す。
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リーネとセリアは壁際に腰を下ろした。
全身が震えていた。
リーネの手の中で、槌の柄が汗で滑る。
セリアの指先は冷たく、唇がわずかに青ざめていた。
「ウルフバインのみんな……」
セリアの声がかすれる。
「絶対に……無事でいてほしい……」
リーネが小さく呟いたその瞬間、
ギルドの扉の外から、遠くの森を裂くような咆哮が響いた。
それは――
夜の訪れと共に始まる、“戦いの音”だった。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




