12話「戦闘訓練」
1日1〜2話を目標に執筆できればと考えています。
ギルドの一角にある執務室では、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
窓から差し込む陽光が、机の上の書類を白く照らす。
受付嬢のミリアは、少し緊張した面持ちで椅子に腰を下ろしていた。
その向かいには、冷静な眼差しをもつ女性――リスティア。
彼女の隣で、記録員のハルドが羽ペンを走らせている。
「ミリア、顔がこわばってるわ。何かあったの?」
リスティアの声は穏やかだったが、空気を引き締める力があった。
ミリアは小さく唇を噛んでから、手元の紙を握りしめた。
「……三日前に出た討伐隊から、まだ報告が戻ってきていません。
魔獣の群れを確認したという連絡を最後に、音信が途絶えていて……」
ハルドが眉をひそめる。
「街道沿いの森だな。あの一帯は魔物の巣になりやすい」
「けれど、ここ数か月は平穏だったはずです」
リスティアは静かに息を吐く。
「沈黙は、何かの兆候よ。けれど焦っても仕方がないわ。
今は冒険者たちの安全を最優先に――特に新人の動きを把握しておきましょう」
「新人といえば……《リメナス》の二人ですね」
「ええ。あなた、気にしているのでしょう?」
ミリアは少しうつむいて笑った。
「はい。頑張ってるのはわかるんです。でも、無理してるようにも見えて」
「努力を怠らない者は伸びるわ。
でも、支えるのもギルドの役目。あなたが気づいたことは、無駄じゃないの」
ハルドが短く言葉を添える。
「鍛錬を続ける者は、必ず実を結ぶ。焦らず、地を踏みしめることだ」
ミリアは二人の言葉に深く頷いた。
「……はい。私も、あの子たちを信じます」
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昼下がりの訓練場。
乾いた地面を打つ金属音が、規則正しく響いていた。
リーネの槌が木人を叩くたび、土煙が舞う。
横ではセリアが魔導書を開き、静かに詠唱を重ねていた。
「“影よ、揺らめきて、形を為せ”――」
低く囁くような声に反応して、地面の影がゆっくりと浮かび上がる。
黒い靄が木人の脚元を絡め取り、一瞬だけ動きを止めた。
「おおっ、すごいじゃん! ちゃんと掴んでる!」
リーネが感嘆の声を上げる。
セリアは少し息を整えて、本を閉じた。
「昨日までは形が保てなかったんですけど……
“影の流れ”を意識してみたら、少し安定するようになりました」
「やっぱりすごいよ、セリアさん。いつの間にそんな研究してたの?」
「理屈で考えないと落ち着かないんです。影って、感情に反応しやすいから」
「へぇ……私にはちょっと難しいけど、かっこいいなぁ」
リーネは笑って再び槌を構えた。
腕を振るたびに風が生まれ、木人の表面に細かなひびが走る。
「少しだけ力を抜いてください」
セリアが声をかけた。
「力任せに打つと、勢いが逃げます。軌道をもっと滑らかに」
「うぅ、そう言われると急に意識しちゃうな……!」
そのとき、訓練場の入口から豪快な声が響いた。
「はっはっは! やっぱりお前たちか!」
振り向くと、ウルフバインの三人――ガルド、ライナ、ドランが立っていた。
「おはようございます!」リーネが慌てて頭を下げる。
「おう、元気そうだな!」ガルドが笑う。
ライナは穏やかな笑みを浮かべ、二人の前まで歩いてきた。
「努力してるみたいね。《リメナス》の名前、少しずつ聞こえてきてるわ」
「本当ですか!?」リーネの目が輝く。
「ええ。……真面目で、諦めないって評判よ」
リーネが頬を赤らめたその時、ライナは槍を軽く構え直した。
「ねぇ、少しだけ手合わせしない? 模擬戦というより、訓練の一環として」
「えっ!? ライナさんとですか!?」
「大丈夫。全力じゃなくていい。感覚を掴む練習よ」
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模擬戦は静かに始まった。
ライナは槍の代わりに訓練用の杖を構え、リーネが正面に立つ。
「いきます!」
リーネが踏み込み、槌を振り下ろす。
重い音が響いたが、ライナは軽やかにかわして、杖で打点を押し返した。
「力は悪くない。でも、“届かせよう”としすぎてる。
もっと自然に、流れの中で振りなさい」
「……はいっ!」
リーネが再び構える。その背後で、セリアの詠唱が重なった。
「“闇よ、揺らぎ、我が手に応えよ”――」
影が地面を這い、リーネの足元に黒い光が走る。
リーネが踏み込むと同時に、靄が斧を包み、衝撃を柔らかく吸収した。
「ほう……! 影で衝撃を殺したのか」
ガルドが感心したように笑う。
ライナも微笑みながら言った。
「悪くない。支援と連携――少しずつ形になってるわね」
セリアが肩で息をしながら微笑む。
「まだうまく制御できませんけど……前より安定してきた気がします」
「ええ。影は心の映し鏡。焦ると乱れるけど、静めれば形を保つ」
ライナの言葉に、セリアは深く頷いた。
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夕陽が傾く頃、模擬戦は終わりを迎えた。
リーネとセリアは地面に座り込み、息を整えている。
「ふぅ……今日も全身使ったなぁ……!」
「はい……でも、すごく充実してます」
「ライナさん、やっぱりすごい。強いだけじゃなくて、教えるのがうまい」
「経験が違いますね。私たちも、少しずつ追いつけたらいいな」
訓練を終えたウルフバインの三人は、笑いながら帰っていった。
その背中を見送りながら、リーネは静かに呟く。
「……ああいう背中、目標にしたいな」
「私たちも、きっとあんなふうになれます」
「うん。なろうね、絶対」
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夜。
宿に戻ったふたりは、部屋のランプを灯してテーブルを囲んでいた。
窓の外では、夜風が街の灯を揺らしている。
「今日の訓練、ほんと濃かったね」
「はい。ライナさんの言葉、どれも深かったです」
「“槌は伝えるための武器”……あれ、なんか心に残るなぁ」
「私も。“影は心の鏡”って言葉、覚えておこうと思います」
リーネは槌の柄を撫でながら、笑みを浮かべた。
「ねぇ、少しずつだけど、前に進んでる気がする」
「ええ。昨日より確実に」
ふたりは顔を見合わせ、静かに笑った。
その笑みは、確かな成長の証のように見えた。
「明日はどうします?」
「少し休んで、それから次の依頼に備えよう」
「はい。……おやすみなさい、リーネさん」
「おやすみ、セリアさん」
ランプの灯が消え、静かな夜が部屋を包み込む。
訓練場で響いた槌と魔導の音が、まだ耳の奥に残っていた。
誤字脱字はご容赦ください。
時間を見つけて訂正していこうと思います。




